彼女は最近、急に睡魔に襲われるようになった。
仕事中でも、昼休みでも、通勤電車の中でも、すとんと眠りに落ちてしまう。はっと目が覚めたときは午後の就業時間が始まっていたり、電車を乗り過ごしてしまった、ということも何度かあった。
夜は熟睡できていると思うし、疲労がたまっている感じもしないのだが、昼間の時間帯でも眠気を堪えられなくなる。
そんなとき必ず見る夢に、あの男の人が登場する。見知らぬ他人なのだが、夢の中では彼女に対して妙に馴れ馴れしい。ぎゅっと抱きしめてきたり、甘い言葉をささやいたり、かと思えば腹を立ててひどい言葉を投げつけてきたりする。
もともと彼女は人よりも夢を見る頻度が多いが、ほぼ毎日のように同じ男の人が夢に出てくるというのも、気味が悪い。まるでストーカーのようだ。
ある日、目が覚めると、夢に出てくる男の人が彼女の顔を覗き込んでいた。驚いて飛び起きる。まだ夢の続きを見ているのかと思ったが、これは紛れもなく現実だ。しかし、そこは家ではなく病院であった。彼女は何らかの病気で入院していたようだ。
呆然としている彼女に、その男の人が優しく言葉をかけてきた。
「やっと目が覚めたんだね。1か月も眠れる森の美女になっていたんだよ。本当にこのまま目が覚めないかと思ってすごく心配したよ。」
そして、その人は医師を呼び、診察の結果彼女は退院できることになった。
退院した翌日、彼女が出勤すると、職場のみんなが驚いた顔で迎えてくれた。
同僚の一人が真顔でこう言った。「みんな心配していたのよ。昨日ご主人から電話があって、無事退院したって聞いて心底ほっとしたわ。本当にもう大丈夫なのね。だって、あなたは1か月も昏睡状態だったのよ!」
夫のふりをしているあの男の人だけでなく、職場の同僚までもがそんな嘘をつくなんて!というより、こんな顔の同僚っていただろうか。
彼女はますます混乱してしまう。自分が本当にあの男の人と結婚していて、この会社で働いていたのか、自信がなくなってしまった。もしかしたら、夢と現実の世界が入れ替わってしまったのかもしれない。そう思うと恐ろしくなり、身体の震えが止まらなくなった。
彼女は、新しい現実が受け入れられず、そこから逃げることにした。
夜中、夫と称するその男の人が深い眠りについている間に、彼女は家を出る。パスポートを持って、飛行機を乗り継いで何十時間もかかる遥か遠くの国へ飛ぶために。誰一人彼女のことを知らない新しい土地で、彼女は人生をやり直すことにする。
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