最近は感情論ばかり続いていたので(^-^;たまにはちょっとだけ真面目に不動産投資について書いてみようと思います(自分へのおさらいも兼ねて)
さて不動産投資には基本原則として、言わずと知れた3十の法則があります(3十の法則、という言葉自体は私が勝手に使ってる呼び名ですが^-^;)
3十、つまり三つの10という意味。(310だと、三百十になっちゃうのでとりあえずテキトーに3は数字、十は漢字にしてみた)
・駅徒歩10分以内
・利回り10%
・指し値10%
これで3十(我ながら安直ながらも中々の語呂合わせ笑)
しかしまんざら冗談ではなくて、この三つは基本原則ですね、これが守られて初めて次の様々な仕掛けが出来る。スタートの時点でこれがクリア出来ていなければ、その後のモチベーションは雲泥の差です。
まず駅徒歩10分以内、これは投資に限らず、賃貸でも、商売でも、普通に住むのでさえ、つまり誰もが理想とする条件です。
と、いうことは、全ての需要に人気があるという事になるので、テナントだろうがレジデンスだろうが、何にしても賃貸が決まる可能性が高くなる、ということですね。
しかし、好条件に伴い、価格は比例して上がるので、当然ここも費用対効果で悩みどころです。自分の予算内で、果たしてどこまで理想に近づけるのか。ここが腕の見せ所、となりますね。後はご縁。
逆に、駅から離れれば離れる程、安くなっていくので、分かっちゃいても、ついつい安さをとってしまう事もあるでしょう。郊外の駅からバスに乗り継ぎそこから徒歩30分、、なんてとこまでいけば安く豪邸に住める。どちらをとるかはそれぞれの価値観です。現に僕もよく揺れます、やっぱ広い部屋はいいもんなぁ、、でも僕は一応投資家です、やっぱりルールは破れない(^-^;
でも、今は都会に住んでますが、いずれは自然の沢山ある人口の少ない島とかに住む計画なので、その時は思いっきりルール無視してやる!なんて(笑)ああ、また脱線してる・・(^-^;
次に、利回り10%、これはさすがに言わずもがなですね(^-^;不動産投資の世界では合言葉のように言われてますから。超初心者でもまずはその言葉から始まるでしょう。不動産の場合、普通は年利を指します。つまり例えば1千万のマンションを買って、利回り10%とろうと思ったら、年100万の家賃収入、ということはそれを12カ月で割れば、月の家賃は8万ちょっとですね。これを表面利回りと呼びます(単純に価格だけで計算)ちなみに、その他の諸経費(初期費用、維持費、税金等)を物件価格と足して計算するのを実質利回りと呼びます)
超単純に、都心でこれが達成出来たらとりあえず成功と言われてますね。都心は物件価格が高い為、10%を割る物件はざらです。
ましてや昨今のようなプチバブルになると、物件価格が高騰し、その割に賃貸価格は常識の範囲を超えて極端には上げられない為、利回りがどんどん下がっていきます。
逆に、地方は価格がハンパなく安いので、資産価値は低い代わりに、物件によってはとんでもない利回りを叩き出す場合があります。私の友達は茨城県に住んでいて格安の一戸建てを購入、利回り50%を達成し二年で元をとった奴がいます(^-^;そんなメガ利回り嘘でしょ!?と思うでしょうが、ガチでして(^-^;その時ばかりは地方在住の彼がちょっと羨ましかった(笑)土地勘がないと手が出し辛いし、何かあった時にすぐに飛んで行ける距離にしか投資はしない事にしてるので。
茨城県ともなると(情勢にもよりますが)、100万代のレベルでそこそこの中堅中古の廃墟となった一戸建てが叩き売られてる場合があり(競売も含め・当然空き家、でも、なんせ土地が安いから5LDKの駐車場付きなんて広さ)これをうまく客付けさえ出来れば、茨城といえど一戸建てなので安く見積もっても月4~5万では貸せる。そうなると、ざっくり年間50万となり、利回り50%は有りうる訳です。このように資産価値は殆ど無いのを逆手にとって、短期集中で元をとる例もあるにはありますが、投資に徹する場合はやはり物件そのものに資産価値が無いと、万一不発に終わった際、撤退(売却)が出来ないので、やはり元々の地元なら話は別ですが、新規参入の場合は出来るだけ資産価値のある都心を目指します。
