ニコ動で上映するというのを知り、急きょ見てしまいました。
上川さんのキャラメルボックス時代の作品を見るのは、実はワタクシ初めてだったりします。(スミマセン)←TVも舞台も映画も見ていない期間というのが10年ほどありまして、時期的にはそのエアスポットに位置しているのです。
2005年2月~の上演(東京公演)というと、上川さん的には『SHIROH』の翌年で、『功名が辻』の前年ですね。
噂に名高き、キャラメルボックス舞台に(録画ですが)初見参~!
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演劇集団キャラメルボックス『TRUTH』(2005年公演)
≪原案≫
山本周五郎『失蝶記』
≪脚本・演出≫ ※敬称略
成井豊・真柴あずき
≪登場人物≫ ※敬称略
野村弦次郎(岡田達也) 上田藩士。大阪から久々に帰還したが、銃の暴発によって耳が聞こえなくなる。
長谷川鏡吾(上川隆也) 上田藩士。仲間内では身分が一番低い貧乏人で、毎日虎太郎の家で飯を食べている。
柴田英之助(大内厚雄) 上田藩士。弦次郎の無二の親友。
五味隼助(細見大輔) 上田藩士。弦次郎が初音に宛てた手紙を見つける。
池波三郎太(畑中智行) 上田藩士。初音の弟。
吉川虎太郎(筒井俊作) 上田藩士。ふじの尻に敷かれている。
山岡忠兵衛(篠田剛) 上田藩江戸藩邸留守居役。 ※月真和尚(海音寺住職)と二役。
池波初音(小川江利子) 虎太郎の姉。
吉川ふじ(岡田さつき) 虎太郎の妻。虎太郎より5つ上の姉さん女房。
池波美緒(岡内美喜子) 帆平の妹。
池波帆平(川原和久) 池波道場師範。初音の従兄。
≪感想あれこれ≫
上川さん演じる「長谷川鏡吾」は、主役の弦次郎、その親友の英之助の運命を変えてしまう役どころ。まさにこの3人の「トライアングル」が物語の7割を占めているけれども、多くの登場人物が(1回画面で観ただけでも)ちゃんと「拠り所」と「個性」を持って舞台上に存在している、と思ったのはさすが、そういう意味では見事な幕末青春群像劇だ。
タイトルの『TRUTH』とは、勝海舟から聞いたとして帆平師範が「真実、まことの心」と門下生にことあるごとに口にする「外来語」。この言葉が、実は物語全体を左右する大きな意味を帯びている、と言うのが最初の感想だった。
では折角なので鏡吾の視点と想いをメインにしながら、私なりに思ったこと、感じたことなどをつらつらと。
長谷川鏡吾、28歳。自称「薄幸の美剣士ハセキョー」(爆)彼が8歳の時、上田藩の勘定方であった父親が公金横領の疑いをかけられ、証拠がないまま(一切の弁明をせず)自裁。
処罰の結果ではなかったため、家は取り潰しにはならなかったものの俸禄は10分の一に減らされ、劇中で彼自身が口にし、また虎太郎も言ったように「明日の米を買う金もない貧窮生活」の中で育つ。貧しさゆえに同輩たちの通う道場に幼いころは行けず、明るく冗談を言う合間にも「身分が低いものが」「俺のようなものが」と口癖のように繰り返す。
そりゃ…歪んでるだろ、絶対(笑)。
「咎人の子」と他人に後ろ指を指されながら表面上の笑顔で受け流し、同輩たちの気遣いすら内心では「お前たちに何が分かる」と腹立たしく思いながらも自ら笑いの種と変え、端正な容姿、鋭敏な頭脳と秀でた剣腕を持ちながらも「日陰の身の自分が集団の頭領、ナンバー1になってはいけない」と弦次郎や英之助の陰に甘んじ、それを時に軽んじる三郎太(こういう人間が一番鏡吾は嫌いだったに違いない!と直感w)や、その繊細さで真実を見抜く隼助、心根の優しい虎太郎の視線に気づきながらも、三枚目の役割を「二十年もの間」演じ続けた男が、マトモなわけがない。
そう。マトモなわけがないのだ。
だからこの舞台は、弦次郎と英之助の悲劇を仕組んだ鏡吾の、時限爆弾のような内面が爆発するまでの「カウントダウン」でもあるのでは…というのが私の読みだった。鏡吾メインで見ると、日常→弦次郎の事故→英之助斬殺事件→弦次郎逃亡→真相の暴露と直接対決→結末、に至るまですべてこれで説明できると思う(それで良いのかはひとまず措いて)。
その「封じ込めた狂気と居直り」を舞台上で完全に爆発させるには、最後の15分はあまりに短かったかもしれない。むしろ「鏡吾、お前のどす黒く凝った情念はそんなものか、もっとキレろ、もっと狂え!」と期待してしまう自分の感情と比べると、上川さんの演技は、正直やや「冷静に過ぎ、振りきれない、非常に真っ当な芝居」に感じたくらいだ。期待値が大きすぎた?それもあるかもしれない。でも、もっと壊れてもよかったんじゃないか…?
