ソバ屋の箸といえば、たいてい
木地そのままであり、塗りや
象牙には、いまのところ出会った
ことがない。
割るもの、割らぬもの、どちら
でも良いが、なくとも良いものに
ソバ屋の箸袋がある。
そもそも屋台食から広まった、江戸
前の食、ソバ、鰻、鮨、天ぷらは
箸袋は不要だ。
当時は、天ぷらは串に刺して食うし、
鮨は指でつまむのが正統だし、
鰻も飯と合体する以前は、抜いた
串でさばいて食うし、唯一箸の
必要なソバにしても、箸袋はゴミ
でしかない。
箸袋は、座敷料理屋が、常連客を
もてなすのに、その客の名前を、
袋にしたためて供したことに発する。
けっして店の名や電話番号を書く
ためのものではなかった。
かつて、ソバ屋の箸というものが
あった。ソバは、他の食品とちがい、
一旦箸をつけたら、休みなく、タ
クトさながらリズミカルにたぐる
ものだから、箸さばきの良いように、
なるべく軽く、多少短めで、すのこ
に挟まった、最後の切れっ箸もつま
めるように先端は真四角が理想だった。
いい箸に出会えるとソバもまたいちだん
とうまく感じる。困るのは斜めに割れて
しまった割り箸で、これだけは興ざめだ。