しかし、どんなことがあっても絶対に価値が下がらないといわれている超一等地、港区、中央区、千代田区などは、5%前後が普通です。その次に来る新宿、渋谷でも今なら10%は中々のもんです。今はアベノミクスとオリンピック前でピークにプチバブルなので。しかしそんな中でも、やはり目標10%は年頭に置いて物件を探します。どうしても、景気が良い時も悪い時も、長年の間誰もが目指した都心における不動産投資の基準値なので。しかしなんたって東京オリンピックの二年前、今は完全にピーク、売り抜けるなら今でしょう、逆に買うならオリンピック後、つまりもう少し待て、だろうなぁ、、やはり。このように情勢によっても左右される利回り。私は一応、不動産投資を志してから15年は経ってるので、分かりやすい波を見て来ました。少しだけ振り返ると・・
まずは誰もが知っている1986年頃~1990年頃のバブル経済、異常なまでに土地が高騰し、「土地転がし」なんて言葉もこの時代からですよね。まるで株や先物等と同じように、実際は使いもしない土地を買って、上がったら転売、これを繰り返す。金融機関は異常な過剰融資で地価の高騰を煽り、その加熱ぶりは狂気の沙汰とも言われた。この頃は僕はまだ志してはいるものの、まだまだ何も知らない少年、子供心に不動産てとてつもなく高いイメージで、完全に遥か遠い雲の上の夢物語だったなぁ。。
そして1990年位にバブルが見事に弾け、歴史的な大暴落が起きる。ろくに審査もしないで融資しまくった銀行はのきなみ不良債権の山となり、後に国が莫大な公的資金を投入し助けることになる。確かに大手都市銀行だけは潰す訳にはいかないもんね、そんな事になったら日本中が大パニックになるから。他の中小企業は誰も助けてなんてくれません、あの崩壊で一体何人の人が首吊ったんだろう。。公的資金は我々の税金、1990年までに莫大な退職金貰って定年退職した銀行員出てこいー!!アカン、また脱線。。(>_<)
でも知ってた?それ以来だよ、銀行員が全ての客に「ありがとうございました」と頭下げるようになったの(^-^;そりゃそうだよね、崩壊当時なんか、激怒しまくる客が暴動寸前、それまで花形職業だった銀行員は皆青ざめてたから(^-^;
そんなこんなで、バブル崩壊後は、当時素人だった私にも分かる位、不動産が激安になった、青年心にもそれまで夢のまた夢だった不動産がほんの少し射程距離に入り、「ああ、今お金があれば買い時なのになぁ」と悔しい思いをさせた。。
しかし、そこからバブルの後遺症は意外と長く続く。その不況は何年も続き、後に「失われた10年」とも呼ばれる、青年は遂に中年の仲間入りする位まで成長、それと共に、小さいものならそろそろ買えるんじゃないか?位のプチ力を付ける。
いよいよ、僕も船出の時!そう思った時に日本は頑張った!先に書いた勝ち逃げ定年者を横目に、我々の世代が何とかコツコツとバブルのケツを拭き、ITバブル到来等もあって、2005~2008年頃には、80年代程じゃないものの、にわかにプチバブルに持ち直す。
なんという皮肉。。(^-^;いよいよ満を持して船出した中年デビューの私はまたもや買い時を逃す。思い出すなぁ、何カ所も不動産屋を回った、その中の一件が上から目線で「今はもう10%なんて無いよ!」なんて門前払いされたっけ。。あのオッサン偉そーだったなーヽ(`Д´)ノ