ただ壊し過ぎてしまうと最後に「罪を負ってでも生きる」という物語の〆が成り立たなくなるから、仕方がなかったのかもしれない。鏡吾が壊れるほど、おそらく弦次郎は「お前も俺も、死よりももっと重い罰を受けるべきだ」ではなく「その狂気に刀でとどめを刺す」ことでしか彼を止められなくなっただろう、とは感じた。
岡田さんの弦次郎も、大内さんの英之助もとても素晴らしい、鮮烈なお芝居をしていたので「上川鏡吾主演じゃない」以上、あの調和のとれたアンサンブルで満足しておいた方がいいのか?そこはまだ個人的にはモヤモヤしている。
えー…好きな役者に「カッコよさ」ではなく「もっと狂え、もっと見せろ」などと要求する私のサディスティックな思考(嗜好?)を神よ許したまえ。 決めポーズで立っているより、心や身体にいっぱい傷を負って、血反吐を吐いて苦しむ(あるいはそれに準ずる懊悩の只中にいる)「刹那の表情」に心が惹かれるのだよ。だってそれが生きていくってことだから。それを板の上(または映像作品)でプロとして見せてくれる人が好き。勇気が出る!
しかし最初の「まだ皆がそれなりに平和な日常を送っていたころ」の、コメディーアクターぶりは上川さんの舞台人としての原点を垣間見たような気が。特に床板の上をつぅーーっとキレイに横滑りしてくる仕草や、虎太郎・ふじ夫妻の仲違いをとりなす場面、鍋やおたまの使いっぷりは、可愛らしいというかイキイキしているというか、なんともフリーダムでリラックスした表情がとてもイイ。ぜひ初期のころからキャラメルボックスの舞台を見ている友人にも感想を聞いてみたいものだ。
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閑話休題。
タイトルの『TRUTH』――真実、真の心。劇中でも「それが○○のTRUTHなのか?」と何人かの登場人物に言わせていたが、最後に鏡吾がひっくり返すのも(哀しいシーンだが)痛快と言えば痛快な場面だった。
「TRUTHだと?――俺にはそんなもの、最初から無かった!」
そう言って弦次郎に斬りかかる鏡吾。この瞬間、ひょっとしたらこの舞台のもう一つのテーマが「この場面・この瞬間」にあったかもしれない、と勝手に感じた。TRUTH…真実とは、たとえば友情や愛、信頼といった美しい感情の中だけに宿るものではない。悲しみや憎悪、鬱屈のなかにさえ「自分だけのTRUTH」は確実に存在する。
弦次郎や英之助が抱いていた「TRUTH」が「理想」「友情」「愛」「信義」の中にあったとしたら、鏡吾の「TRUTH」は「そんなところに最初から無かった」のも当然だろう。彼の心は二十年前の父の死で「止まって」しまっていたのではないか。(吉川家で食客のように飯を食う、ということは恐らく鏡吾の母も父の死後、失意と貧困のうちに早世したのだろうか?彼の心中を推し量ろうと思うと、どうしても背景に目が行ってしまう…)
この舞台、時代背景は幕末動乱のまさにただ中。江戸屋敷づめの侍たちの話題は専ら新政府(朝廷・薩長軍)方か幕府方かいずれに付くか?新時代を予感する弦次郎や英之助は若い藩主の非力さや横溝の専横に憤るが、鏡吾の心には「それよりも大事な真実」――父の無念を晴らす、人々を見返してやる、といった思いがあったのではないか。
少なくともシナリオの中で、彼が前述の二人ほど時流に関して自らの意見を述べたり、何かしらの行動を起こそうとしている場面は印象に薄い。あくまでも彼の「TRUTH」は「長谷川家の被った過去の汚名を雪ぐこと」それによって尊敬する父の名誉を回復したいという一点にのみ存在していたような気がする。
