かれこれ、二十年あまり前のこと
です。
なのに、いっこうに古びることの
ない、この記憶。古びるどころか、
まるで磨きたてのガラス窓みたい
に清新で、澄み切っています。
会社で出している出版物ができ
あがって、印刷所から運び込まれ
てくると、わたしたちは地下の駐
車場まで下りていき、バケツリレ
ーの要領で車の荷台から商品を降
ろして、倉庫に運び込む、という
ような作業をやっていたのですね。
その日はものすごく蒸し暑い日で、
運悪く販売部の男性社員が全員
出払っていたこともあり、作業は
困難もきわめていました。
わたしたち女性社員四人―――
うちひとりは、年配の経理のおば
ちゃんでした―――は汗だくにな
って、ふうふう言いながら、茶色
の紙に包まれた、岩のように重い
出版物を抱えて、右往左往して
いたのです。
そこへ、どこかで引っ越し業務を
終えてきたらしい、順ちゃんの
会社のトラックがもどってきま
した。わらわらと、車から降りて
きたのは、順ちゃんのほかに、
大柄な男の人がふたり。
彼らは、へっぴり腰になっている
哀れになっている女たちに同情し、
見るに見かねたのでしょう、
「しゃないな。もういっちょう、
運んじゃるか」
「そやな、放っておいたら、夜まで
かかりそうやし」
「よっしゃ、行くで」
などと声をかけ合いながら、わたし
たちを手伝ってくれたのです。
さすがは引っ越し屋さんだけあって、
三人は筋骨隆々としてたくましく、
全身に若さと活気がみなぎっている
ようでした。あっというまに、
山のような荷物はすっきり片付き、
わたしたちは厚くお礼を言って、
誰かが買ってきた缶コーヒーを
飲みながら、みんなで輪になって
世話話をしました。
他愛ない話しです。どうってこと
もない雑談。無邪気な笑い声。
何を話して、何が可笑しくてそん
なに笑ったのか。
その時から、わたしは順ちゃんだ
けを、見ていたような気がします。
「気がします」と書いたのは、順
ちゃんだけを見ていたその行為が、
わたしの意志によるものでは決して
なくて・・・・そうじゃなくて、
何か抗いたい力に支配されるように、
文字通り、吸い寄せられるように、
引き込まれるように、見つめて
いたから。
優しくて、残酷な力です。
でもそれが、恋の力というもの
でしょう。
です。
なのに、いっこうに古びることの
ない、この記憶。古びるどころか、
まるで磨きたてのガラス窓みたい
に清新で、澄み切っています。
会社で出している出版物ができ
あがって、印刷所から運び込まれ
てくると、わたしたちは地下の駐
車場まで下りていき、バケツリレ
ーの要領で車の荷台から商品を降
ろして、倉庫に運び込む、という
ような作業をやっていたのですね。
その日はものすごく蒸し暑い日で、
運悪く販売部の男性社員が全員
出払っていたこともあり、作業は
困難もきわめていました。
わたしたち女性社員四人―――
うちひとりは、年配の経理のおば
ちゃんでした―――は汗だくにな
って、ふうふう言いながら、茶色
の紙に包まれた、岩のように重い
出版物を抱えて、右往左往して
いたのです。
そこへ、どこかで引っ越し業務を
終えてきたらしい、順ちゃんの
会社のトラックがもどってきま
した。わらわらと、車から降りて
きたのは、順ちゃんのほかに、
大柄な男の人がふたり。
彼らは、へっぴり腰になっている
哀れになっている女たちに同情し、
見るに見かねたのでしょう、
「しゃないな。もういっちょう、
運んじゃるか」
「そやな、放っておいたら、夜まで
かかりそうやし」
「よっしゃ、行くで」
などと声をかけ合いながら、わたし
たちを手伝ってくれたのです。
さすがは引っ越し屋さんだけあって、
三人は筋骨隆々としてたくましく、
全身に若さと活気がみなぎっている
ようでした。あっというまに、
山のような荷物はすっきり片付き、
わたしたちは厚くお礼を言って、
誰かが買ってきた缶コーヒーを
飲みながら、みんなで輪になって
世話話をしました。
他愛ない話しです。どうってこと
もない雑談。無邪気な笑い声。
何を話して、何が可笑しくてそん
なに笑ったのか。
その時から、わたしは順ちゃんだ
けを、見ていたような気がします。
「気がします」と書いたのは、順
ちゃんだけを見ていたその行為が、
わたしの意志によるものでは決して
なくて・・・・そうじゃなくて、
何か抗いたい力に支配されるように、
文字通り、吸い寄せられるように、
引き込まれるように、見つめて
いたから。
優しくて、残酷な力です。
でもそれが、恋の力というもの
でしょう。