しかし、いよいよケツに火がついてた私は些か焦っていた。。そんな中でも超小資本を掲げ、千葉や埼玉といった地方から攻め(いくらプチバブルとはいえ地方は安い)、アパート3棟、ビル1棟を遂に所有する!ああ、やった、遂に僕も不動産投資家の仲間入りだ、、、!!その恍惚感もつかの間、、、
その一カ月後のことでした・・・。忘れもしない2008年、あのリーマンショックが勃発。
どれほど私がショックを受けたかは、言うまでもありません(>_<)なんという漫画みたいなタイミング、、リーマンは俺を狙い撃ちしたのか!?だって購入したのはたった一カ月前だぞーーーΣ(゚д゚lll)
当然1990年頃のバブル崩壊のごとく、2008年のリーマンショックで、株、為替、土地、その他全てが大大大暴落。さすがにその日は泣きました(笑)ド天井で購入した訳ですから、そこで資金を使い果たしていた私は、とんだお荷物物件を抱え、またまた世紀の買い時チャンスに乗り遅れる、、それはそれは悔しかった。。そしてこの先不安で一杯だった。。恐らく、1990バブル崩壊の時ほどじゃないにせよ、壊滅的な打撃を受けた人も多いだろう。
しかし!私は頑張った、いや、頑張れた、何故頑張れたか?
ここからは些か自画自賛でいきますよ、いーですか?(笑)
一つは、物件を見る目が間違ってなかった。きちんとルールに従い駅近を押さえていたし、想定利回りも15%超えを見越していた。(つまりリーマン前とはいえかなり安く仕入れていた)
次に、先にも書いたように、地方はそこまで高騰していなかったので、つまりリーマン前との価格ギャップはそこまで生じなかった。
最後は、客付け能力に長けていた(自分で言うか!笑)通常なら不動産屋任せなので、つまり自分では操作が出来ない利回りですが、私はあらゆる工夫をして自力で客付けし、高利回りを叩き出した。確定高利回りさえ築けば、必ず客は食いつく。(想定じゃ駄目よ~ダメダメ笑)
<確定利回りとは、既に満室状態で収入が確定している事。想定利回りとは、現況空室だが、入室すれば入るであろう想定上の収入予測の事>
何年かかかりましたが、何とか全ての物件を満室にし、20%近い利回りにまで育て上げ、赤字を出さず見事転売に成功。(とはいえ今思えばちょっと勿体なかった気もするけど、、だって20%ですから、一個くらい残せばよかった。。そりゃお客さんは皆満面の笑みで喜んで買っていきましたよ、そりゃそうだ確定で20%だもんなぁ、今じゃ絶対あり得ない^-^;)
これはこれでちょっとした出会いと別れのドラマ、「daigomiさんがオーナーだから私は借りたのに、、」なんてオーナーチェンジに残念がってくれるタナゴ様もいたり、、僕もちょっと寂しかった( ノД`)僕が客付けしたタナゴ様達を、他人に売り飛ばすみたいで、、悲しかった。。
中には引っ越しを手伝ったり、お体の不自由なお年寄りに買い物や銭湯に付き添ったり、髪を切ってあげたり、皆でアパートのペンキを塗ったり、タナゴさんとの思い出が沢山あって、、皆元気かなぁ、、新しいオーナーさんに大事にしてもらってるかなぁ。。これはこれでいつかまたエピソードを書きますね( ノД`)
そして、資金を全て回収した私は、時を待った。。リーマン以降不況だった所に、民主党政権が更に追い打ちをかけ、駄目押しの3.11も加わって、遂に来ました100年に一度と言われた平成大不況。戦後最大の失業率、戦後最大の貿易赤字、戦後最大の株価大暴落、戦後最大の円高、、etc (あれ?そういえばここでも失われた10年て言われてたような気が・・、まぁいいか。。)
とにかく日本中が政権交代する2012年末まで、またもや瀕死の状態に陥ります。
2012年末、当時の野田総理が衆議院解散を発表、そこから後のアベノミクスに繋がる快進撃が始まる訳ですが、
忘れもしない2012年12月、自民党圧勝により政権交代がなされたその次の日に、僕は今のビルに出会ったのです!!