その長きにわたって蓄積した「純粋な狂気」が、朋輩を裏切り命を奪う行為にまで昇華したきっかけは、下級武士出身でも世の流れを変えうるということが明らかになりつつあった「時代」であったのかもしれないが。
そういう意味では、私個人は「長谷川鏡吾」に「岡田以蔵」を重ねて見ていたのかもしれない。
もうひとつ、最後の場面での鏡吾の台詞「本当にお前らのことを友だと思っていたとでも?」(→記憶不正確)ここについて。
1999年公演と2005年公演の差は今の私には比べようもないが、少なくとも2005年公演での「長谷川鏡吾」の芝居には「甘さ」はなかった。むしろ話の展開を知らない状態でも、冒頭の吉川家での仲間内の団欒シーンは彼だけがどこか浮いたような「得体の知れなさ」を醸し出していたように感じた。それが楽しげな笑顔や冗談、コミカルな動きで装飾されればされるほど、観る側の居心地の悪さは増していく。「上川隆也」の芝居がそうさせるのか、彼の演じる「長谷川鏡吾」の本性がそう思わせるのか、おそらく両方だろう。←だからこそ「もっと狂え、吐き出してしまえ!」と期待したのだ。
この2005年の長谷川鏡吾に対して、1999年公演が「迷い」と評されたなら、その違いは何となくわかるような気がした。(贅沢を言うなら、私はむしろ、迷う姿をもっと観たかったかもしれないけれど)朋輩を裏切ると決め、それを実行した後の表情の揺らぎのなさ、語る声の強さ、身のこなし、何をとってもスキがない。むしろ二十年の間ずっと彼ら池波門下の朋輩たちを出し抜くチャンスを狙っていて、この機に実行した、という計画犯罪的な匂いさえするのは、演者の力量か。
鏡吾が(私には)かなり「躊躇いなく」かつての朋輩に刀を向けていたように見え、一度心に決めて踏み出したらもう迷わない、という芯の強さを感じたのが「もっと行け」と思った理由だった。芝居の中で少しでも躊躇いが見えたなら、内面の葛藤を推し量るところまで行き着いたかもしれない。
勿論中の人の真っ直ぐさ、誠実さ、醸し出す品の良さは隠しようもないが(刀を持った時や、和服の裾・袖の捌き方は流石に綺麗)やはり「役者」だから、鏡吾というキャラをいかに見せてくれるかという部分が何より楽しみであり…とにもかくにも私には上川さんの新しい一面(キャラメルでの生き生きとした表情やお芝居も含め!笑)が観られたのは僥倖だった。12月6日までタイムシフト視聴が有効なので、もう一度くらい時間作って観てみたい。
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そうそう。上川鏡吾以外の役者さんについても語らねば。
実は女性キャラで一番好きなのは虎太郎家内のふじ。「時代の空気」に一番よく合っていたし、コメディもシリアスも、5つ年上の姉さん女房の設定通り男たちを見守るおおらかな、時に厳しい母性を感じた。初音と美緒はあまり…立ち位置的に区別がつかない。むしろ周囲にいる男たちの「個性」が強いがゆえに、霞んでしまっていた。
主役の弦次郎もいい。すばらしい。彼もまた「TRUTH(真実)」と「FACT(事実)」のはざまで揺れ動き悩むキャラ。最後まで鏡吾の陰謀と告げなかった理由は、横溝の影や山岡の裏切りを察していたから…だけとは思えない。友と思っていた男を信じたかった、それ以上に自らの犯した罪の重さに打ちひしがれる彼の姿がこの舞台の全編を通して悲劇の色を濃くしていた。(鏡吾と斬りあいで相打ちにならなくて良かったのかどうか、はさておき…)
英之助は殺されてしまったので(苦笑)「頭巾とっておけばこんなことには」というツッコミをするしかないものの…弦次郎と絡むことで芝居も役割もはっきりする、ピンではないが故に「独特の存在感」があって良かった。むしろ死ぬことによって不在感を醸し出す、稀有な芝居だった。最後の幽霊状態の台詞「許すも許さぬもない、何があってもお前は生涯の友だ!」は出色。鬱屈したモヤモヤの幕切れ感に、一服の清涼を与えてくれた。
