兎神伝
紅兎〜革命編其乃二〜
(21)愛撫
恒彦は、汁物の匂いに鼻をくすぐられて目覚めを迎えた。
寝間に差し込む日差しは、かなり高くなっている。
こんな遅くまで眠っていたのか…
気付かぬうちに眠り、気づけば既に目を覚ますと言う日々を長年過ごしてきた恒彦が、まともに眠ったと感じた事は皆無に等しい。
しかし…
昨夜は何と深く眠った事か…
見る夢もいつもは違っていたな…
それにしても…
あんな夢を見るなんて…
『刑部(ぎょうぶ)さん、佳奈ちゃんを女として見てるでしょう。』
また、軽信の妖艶な眼差しが脳裏を過ぎる。
彼女と出会ってどれほど経つかは覚えてない。
それでも、名無しと呼ばれる暗面長(あめんおさ)の噂を耳にし始めた頃には、もう知り合っていたと思う。
そもそも、最初にあの男の話を耳にしたのは、軽信の口からであったような気もする。
とにかく、かなり長い付き合いなのは確かだ。
しかし、未だにあの吸い込まれそうな笑みと眼差しに慣れる事はできないでいた。
あの笑みと眼差しで見つめられると、理性を失い、取り返しの付かぬ事をしでかす気がする。
殊に、あんな夢を見た後では…
『佳奈ちゃんの抱き方、知りたくて?』
『佳奈ちゃんの抱き方、教えてあげようか。』
『佳奈ちゃんの抱き方、教えてあげる。』
『いらっしゃい、私の懐に…佳奈ちゃんの全部、教えてあげてよ。』
また繰り返し、軽信の同じ声が脳裏を過ぎる。
『よせっ!佳奈は、まだ十歳だぞ!』
恒彦は、掛け布団を蹴り上げるように起き上がり、襖を開けた。
すると、居間には、飯事のような可愛い膳が二つ用意されていた。
『おはようございます。』
障子の側で、いつの間に教わったのか、佳奈が行儀よく正座して、朝の挨拶をする。
『これ、おまえがこしらえたのか?』
『はい。』
恒彦に問われると、佳奈は恥ずかしそうに返事をした。
『そうか…』
恒彦が膳の前に腰掛けると、これまた、ごく自然に佳奈が碗に飯をよそり、茶を入れる。
温い…
何と温いのだろう…
一口、碗の飯に箸をつけ、茶を啜るなり感じたのは、それであった。
これまで、口にするものに温もりなど感じた事などなかったが…
まるで…
昨夜の夢の続きでも見ているような…
亀四郎が仕込んだな…
恒彦は、椀を片手に、副菜の漬物に箸を伸ばしながら、ふと思う。
兎津川刑部(とつがわぎょうぶ)の役に就いて以来の腹心である彼は、家事にたけ、独り身の恒彦の身の回りの世話もし続けていた。
料理から、掃除に洗濯…
何でも卒なくこなすだけでなく、こうして知らぬうちに、一緒に暮らす事になった少女に家事を仕込んだりする。
その上…
いつもなら、とっくにやってきて、一緒に朝餉を食しながら、そろそろ嫁を貰えとうるさくて言い続けているところなのだが…
未だにやって来ないと言うのは、佳奈との邪魔をすまいとの気遣いか…
そんな所にまで気が回るとは…
あいつは、女に生まれて来た方がよかったのではないか…
きっと、良い女房となれただろう…
最も、小太りした小男の彼を女房にする趣味など、俺は持ち合わせてなどいないが…
しかも、こうして女の手で用意された膳の温さを知った今となっては…
女…
恒彦は、自身の思いにハッとなった。
女だと…
俺は、この子を女として…
恒彦は、箸を止めると、佳奈の方に目を向けた。
恥ずかしそうに俯く佳奈の紅潮した顔…
自分で拵えた膳に、遠慮がちに箸を向ける手元と胸元…
更にきちんと正座した脚…
着物の裾から微かにはみ出た膝に目を止めると、思わず鼓動が高鳴り出すのを覚える。
馬鹿な…
何を今更、俺は…
佳奈の身体(からだ)なら、もう隅々まで見尽くしている筈だ。
何しろ、初めて出会った時、彼女は一糸纏わぬ姿でいたのだ。