これまでの教訓からすると、とんでもなく絶妙なタイミング!ここが底なのは確信してたし、更に政権交代によって上がっていくことも。
だからといって、何でもいい訳じゃない、僕はこれまで散々煮え湯を飲まされてきた、慎重かつ慎重になっている、余程じゃない限り即決などしない。しかし、全ての投資条件を満たしていたのは勿論、その後の様々な醍醐味まで満たしていた・・・!
これは本当に運命だと思いました。。そりゃ泣きましたよ(笑)でも、今回はうれし涙です。。うれし涙って、楽して得た幸せには出ませんよね。つまり、それまでの道のりが険しければ険しいほど、うれし涙が出るわけだから、つまりこれは幸せの大きさを示している。
幸せは、当たり前になると幸せじゃない。幸せを幸せと感じる為には、険しい道を乗り越える必要がどうしてもある、僕はそう思う。
あああ、、、利回りの話が、気が付けばこんな自伝になってもうた・・・Σ(゚д゚lll)どどど、どーしよ。。
やっちまったもんはしょーがない。。(笑)
ともかく、また時代はくり返し、まさに今この現代において、アベノミクスのプチバブルに乗じ、空中族なんて言葉が流行ってる、かつての土地転がしみたいなもんで、都心マンションを購入し、暫く住んで転売しさやを得る、それを繰り返してる輩がいるらしい。。確かに今は右肩上がりだけど、しかし、その揺り戻しは近い将来必ず来る。一応、時代を見て来た私が断言する。せいぜい、天井を掴まないように用心してね。。
ちょっと、最後の指し値10%については、また今度にさせてください(^-^;もう燃え尽きた。。。(笑)いつもながらハチャメチャでスイマセン(^-^;
さて不動産投資には基本原則として、言わずと知れた3十の法則があります(3十の法則、という言葉自体は私が勝手に使ってる呼び名ですが^-^;)
3十、つまり三つの10という意味。(310だと、三百十になっちゃうのでとりあえずテキトーに3は数字、十は漢字にしてみた)
・駅徒歩10分以内
・利回り10%
・指し値10%
これで3十(我ながら安直ながらも中々の語呂合わせ笑)
しかしまんざら冗談ではなくて、この三つは基本原則ですね、これが守られて初めて次の様々な仕掛けが出来る。スタートの時点でこれがクリア出来ていなければ、その後のモチベーションは雲泥の差です。
まず駅徒歩10分以内、これは投資に限らず、賃貸でも、商売でも、普通に住むのでさえ、つまり誰もが理想とする条件です。
と、いうことは、全ての需要に人気があるという事になるので、テナントだろうがレジデンスだろうが、何にしても賃貸が決まる可能性が高くなる、ということですね。
しかし、好条件に伴い、価格は比例して上がるので、当然ここも費用対効果で悩みどころです。自分の予算内で、果たしてどこまで理想に近づけるのか。ここが腕の見せ所、となりますね。後はご縁。
逆に、駅から離れれば離れる程、安くなっていくので、分かっちゃいても、ついつい安さをとってしまう事もあるでしょう。郊外の駅からバスに乗り継ぎそこから徒歩30分、、なんてとこまでいけば安く豪邸に住める。どちらをとるかはそれぞれの価値観です。現に僕もよく揺れます、やっぱ広い部屋はいいもんなぁ、、でも僕は一応投資家です、やっぱりルールは破れない(^-^;
でも、今は都会に住んでますが、いずれは自然の沢山ある人口の少ない島とかに住む計画なので、その時は思いっきりルール無視してやる!なんて(笑)ああ、また脱線してる・・(^-^;