客演、池波師範役の川原さんはものすごく良かった!(笑)何というか、あの暴走気味の若者集団の中にあって抜群の(芝居も存在も)安定感!というか上川鏡吾の暴走を芝居と殺陣で止められる唯一の存在じゃないか?とすら…ホメ過ぎ?(でも師範が出てくるシーンは全部好きw)
殺陣について…やっぱり上川鏡吾は「速い!!」セット含め、狭い舞台だったせいか立ち回りに存分に足を使えなさそうな様子ではあったけれども、柄に添える手の動きやら視線やら、踏み込みから身体ごとすれ違う速さまで、これは生で観たかった…!←ちゃんと最後は弦次郎に斬られた右腕が震えている。分かりやすいけど、こういうの大事w
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音楽――この『TRUTH』は劇団史上初めてサントラが作られたそうだが、青春群像劇に相応しい、ちょっと懐かしい感じのするサウンドが時代劇にいい意味でミスマッチで、面白い効果を出していた。
(歌詞)
I can only do one thing, to discover the TRUTH.
Where is your TRUTH?
I can't forgive myself.
In this world with no sound, no glow, and no friends of mine,
遠いまぼろしに
Where is your TRUTH?
何も答えられずに
Where is your TRUTH?
ただ立ち尽くすだけ
終わりなき旅は 君へと続く運命(さだめ)
差し出したこの手は 果てのない闇に溶けてく
懐かしい微笑みが消えてゆく
砂がこぼれるように
I can only do one thing, to discover the TRUTH.
Where is your TRUTH?
I can't forgive myself.
In this world with no sound, no glow, and no friends of mine,
揺れる面影を
Where is your TRUTH?
追いかける足音も
Where is your TRUTH?
君にはもう届かない
(中略)
Where are you?
Why has such a thing happened?
Where are you?
The eyes cannot to see the TRUTH in the world.
Where is your TRUTH?
Where is your TRUTH?
Where is...my TRUTH...?
この曲は普通に考えると弦次郎視点の歌詞だが、実は英之助、鏡吾、誰に当て嵌めても成り立つストーリー。そう考えるとこのテーマソングは鏡吾の慟哭シーンにこそ相応しい――名曲。90年代のトレンディドラマみたいで。←褒めてます!
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というわけで初キャラメル観劇感想、大変大変オソマツさまでしたm(_ _)m
今度は機会を見つけて絶対に「生で」観に行きます!
(追記)
まさかこの4か月後に生キャラメル(笑)の『ヒトミ』再再演を観て、すっかりどっぷりハマることになるとは…夢にも思わなかったのでしたw
ホント、人生って何が起きるか分かんないですね…(^^;