鷹爪衆より、捕われていた少女達を保護した時…
最初にした事は、彼女達に着物を着せてやる事と、渡瀬人(とせにん)達に追わされた傷の手当てであった。
いつもであるなら、こうした事は全て配下に任せ、自身は陣屋に戻って次の手配に移る。
少女達を当面養う為の場所と衣食の手配…
少女達を家元に送り返す準備…
事の顛末の報告書類のまとめ…
そして…
応酬した阿片の処分…
する事は山ほどあり、少女達の世話などと言う雑用に回せる時間などありはしない。
だが、この時だけは何故かまっすぐ佳奈の元に足を向けた。
単に最初に目に留まった…
ただ、それだけの少女である。
全裸で引き摺られた幼い少女など、今更珍しくも何ともない。
男達に荒らされ、引き裂かれ、白穂混じりの血を垂れ流す幼い神門(みと)のワレメ…
そんなもの、十五の時から腐るほど見させられて来た。
だのに、何故、佳奈の事だけそんなに気にかかっのか、未だに自分でもよくわからない。
『おいっ!暴れるんじゃねー!大人しくしろっ!手当ができねーじゃねーか!』
『怖がらなくて良い!俺達は、おめぇーの味方だ!助けてやったんだ!』
配下の淳一と明が必死に宥めようとするのも虚しく…
『イヤッ!やめてっ!やめてっ!お願いっ!お願いっ!もう…もう…もう、やめてーーーーっ!イヤーーーーーーッ!!!』
佳奈は泣いて暴れて、指一本触れさせようとはしなかった。
『どうした?何を手こずってる。』
『お頭、こいつ、全然ダメです。』
『誰が側に近づこうとしても、こんな調子で…:』
恒彦が、途方に暮れる淳一と明の間に割って入ると…
『許して…許して…お願い…お願い…もう…もう…やめて…イヤッ…イヤッ…』
佳奈は、恒彦の姿を見るなり全身を震わせ、摩り泣き出し…
『イヤッ…イヤッ…やめて…やめて…イヤーーーーーーッ!!!!!!』
凄まじい声をあげるや、血の滲んだ尿を漏らした。
すると…
『そうか、そうか、よしよし、わかったわかった…』
恒彦は、顔色変えず言うなり、唐突に佳奈を抱きしめた。
『やめてっ!やめてっ!お願い!もう、やめてっ!』
佳奈は、恒彦の腕の中で、更に泣き叫び踠き続ける。
恒彦もまた、更に強く抱きしめながら…
『もう大丈夫、もう大丈夫だ。怖かったな、辛かったな。』
そう言うなり、今度は徐に環奈と唇を重ねた。
すると、環奈は急に我を取り戻したように目を見開き大人しくなり、恒彦の顔をジッと見つめた。
『そうだ、もう大丈夫…もう大丈夫だぞ。』
恒彦は言いながら、さりげなく懐に仕舞い込んでいた貝殻の薬入れを取り出し、中の軟膏を掬う指先を、佳奈の股間に伸ばしていった。
同時に、佳奈の強張らせていた身体(からだ)から、少しずつ力が抜けてゆき、目元が緩み出していった。
『どうだ、痛みが薄れてゆくだろう?』
恒彦が言うと、佳奈は静かに頷いて見せる。
『今から、もっと楽にしてやるからな。』
恒彦はそう言うと、傷だらけの神門(みと)に潜り込ませた指先を蠢かしながら、唇を佳奈の首筋から胸へと向かって這わせ、チロチロと舐め回し始めた。
『ハアッ…ハアッ…ハアッ…』
佳奈は、次第に顔をうっとりさせながら、呼吸を早めてゆく。
やがて、呼吸の声は…
『アッ…アッ…アッ…アッ…』
恒彦の唇が真っ平らな胸に達し、粒程の乳首を含んで舐め回し出すと喘ぎに変わっていった。
そして…
『アンッ…アンッ…アンッ…』
恒彦が、更に胸から腹部、下腹部へと唇を移してゆくにつれて、更に更に大きくなり…
『アーンッ!アンッ!アンッ!アンッ!アーンッ!』
遂に、指先で弄っていた神門(みと)にまで達して、ワレメの中を舌先で這わせてゆくと、佳奈は我を忘れたように身悶えして、声を張り上げた。
やがて…
『アーーーーーーーンッ!!!!!』