次に、利回り10%、これはさすがに言わずもがなですね(^-^;不動産投資の世界では合言葉のように言われてますから。超初心者でもまずはその言葉から始まるでしょう。不動産の場合、普通は年利を指します。つまり例えば1千万のマンションを買って、利回り10%とろうと思ったら、年100万の家賃収入、ということはそれを12カ月で割れば、月の家賃は8万ちょっとですね。これを表面利回りと呼びます(単純に価格だけで計算)ちなみに、その他の諸経費(初期費用、維持費、税金等)を物件価格と足して計算するのを実質利回りと呼びます)
超単純に、都心でこれが達成出来たらとりあえず成功と言われてますね。都心は物件価格が高い為、10%を割る物件はざらです。
ましてや昨今のようなプチバブルになると、物件価格が高騰し、その割に賃貸価格は常識の範囲を超えて極端には上げられない為、利回りがどんどん下がっていきます。
逆に、地方は価格がハンパなく安いので、資産価値は低い代わりに、物件によってはとんでもない利回りを叩き出す場合があります。私の友達は茨城県に住んでいて格安の一戸建てを購入、利回り50%を達成し二年で元をとった奴がいます(^-^;そんなメガ利回り嘘でしょ!?と思うでしょうが、ガチでして(^-^;その時ばかりは地方在住の彼がちょっと羨ましかった(笑)土地勘がないと手が出し辛いし、何かあった時にすぐに飛んで行ける距離にしか投資はしない事にしてるので。
茨城県ともなると(情勢にもよりますが)、100万代のレベルでそこそこの中堅中古の廃墟となった一戸建てが叩き売られてる場合があり(競売も含め・当然空き家、でも、なんせ土地が安いから5LDKの駐車場付きなんて広さ)これをうまく客付けさえ出来れば、茨城といえど一戸建てなので安く見積もっても月4~5万では貸せる。そうなると、ざっくり年間50万となり、利回り50%は有りうる訳です。このように資産価値は殆ど無いのを逆手にとって、短期集中で元をとる例もあるにはありますが、投資に徹する場合はやはり物件そのものに資産価値が無いと、万一不発に終わった際、撤退(売却)が出来ないので、やはり元々の地元なら話は別ですが、新規参入の場合は出来るだけ資産価値のある都心を目指します。
しかし、どんなことがあっても絶対に価値が下がらないといわれている超一等地、港区、中央区、千代田区などは、5%前後が普通です。その次に来る新宿、渋谷でも今なら10%は中々のもんです。今はアベノミクスとオリンピック前でピークにプチバブルなので。しかしそんな中でも、やはり目標10%は年頭に置いて物件を探します。どうしても、景気が良い時も悪い時も、長年の間誰もが目指した都心における不動産投資の基準値なので。しかしなんたって東京オリンピックの二年前、今は完全にピーク、売り抜けるなら今でしょう、逆に買うならオリンピック後、つまりもう少し待て、だろうなぁ、、やはり。このように情勢によっても左右される利回り。私は一応、不動産投資を志してから15年は経ってるので、分かりやすい波を見て来ました。少しだけ振り返ると・・
まずは誰もが知っている1986年頃~1990年頃のバブル経済、異常なまでに土地が高騰し、「土地転がし」なんて言葉もこの時代からですよね。まるで株や先物等と同じように、実際は使いもしない土地を買って、上がったら転売、これを繰り返す。金融機関は異常な過剰融資で地価の高騰を煽り、その加熱ぶりは狂気の沙汰とも言われた。この頃は僕はまだ志してはいるものの、まだまだ何も知らない少年、子供心に不動産てとてつもなく高いイメージで、完全に遥か遠い雲の上の夢物語だったなぁ。。
