あけまして
おめでとう
ございます
今年もDr.keiの研究室をどうぞよろしくお願い申し上げます。
またいつもご愛読下さり、本当にありがとうございます!
今年もできる限り毎日更新を目指し、
よい記事が書けるように努力していきたいと思います。
ラーメンのこと、音楽のことのみならず、
世界の料理のこと、ドイツのこと、
教育のことや福祉のこと、
思想や哲学のことについても、もっと書いていきたいです。
皆様からのコメントで考えが変わることもありました。
厳しい意見を頂いて、凹んだこどもありました。
でも、そういう意見交換ができるのもBLOGの素晴らしいところです。
今後もどうぞよろしくお願いします!
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年明けということもあって、今日はこのブログについて。
このBLOGは、とりあえずのところ僕の「趣味」の場所ではあるんだけど、
それと同時に、一つの思考実験の場所でもある。
僕のキーワードは「ホモ・ルーデンス」(遊ぶのが本来の人間の姿である)。
そして、遊んでいる時が最も幸福な瞬間である、という考えをもっている。
(また、新たな創造も遊びの中でしか生まれてこない、という考え)
このBLOGは、 そういう意味で、自分の実践哲学の場でもある。
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昨年、秋葉原ですごく痛々しい、けれど現代を象徴する事件が起きた。
多分、今日の新聞の社説はこの事件を取り上げていることだろう(?!)
昨日の朝日新聞でも秋葉原事件に語る記事があった。
カトウ(25歳)の顔を見るたびに、「なぜ彼は救われなかったのか?」
と考えてしまう。これまでの「凶悪犯」とは全然違う弱弱しい表情のカトウ・・・
(カトウは奇しくも、少年Aと同い年くらい。共に1983年頃に生まれている)
僕の立場からすると、カトウは遊びが足りなかった、と言いたい。
彼は「真面目」過ぎた。考え込みすぎた。
自らの思考の内で自らの思考が壊れていった。
人とのつながりも彼にはなかったが、
(それでも彼は人を求めていた!)
そもそも「つながり」は、他者との共通の話題から生まれてくる。
例えば、TVで何度も出ていたナイフショップでのカトウと店員さんとの交流。
あの時、カトウは店員さんと楽しそうにお話をしていた。
もしカトウが本当のナイフフリーク(収集家)だったら・・・
カトウには心を打ち明けるべき友人がいたかもしれない。
少なくとも、孤立はしなかったはずだ。
趣味は、人と人をつなげてくれるものなのである。
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このBLOGを通じて、僕はたくさんの人と知り合えた。
昔なら考えられないような出会いもたくさんあった。
もちろんこのBLOGがなくても、趣味があれば自ずと友だちはできていた。
(なんの関連性も見出せない友人というのはいない!)
趣味(Geschmack)は、遊びにかかわる概念であり、
この趣味がもてる、ということが人間の最も偉大な点なのである。
あるいは、「何かにはまりこんでみる」、と言ってもいいかもしれない。
しかも、徹底的に。
本当の趣味人は、自分に対して厳しい基準をもっている。
なぜなら、自分よりもすごい趣味人を知っているからである。
僕も、どれだけラーメンを食べても、どれだけ音楽を聴いても、
どれだけドイツ語をやっても、どれだけ論文を書いても、
自分じゃ到底かなわない人間が必ずいる。
自分の小ささやちっぽけさを気付かせてくれる「他者」がいるのだ。
そういう人間を知ると、自分に対してやはり厳しい目で見てしまう。
「まだまだだ」、と。
「個人」として生きていかなければならない現代にあっても、
やはり「他者」がいつでも必要であり、「すごい他者」が必要なのである。
そのすごい他者に出会うためにも、またそのすごさに気付くためにも、
自分の趣味というものを明確にしておかなければならない。
(趣味以外で、すごい他者と出会うと嫉妬やねたみの対象となる!)
趣味こそが、人間の生を豊かにしてくれるし、
趣味こそが、優れた他者との交流を可能にしてくれる。
地位や名誉や権力や欲望やお金も人間の生を豊かにしてはくれるが、
必ずそこには「ねたみ」や「嫉妬」や「羨ましさ」や「敵意」が潜んでいる。
趣味の世界には、そういう負の感情はなく、「憧れ」と「尊敬」がある。
趣味というのは、最もその人間にとっての真の幸福をもたらしてくれるのだ。
このBLOGは、様々な人への憧れと尊敬の念を込めて存在している。
素晴らしい人やモノに出会うために存在しているのだ。
このことを年の初めに今一度確認しておきたい。
★2009年、よき一年を★
きっと誰もが楽しく生きられる・・・はず!!