一段と声を上げる佳奈が、腰を浮かせたまま静止し、そのままスヤスヤと寝息を立て始めると…
『この子は、暫く俺が預かる。』
恒彦は、一言そう言うなり、佳奈を陣屋に連れ戻っていった。
結局、そのまま、恒彦は佳奈を引き取る事になった。
佳奈に身寄りはなく、鷹爪衆に引き連れられていたのも、拐かされたのではなく、彼女を引き取っていた遠縁に厄介払いに売られての事であった。
佳奈は、物心ついた頃には家族はなかった。
どうして両親がいないのか…
死別したのか、捨てられたのかも定かでない。
ただ、気づいてみれば、冷酷な遠縁に苛め抜かれる日々を過ごしていた。
売られた時も…
『痛いっ!痛いっ!痛いよーっ!!!痛いっ!痛いっ!痛いっ!』
渡瀬人(とせにん)達によってたかって神門(みと)を穂柱で貫かれる佳奈の側で、遠縁夫婦は、貰った金袋を眺めて笑っていたと言う。
十歳と言う年齢も、身体(からだ)のつくりと、調べによるおよその検討でしかない。
そんな佳奈に、行き場がなかった事もあるが…
『兎津川(とつがわ)…刑部(ぎょうぶ)…様…』
『そうだ、兎津川刑部(とつがわぎょうぶ)…一介の役者だ。刑部(ぎょうぶ)と呼んでくれ。』
『刑部(ぎょうぶ)様!』
恒彦が本名ではなく役職を名乗った時、満面の笑みで抱きついた佳奈に、不思議な情が沸いた事がある。
その情は…
『刑部(ぎょうぶ)様…刑部(ぎょうぶ)様…』
『そうだ、刑部(ぎょうぶ)だ。刑部(ぎょうぶ)は、此処にいるぞ。』
『刑部(きょうぶ)様っ!』
佳奈が悪夢に魘される度に、恒彦はその腕に抱きしめ、唇を重ねた。
『刑部(ぎょうぶ)様、痛い…痛いよー…』
目を開け、正気に戻りかける佳奈が、涙目で恒彦の顔を見上げると…
『大丈夫だ、今、楽にしてやるからな。』
恒彦はそう言うなり、巧みに帯を解き、寝巻きを脱がせて産まれたままの姿にし…
重ねた唇を、首筋から胸元に這わせ、あるかなしかの乳首を咥えて舐め回し…
『アンッ…アンッ…アンッ…』
甘えるような声をあげる佳奈の腹部から下腹部へと唇を運んでゆき…
『アーーーーーーーンッ!!!アンッ!アンッ!アーーーーーーーンッ!!!』
佳奈は、遂に股間に達した恒彦の舌先が、神門(みと)のワレメを弄りだすと、大股開いた腰を激しく上下させて、身悶え始めた。
そうして…
『アーーーーーーーンッ!!!!!』
一段と声を張り上げ、腰を浮かせたまま静止する佳奈は、いつの間にか、心地よさそうな寝息を立てていた。
『刑部(ぎょうぶ)様…』
恒彦は、満面の笑みで寝言を呟く佳奈の寝顔を見る度に、情が深まってゆくのを感じた。
殊に…
『刑部(ぎょうぶ)様!行かないで!』
漸く見つけた里親の元に置いてゆこうとした時…
佳奈は、恒彦の足元に齧り付き、火がついたように泣き出した。
『お願い!私、何でもします!何でも言う事を聞きます!だから…だから…私を置いて行かないで
…』
『佳奈…』
途方に暮れる恒彦の前…
『さあ、おいで。』
『今日から、私達がお父さんとお母さんよ。』
引き取る筈の夫婦が、佳奈に近寄ると…
『イヤッ!イヤッ!やめてっ!やめてっ!痛い!痛い!痛いよーーっ!刑部(ぎょうぶ)様っ!』
佳奈は一段と声をあげて泣き喚き、思い切り尿を漏らした。
『佳奈!大丈夫だっ!刑部(ぎょうぶ)だっ!刑部は此処にいるぞ!』
恒彦は、急ぎ佳奈を抱きしめるや、いつもそうするように、唇を重ねてやる。
すると…
『刑部(ぎょうぶ)様…』
『そうだ、刑部(ぎょうぶ)だ。刑部(ぎょうぶ)は、此処にいる。』
『お願い…置いて行かないで…何でもします…何でも言う事を聞きます…だから…だから…』
『わかった。刑部(ぎょうぶ)はおまえから離れねえ。おまえを決して離しやしねー。』
『刑部(ぎょうぶ)様…』