そして1990年位にバブルが見事に弾け、歴史的な大暴落が起きる。ろくに審査もしないで融資しまくった銀行はのきなみ不良債権の山となり、後に国が莫大な公的資金を投入し助けることになる。確かに大手都市銀行だけは潰す訳にはいかないもんね、そんな事になったら日本中が大パニックになるから。他の中小企業は誰も助けてなんてくれません、あの崩壊で一体何人の人が首吊ったんだろう。。公的資金は我々の税金、1990年までに莫大な退職金貰って定年退職した銀行員出てこいー!!アカン、また脱線。。(>_<)
でも知ってた?それ以来だよ、銀行員が全ての客に「ありがとうございました」と頭下げるようになったの(^-^;そりゃそうだよね、崩壊当時なんか、激怒しまくる客が暴動寸前、それまで花形職業だった銀行員は皆青ざめてたから(^-^;
そんなこんなで、バブル崩壊後は、当時素人だった私にも分かる位、不動産が激安になった、青年心にもそれまで夢のまた夢だった不動産がほんの少し射程距離に入り、「ああ、今お金があれば買い時なのになぁ」と悔しい思いをさせた。。
しかし、そこからバブルの後遺症は意外と長く続く。その不況は何年も続き、後に「失われた10年」とも呼ばれる、青年は遂に中年の仲間入りする位まで成長、それと共に、小さいものならそろそろ買えるんじゃないか?位のプチ力を付ける。
いよいよ、僕も船出の時!そう思った時に日本は頑張った!先に書いた勝ち逃げ定年者を横目に、我々の世代が何とかコツコツとバブルのケツを拭き、ITバブル到来等もあって、2005~2008年頃には、80年代程じゃないものの、にわかにプチバブルに持ち直す。
なんという皮肉。。(^-^;いよいよ満を持して船出した中年デビューの私はまたもや買い時を逃す。思い出すなぁ、何カ所も不動産屋を回った、その中の一件が上から目線で「今はもう10%なんて無いよ!」なんて門前払いされたっけ。。あのオッサン偉そーだったなーヽ(`Д´)ノ
しかし、いよいよケツに火がついてた私は些か焦っていた。。そんな中でも超小資本を掲げ、千葉や埼玉といった地方から攻め(いくらプチバブルとはいえ地方は安い)、アパート3棟、ビル1棟を遂に所有する!ああ、やった、遂に僕も不動産投資家の仲間入りだ、、、!!その恍惚感もつかの間、、、
その一カ月後のことでした・・・。忘れもしない2008年、あのリーマンショックが勃発。
どれほど私がショックを受けたかは、言うまでもありません(>_<)なんという漫画みたいなタイミング、、リーマンは俺を狙い撃ちしたのか!?だって購入したのはたった一カ月前だぞーーーΣ(゚д゚lll)
当然1990年頃のバブル崩壊のごとく、2008年のリーマンショックで、株、為替、土地、その他全てが大大大暴落。さすがにその日は泣きました(笑)ド天井で購入した訳ですから、そこで資金を使い果たしていた私は、とんだお荷物物件を抱え、またまた世紀の買い時チャンスに乗り遅れる、、それはそれは悔しかった。。そしてこの先不安で一杯だった。。恐らく、1990バブル崩壊の時ほどじゃないにせよ、壊滅的な打撃を受けた人も多いだろう。
しかし!私は頑張った、いや、頑張れた、何故頑張れたか?
