サテュロスの祭典

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兎神伝〜紅兎四部〜(25)

2022-02-04 00:25:00 | 兎神伝〜紅兎〜革命編其乃二
兎神伝

紅兎〜革命編其乃二〜

(25)報酬

『相変わらず、鮮やかな仕事をするわね。』
軽信は、秘密拠点の一つに持ち込まれ、山積みされたものを目の前すると、感嘆の声を上げた。
『あんた達の金子にして、凡そ千両分の美国(うましくに)…
重ねて、兵士にして千人分の武器弾薬…
一夜にして、よくやったわ。
やっぱりあんたは、あいつ何かと違う。勇敢なる私達の同心、ますます惚れなおしたわ。
ねぇ、どお?今から私と…』
『今回は、報酬を貰いてぇ。』
恒彦は、相変わらずの笑みと流し目を傾けて擦り寄る軽信の言葉を、眉を顰め遮って言った。
『報酬?良いわよ、いつだって言ってるじゃない。欲しいだけ差し上げてよ。幾ら欲しいの?』
『金子は要らねえ。』
恒彦が言うのと同時に、近く控えていた亀四郎が、五人の少女達を連れてきた。
『この子達は?』
『あの船に積み込まれていた穢兎(けがれうさぎ)だ。この子達を楽園に連れて行って貰いてぇ。』
『なるほど。良いわ、連れてって上げる。』
軽信が快諾すると…
『さあ、お前達、良かったなー。これから、このお姉ちゃんに、良いところに連れてって貰えるぞ。』
それまで厳しい顔して軽信の顔を見つめていた亀四郎が、忽ち目尻を下げて笑いかけながら、穢兎(けがれうさぎ)の少女達に言った。
『良いところ?』
『そうだ。向こうについたら、すぐに優しい父さんと母さんになってくれる人が待っていた、暖かいお家に連れてってくれるんだぞ。もう、裸でいなくても良いし、悪いおじさん達に、よってたかって虐められる事もない。チョゴリって可愛い着物着て、美味しいものを食べて、ガッコウって所に行って、毎日大勢の友達と、一緒に勉強したり遊んだりして過ごせるんだぞ。』
『お結、食べられる?』
『大根煮は?』
『芋汁は?』
『食えるとも!毎日、鍋いっぱい拵えて貰って、腹一杯食えるんだぞ。』
亀四郎が手振り身振りで大仰に言うと…
『わあっ!』
『行きたい!行きたい!』
『早く行きたいなー!』
穢兎(けがれうさぎ)の少女達は、一切に手を叩いてはしゃぎだした。
しかし…
『ねえ、若芽姉ちゃんは?』
『若芽姉ちゃんは、何処にいるの?』
『若芽姉ちゃんと一緒に行きたい。』
穢兎(けがれうさぎ)の少女達が言い出した途端、亀四郎は忽ち言葉につまった。
すると…
『若芽は行けねえ。』
恒彦が、ぶっきら棒に言った。
『どうして?』
『若芽姉ちゃんも連れてってよ。』
『ねえねえ、お願い。私、良い子にするから…また、着物脱いで過ごしても良い。おじさん達に、気持ち良い事いっぱいさせてあげる。』
『私、お父さんになってくれる人の穂柱、毎日舐めて上げる。白穂だって、一雫もこぼさず呑んであげるよ。』
『お願い…若芽姉ちゃんも連れてって…お願い。』
穢兎(けがれうさぎ)の少女達が、涙声になって言うと…
『若芽は行けねえ!行かせるわけにいかねー!若芽は、期日までに聖領に行かなければ、家族身内が厳しい咎めを受ける!娘達はみんな、一番酷い社(やしろ)に兎として送られるか、河原者達の慰みにされる!』
恒彦は、血を吐くような言葉で叫び、穢兎(けがれうさぎ)の少女達は、一切に声を上げて泣き出した。
『嫌だ!嫌だ!若芽姉ちゃんと行く!』
『若芽姉ちゃんと一緒でなきゃ、行かない!』
『若芽姉ちゃんと離れたくない!』
『若芽姉ちゃんと離れたくないよー!』
恒彦は、暫し硬く目を瞑り、穢兎(けがれうさぎ)の少女達が延々と泣き続けるのを聴き続けると…
『甘ったれるな!』
不意に、怒声を上げると同時に、穢兎(けがれうさぎ)の少女達の頬を、思いっきり打った。
『良いか!おめえ達は、壊れ物!壊れ物!壊れ物の不具者何だよ!御祭神も壊れてれば、参道も裏参道もボロボロ!大人になっても、子供を作れないどころか…』
恒彦が言いかけると…
『アッ…』
と、穢兎(けがれうさぎ)の少女の一人が、小さく声を漏らすなり、しゃがみ込んだ。