涙に濡れた眼差しで見上げる佳奈は、忽ち満面の笑みを浮かべて、恒彦の胸に顔を埋めた。
この時、この瞬間…
恒彦もまた、もう佳奈とは離れて生きてゆけない自分を感じていた。
その情がいかなるものであるのか、恒彦には知るよしもなかった。
妻を持った事もなければ、まして娘を育てた事もない。
そもそも、女を側に置いた事すら無い。
ただ…
佳奈が悪夢に魘される度に、腕に抱きしめ、寝巻きを脱がせて、産まれたままの姿を愛撫する。
深い意味があって、そうするわけではない。
一度だけ、軽信が男に参道を傷つけられた少女に、そうやって美国(うましくに)を塗ってやる姿を見せられた事がある。
恒彦には、それ以外の方法で、悪夢に怯え泣き噦る佳奈を、慰める術を知らなかった…
それだけの事であった。
しかし…
そうして、愛撫を重ねてゆく中…
甘い…
何て甘いのだろう…
佳奈の肌の味も香りも…
ある日、いつものように愛撫しながら、そう感じた時…
求めているのは、佳奈だけではない事…
恒彦自身が、佳奈の甘い味と香りを求めている事を知るようになった。
愛撫するのも、最初は首筋から胸…
胸から腹部…
腹部から下腹部へと唇を這わせ、最後に股間に達して、神門(みと)をワレメに沿って丹念に舐め回して終わりであったが…
日増しに肩や背中、手や足と、次第に部位も広がっていった。
最初は、真っ平らな胸を舐め回し…
粒のような乳首を咥えて、舌先で転がす時間が長くなるところから始まった。
『アーン…アーン…アーン…』
胸を舐め回し、乳首を舌先で丹念に転がす時…
佳奈は、他の部位を舐め回されるのとは違う声をあげる。
『アーン…アンッ…アンッ…アーン…』
それは、何処から間伸びして、赤子の甘えるような声に似ている。
その時の佳奈のうっとりするような顔も、何処か赤子帰りしたようなあどけない顔になる。
佳奈の赤子のような顔を見て、声を聞くと、愛しさで胸がいっぱいとなり、いつまでも佳奈の胸と乳首で留まりたい気持ちにもなる。
だが…
股間を弄り、神門(みと)のワレメの中で蠢かせる指先がしっとり濡れ出し、佳奈の小さな太腿が更に強請るように手を挟み込んでくると、恒彦もまた、舌先をそこに移してゆきたい衝動に駆られる。
そして…
『刑部(ぎょうぶ)様…刑部(ぎょうぶ)様…』
と、譫言のように呼ばわれると、衝動は遂に耐え難いものとなり、唇を腹部から下腹部、股間へと這わせて、そこに達してゆく。
すると…
『アンッ!アンッ!アンッ!アーーーーンッ!』
佳奈の声も一転して小刻みで大きなものとなり…
『アーーーーーンッ!アンッ!アンッ!アーーーーンッ!!!』
佳奈は声が大きくなるのに比例して、激しく全身を悶えさせ、腰を大きく上下させてゆき、最後、絶頂へと達する。
そんな佳奈を見てるうち…
他の所を愛撫したら、どんな顔をして、どんな声をあげるのだろう…
何より…
どんな甘い味がするのだろう。
粒のような乳首が干し葡萄なら、神門(みと)のワレメは梅の砂糖漬けのような味がする。
ならば…
ある時…
恒彦は、更なる衝動のままに、佳奈の首筋を這わす唇を、胸ではなく肩へ、背中への這わせながら、一箇所一箇所丹念に舐め回してみた。
案の定…
『アァァー…アァァ…アァァ…』
佳奈は、それまでと全く違う声をあげ、反応を示した。
それまでは、首をゆっくり小刻みに、まるで愛撫を味わうような反応であったのが…
『アァァ…アァァ…アァァ…』
肩から背中を愛撫し、舐め回してやると、佳奈は大きく身体(からだ)を弓形にして、自分から求めるような声をあげ出した。
『アァァ…アンッ…アンッ…アァァーッ…』
恒彦が、背中を舐め回しながら、股間を弄るのとは別のもう片方の手で、胸を弄り、乳首を指先に摘んで転がすと、更に動きも声も貪欲になる。