ここからは些か自画自賛でいきますよ、いーですか?(笑)
一つは、物件を見る目が間違ってなかった。きちんとルールに従い駅近を押さえていたし、想定利回りも15%超えを見越していた。(つまりリーマン前とはいえかなり安く仕入れていた)
次に、先にも書いたように、地方はそこまで高騰していなかったので、つまりリーマン前との価格ギャップはそこまで生じなかった。
最後は、客付け能力に長けていた(自分で言うか!笑)通常なら不動産屋任せなので、つまり自分では操作が出来ない利回りですが、私はあらゆる工夫をして自力で客付けし、高利回りを叩き出した。確定高利回りさえ築けば、必ず客は食いつく。(想定じゃ駄目よ~ダメダメ笑)
<確定利回りとは、既に満室状態で収入が確定している事。想定利回りとは、現況空室だが、入室すれば入るであろう想定上の収入予測の事>
何年かかかりましたが、何とか全ての物件を満室にし、20%近い利回りにまで育て上げ、赤字を出さず見事転売に成功。(とはいえ今思えばちょっと勿体なかった気もするけど、、だって20%ですから、一個くらい残せばよかった。。そりゃお客さんは皆満面の笑みで喜んで買っていきましたよ、そりゃそうだ確定で20%だもんなぁ、今じゃ絶対あり得ない^-^;)
これはこれでちょっとした出会いと別れのドラマ、「daigomiさんがオーナーだから私は借りたのに、、」なんてオーナーチェンジに残念がってくれるタナゴ様もいたり、、僕もちょっと寂しかった( ノД`)僕が客付けしたタナゴ様達を、他人に売り飛ばすみたいで、、悲しかった。。
中には引っ越しを手伝ったり、お体の不自由なお年寄りに買い物や銭湯に付き添ったり、髪を切ってあげたり、皆でアパートのペンキを塗ったり、タナゴさんとの思い出が沢山あって、、皆元気かなぁ、、新しいオーナーさんに大事にしてもらってるかなぁ。。これはこれでいつかまたエピソードを書きますね( ノД`)
そして、資金を全て回収した私は、時を待った。。リーマン以降不況だった所に、民主党政権が更に追い打ちをかけ、駄目押しの3.11も加わって、遂に来ました100年に一度と言われた平成大不況。戦後最大の失業率、戦後最大の貿易赤字、戦後最大の株価大暴落、戦後最大の円高、、etc (あれ?そういえばここでも失われた10年て言われてたような気が・・、まぁいいか。。)
とにかく日本中が政権交代する2012年末まで、またもや瀕死の状態に陥ります。
2012年末、当時の野田総理が衆議院解散を発表、そこから後のアベノミクスに繋がる快進撃が始まる訳ですが、
忘れもしない2012年12月、自民党圧勝により政権交代がなされたその次の日に、僕は今のビルに出会ったのです!!
これまでの教訓からすると、とんでもなく絶妙なタイミング!ここが底なのは確信してたし、更に政権交代によって上がっていくことも。
だからといって、何でもいい訳じゃない、僕はこれまで散々煮え湯を飲まされてきた、慎重かつ慎重になっている、余程じゃない限り即決などしない。しかし、全ての投資条件を満たしていたのは勿論、その後の様々な醍醐味まで満たしていた・・・!
これは本当に運命だと思いました。。そりゃ泣きましたよ(笑)でも、今回はうれし涙です。。うれし涙って、楽して得た幸せには出ませんよね。つまり、それまでの道のりが険しければ険しいほど、うれし涙が出るわけだから、つまりこれは幸せの大きさを示している。
幸せは、当たり前になると幸せじゃない。幸せを幸せと感じる為には、険しい道を乗り越える必要がどうしてもある、僕はそう思う。
あああ、、、利回りの話が、気が付けばこんな自伝になってもうた・・・Σ(゚д゚lll)どどど、どーしよ。。
やっちまったもんはしょーがない。。(笑)
ともかく、また時代はくり返し、まさに今この現代において、アベノミクスのプチバブルに乗じ、空中族なんて言葉が流行ってる、かつての土地転がしみたいなもんで、都心マンションを購入し、暫く住んで転売しさやを得る、それを繰り返してる輩がいるらしい。。確かに今は右肩上がりだけど、しかし、その揺り戻しは近い将来必ず来る。一応、時代を見て来た私が断言する。せいぜい、天井を掴まないように用心してね。。
ちょっと、最後の指し値10%については、また今度にさせてください(^-^;もう燃え尽きた。。。(笑)いつもながらハチャメチャでスイマセン(^-^;