1993年に西陣より登場したデジパチ「春夏秋冬」。
CR機のリメイク版が何度も出ているので、この名称に馴染みのある方も多いのではないか。
この機種が出た1993年(平成5年)は、かの業界を震撼させた「ダービー物語事件」が勃発した年でもある。
連チャン機に対するお上の風当たりが強くなったのは、まさにこの年以降のことだ。
ちなみに、この年に出ている台をざっと挙げてみると、綱取物語(平和)、フィーバークイーンⅡ(SANKYO)、CR花満開・春一番・麻王(西陣)、アメリカンドリームⅡ(三洋)、エキサイトジャック2(ニューギン)、ソルジャー(マルホン)、エスケープ2(大一)などなど・・・。
いずれも当時を席巻した爆裂仕様の連チャン台ばかりである。いかにこの年のパチンコが盛り上がっていたかが、容易に想像できるであろう。
さて、春夏秋冬であるが、この機種はなんといっても「朝一」が肝であったことが有名であろう。
電源立ち上げから最初のリーチがかかり、そのリーチが外れた時にモード移行が行われる。このとき、1/5の確率で天国モードへと移行した。
天国モードの大当たり確率は破格の1/10で、まさに天国ループの大爆裂が朝一番から期待できたのだ。
そのため、春夏秋冬のシマでは、朝イチ台をリーチがかかるまで打ち、リーチ発生後は20~30回転ほど回して当たらなければ次の朝イチ台へ移動する…という「カニ歩き」戦術が繰り広げられた。
一方、地獄モード(大当たり確率1/420)へ転落すればハマリの憂き目に合った訳だが、その場合でもハズレリーチが40回発生すれば天国モードに強制移行するという「ハマリ救済措置」が設けられていた。
しかし最悪のモードでも1/400程度でしかも天井付きとは、現在のCR機と比較すると、なんと打ち手にやさしいスペックであったことか・・・。
「♪チャラララチャラララ~」という独特の効果音が盛り上げる全回転リーチ。信頼度100パーセントではなかったが、非常にアツイ瞬間であることは間違いなかった。
そういえば今思い出したが、デジパチの全回転リーチの元祖は、この西陣だったっけ。1990年に登場した「アラシキング」というデジパチで、上下2段の全回転リーチアクションが最初だったと記憶する。まぁ、現在のリーチアクションとは比べ物にならないほどアッサリしていたが・・・。
この春夏秋冬を当時よく打っていたのが、川崎・新百合ヶ丘駅近くの「ベル」というパチンコ屋だ。世田谷通り沿いのビルの1Fに位置する店で、後に「ダイヤモンド」へと変わったが残念ながら閉店し、現在はマンションが建っている。
この店は立地上なかなか目立たず、しかも条例で派手なネオン管を出すことも許されなかったため、様々な客寄せのサービスを連日行っていた。中でもこの春夏秋冬と、並びのシマにあった平和の「綱取物語」の2機種は、朝一サービス機種として店が力を入れていた。
具体的には「開店から時間限定のタイムサービス」と称して、店員を呼んでの電源OFFが何回でも可能だったのだ。一度リーチがかかって地獄モードに落ちた台でも、再度リセットして朝一勝負が出来るという、非常に素晴らしいサービスであった。
コレだけのサービスを行いながらも、客は常連客が大半で台にあぶれることはなく、それはそれはオイシイ状況だった。「よし、これは勝てる」という大きな期待感・昂揚感というものが、この頃のパチンコ店には確実に存在したのだ。
それが、次第に「攻略不可能な台」ばかりメーカーが作り出していった結果、どれをとっても判を押したように画一的な台ばかりになってしまった。それでも、今のパチンコファンはああいった台を楽しいと感じてアツく打っているのだろうから、人間の適応性というのは大したものだと感心する。
ちなみにこの「ベル」という店では(既に「ダイヤモンド」になっていたかも知れないが)、その後パチスロのサービスとして、ビッグ一回に付き一つ貰えるスタンプカードで500ポイント(だったかな)貯まると、「エルビス」(IGT)の設定6が打てるという非常にオイシイサービスを行っていた。
地道に通い続ければ、月に一度は爆勝が可能という、なんとも太っ腹なサービスだったが、ポイントを貯めるのが面倒で、結局恩恵にあずかったのは最初の一度限り…。今思うと、なんであんな素晴らしい状況をもっと利用しなかったのか、大変悔やまれてならない。