そうして…
恒彦の唇が、背中から腰、腰から臀部へと移ってゆき…
『アァァァァーーーーーッ!アァァァーーーーーッ!アァァァーーーーーーーッ!』
尻の狭間に舌先が潜り込み、裏神門(うらみと)を弄り出すと、それはさながら狼の遠吠えにも似た声をあげ出す。
その時、神門(みと)のワレメを弄る指先の濡れ方も全く違っている。
胸から腹部、下腹部から股間へと唇を移した時は、しっとり湿らせるような濡れ方であったが…
肩から背中、背中から腰、尻へと唇を移す時は、びしょ濡れに濡れる。
そして…
『アァァァァァァーーーーーーーーーンッ!!!!』
遂に、裏神門(うらみと)から神門(みと)へと舌先が移って行くと、その声はさながら猛獣の咆哮となり、弄る指先は洪水にあったようになった。
恒彦は、更に日を重ねるにつれ、佳奈の身体(からだ)の様々な部位を探っていった。
時に肩から両手に唇を這わせ、指を一本一本しゃぶる日もあれば…
股間に移すと見せた唇を、太腿から膝、足の先への移し、小さな足の指を、敢えて時間をかけて舐め、佳奈を焦らしたりもしてみたい。
佳奈と唇を重ねるのではなく、徐に耳の周りを這わせ、耳たぶを咥えて舐め回す事をした事もある。
思った通り…
愛撫する部位によって、喘ぐ声もちがければ、示す反応も違う。
何より、甘さの味が、蜜のようであったり、干し柿のようであったり…
桜餅や柏餅のようでもあったりした。
気づけば、恒彦は、佳奈の身体(からだ)で、何処がどうなっているのか…
背中の左脇に星形の小さなアザがある事から、右鼠蹊部に小さなホクロがある事、神門の膨らみ具合、左右違う足の小指の形まで、知らない事は無くなっていた。
佳奈の事で、知り尽くした事は、身体(からだ)の形ばかりではない。
『佳奈、今日は寂しい思いをさせて、すまなかったな。』
『佳奈、明日は勤めを休む。一日、一緒に過ごそう。』
『佳奈、明日は、俺と一緒に勤め先に行ってみるか?』
『佳奈、今日は腹の具合でも悪いのか?』
『佳奈、今日は…』
その日、その日の愛撫した時の佳奈の反応で、佳奈が一日どんな思いで過ごし、今、どんな気持ちでいるのかもわかるようになった。
更には…
『刑部(ぎょうぶ)様…』
『そうか、今日は乳首を舐めて欲しいのか…』
恒彦は、佳奈の呼び掛ける声と、頷く時のはにかみ方を見て、何処からどう言うふうに愛撫して欲しいのかもわかるようになった。
佳奈もまた、そんな恒彦にどう言う仕草をすれば、どんな反応を示せば、自分の事をわかってくれるようになり…
恒彦は、佳奈の求めるままに愛撫し…
佳奈もまた、求めたいままに反応を示す…
そうして、互いに求め求められるままに愛撫を繰り返すうちに…
愛撫はより深く、より濃厚なものとなり、佳奈の悪夢は次第に薄れ、眠りは安らかなものに変わっていった。
同時に…
恒彦もまた、悪夢が薄れてゆき、次第に深く眠れるようになった。
最初は半刻ほどだったのが…
一刻、一刻半、二刻…
しっかり眠ったと自覚できる眠りにつけるようになった。
そして、昨夜…
十五の時から、眠る度に現れ続けた悪夢が消えた。
代わりに、全く違う夢を見たのだが…
その夢は…
『あの…刑部(ぎょうぶ)様…』
恒彦は、不意に呼び掛ける佳奈の声に我に帰った。
『お膳、お口に合いませんでしたか?』
ふと、気づけば佳奈は涙ぐんでいる。
『いや。どうして?』
『さっきから、箸を全くつけて下さいませぬ…』
『何だ、そんな事か。』
恒彦が呟き一息吐くと、佳奈は急にしゃくりあげ、メソメソし始めた。
見れば、佳奈は自身の膳に全く手をつけていない。
佳奈の事は何でも知っているつもりであったが、実は知らない事が一つあった。