見れば、着物の裾と地面がぐっしょり濡れて、尻のあたりから雫を垂らしている。
『どうだ?おめえ達は、これから、一生、そうやって糞も小便も垂れ流して生きる事になる。
若芽はな、聖領(ひじりのかなめ)に行けば、今までより、もっともっと辛え事が待ってるんだ!
そんな若芽に、おめえ達の垂れ流す、糞小便の世話までさせる気か!どうなんでぇ!』
穢兎(けがれうさぎ)の少女達が、漸く鎮まり帰る中…
『若芽姉ちゃん…若芽姉ちゃん…』
尿を垂れ流した穢兎(けがれうさぎ)の少女だけは、一人目を覆って啜り泣き続けた。
それまで、ジッと黙って様子を見続けていて軽信は…
『チビちゃん、お名前は?』
『まる子…』
『そう、まる子ちゃんって言うの…
それじゃあ、まる子ちゃん、一緒にお着替えに行こうか。
まる子ちゃんには、他の子達より先に、可愛いチョゴリを着せてあげる。』
『チョ…ゴリ?』
『そう…これから行く楽園の女の子は、みんな着ているのよ。』
と、ここでまる子の耳元に口を寄せ…
『大丈夫…若芽ちゃんも、いつか必ず、お姉ちゃんが楽園に連れて行ってあげる。
『えっ?お姉ちゃん…が?』
『そう。聖領(ひじりのかなめ)の悪い人達みんなやっつけて…必ず、楽園に連れて行ってあげるわ。約束する。』
そう言うと、まる子は忽ち満面の笑みを浮かべた。
『刑部(ぎょうぶ)さん、これで良いかしら?』
『うむ。』
『他に欲しいものはなくて?』
『ねぇ!』
『あんたが望むなら…佳奈ちゃんと一緒に楽園に連れて行ってあげてよ。』
軽信が、またいつもの誘いかける笑みと流し目を向けて言うと、恒彦は嫌なものを噛んだように睨み返した。
『どうせ、まだ佳奈ちゃんを抱っこしてあげてないんでしょう。』
『佳奈は…もう、俺の女だ。』
『穂柱さんをペロペロして貰って、口の中に出したモノを呑み込んで貰って?
あんたは、磯の味、海の味がするんだってね。可愛いんだ。』
コイツ…
何処で…
誰からそんな事を…
恒彦がまた、何か嫌なモノを噛み締めたように押し黙ると…
『良いわ。あんたは、まだまだ、ここでしなくちゃいけない事がたくさんあるもんね。兎津川(とつかわ)には、刑部(ぎょうぶ)さんがまだ必要…また、私で引き受けられる子がいたら、引き渡して。責任もって、楽園に送って上げる。』
軽信はそう言うと、恒彦の頬をなで回し、唇に軽く口づけすると、穢兎(けがれうさぎ)の少女達を連れて、引き上げて行った。
恒彦は、なおも嫌なものを噛んだらような目つきで、軽信とも穢兎(けがれうさぎ)の少女達ともつかぬ後ろ姿を見つめ立ち尽くしていると…
『お頭、行きやしょう。ここに、長居は無用です。』
と、やはり苦飯噛み潰したような顔して、亀四郎が声をかけてきた。
『それと、これ以上、あの女と関わるのは…』
『カメさんは、嫌いか?あの女が…』
『へぇ、どうにも…』
『俺もだ。あいつが情報を回してくれるから手を組んでいるが、どうにもな…』
『ただ…』
『ただ、手を組むってんなら、腹を括る必要があるかと思いやす。』
『革命か…』
『それと、お頭が渡の旦那とあの女と、どちらをお取りになりやすか…』
『どちらって…あいつは、渡の兄貴…いや、鱶腹軍団(ふかはらのいくさつかたまり)にも唾をつけてるんじゃ…』
『その鱶腹軍団(ふかはらのいくさつかたまり)を嵌めた…と、言いやしても、ですかい?』
『鱶腹を…嵌めただと?』
恒彦が、怪訝な目つきをして首を傾げると、亀四郎は辺りをサッと伺い…
『七曲組(ななまがりくみ)、柴田の優作がやられやしたぜ…』
恒彦にそっと耳打ちして言った。
『何だと…』
恒彦は一瞬、目を見開き亀四郎を睨み据えたが、すぐに気を取り直したように嘆息し…
『まあ、良い。渡の兄貴とは義兄弟の盃を交わしてるが、七曲組も鱶腹軍団(ふかはらのいくさのかたまり)も、俺には関係ねえ…』
『お頭…』
『おれは、情報を貰う為に…それと、これからは然るべき報酬を頂く為に、あの女と誼みを続ける。そう…まる子達のような子を、一人でも二人でも、神領(かむのかなめ)から逃して貰う為にな…』
そう言うと、軽信の拠点を後にした。







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