佳奈は、恒彦に内緒で、亀四郎に家事を習い初めていたのである。
それで…
ある朝、目覚めた恒彦の前に、いきなり自身の手で拵えた膳を並べて見せる。
同時に、きちんとした挨拶をして居間に出迎え、二人きりの朝餉をとり…
恒彦が驚きながら、旨そうに食するのを見るのを楽しみにしていたのである。
しかし、日頃陽気で優しい亀四郎だが、いざ教える立場になれば、非常に厳しい。
事に、料理には格別の思い入れがあり、米の研ぎ方、汁物の味付け、漬物の切り方…
一つ一つに対して、実に細かく、生まれた時からこき使われるだけで、女の子らしい事など何も教わってこなかった十歳の女の子などと言う事など容姿なしに、しごかれ抜いたのである。
それで、恒彦の見えないところで、どれほど泣いた事か…
それでも、漸く亀四郎より合格点を貰い、胸を躍らせて用意したのが、この膳だったのだが…
恒彦は何やら呆然と考え込んだかと思えば、全く箸を動かさなくなってしまった。
佳奈は、とうとう、両目を手で覆うと、声を上げて泣き出した。
『佳奈、すまねえ。うめえよ、おめえの拵えてくれた飯、本当にうめえよ。』
『でも、刑部(ぎょうぶ)様…刑部(ぎょうぶ)様…箸を…箸を…全然…』
一度泣き出すと止まらぬ佳奈を前に、恒彦は途方にくれて、ふと、もう一度佳奈の顔に目を向けた時…
さっきは、佳奈の身体(からだ)にばかり目を向けて、あそこに触れればあんな反応、ここをなめればこんな声を…
そんな事ばかり思いを馳せて気づかなかったのだが…
梅の花の飾りをつけた、小さな簪をさしている事に漸く気づいた。
『そうそう、おめえに見惚れて、ついつい箸が止まってしまったんだよ。』
『見惚れて?』
『そうだ。今日のおめえは一段と可愛いと思ってな。その簪、どうしたんだ?』
すると、佳奈は急に泣き止んだかと思うと、髪に手を当て、得意げに見せつけながら、満面の笑みを浮かべた。
『亀四郎様に、買って頂きましたの。ちゃんとお膳の用意ができるようになったご褒美にと…』
『カメさんが?』
『はい。せっかくの別嬪さんが、簪もつけてないんじゃあ、台無しだって…
それつけて、刑部(ぎょうぶ)様を脅かしてやれって。』
フッ…
亀四郎の奴…
恒彦は、一瞬、口元片方吊り上げ苦笑いしかけたが…
『そうか、よく似合うぞ。』
何気なく佳奈の簪に触れ、佳奈は忽ち頬を赤くして俯くのを見た時…
そう言えば…
佳奈の事を知り尽くした気でいたが…
こう言うところは、まだ何も知らなかった事に気付かされた。
やはり、十歳とは言え、女なのだ。
『佳奈、今日は非番だ。これから、市場にでも行ってみないか?』
『市場…で、ございますか?』
『そうだ。せっかく、簪一つでそんなに可愛くなったんだ。どうせだから、櫛と紅も買うてやろう。初めて、朝餉の仕度ができた褒美にな。』
『わあっ!ありがとうございます!』
恒彦は、飛び上がらんばかりに喜ぶ佳奈を、目を細めて見つめながら、またも昨夜の夢が脳裏をよぎりだした。
同時に…
『佳奈ちゃんの抱き方、知りたくて?』
『佳奈ちゃんの抱き方、教えてあげようか。』
『佳奈ちゃんの抱き方、教えてあげる。』
『いらっしゃい、私の懐に…佳奈ちゃんの全部、教えてあげてよ。』
軽信の、あの妖艶な笑みと流し目を傾けて囁きかける声が、耳の奥底に響いてきた。
俺があんな事を…
佳奈に…
まさかな…
恒彦は、軽くかぶりを振り、脳裏を掠める夢と耳の奥底の声を振り払うと…
『わあ…市場だ、市場だ…刑部(ぎょうぶ)様と市場に行ける…』
尚も、嬉しそうに呟きながら、漸く箸を進め出す佳奈を見つめながら、止めていた箸を動かし始めた。
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