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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 132

2020年09月18日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
 行き止まりの廊下に着いた。ナナが壁に向かって操作をすると、床の一部が真ん中から左右に開いた。そして、地下へと降りる階段が覗く。ナナを先頭に逸子、タケル、アツコ、タロウ、チトセにしがみつかれたコーイチと続く。
「お兄様!」
 逸子が様々な機械やら書類やらが散らばった広い部屋、トキタニ博士の研究室で呼びかけた。しかし、返事が無い。
「お兄様!」
 逸子がもう一度呼びかけるが、返事が無い。姿も見えない。
「前よりも、色々とあれこれ増えているみたいだわ……」ナナがつぶやく。「色々と作ったのね…… 何を作ったのかは分からないけど……」
「うん、それは思った」タケルもうなずく。「実は、とんでもないものを作っていたりしてね」
「……ダメだわ、返事もないし、姿も見えない……」逸子は不安そうだ。「ねぇ、コーイチさん。コーイチさんからも呼び掛けてみてくれない?」
「ああ、良いよ」コーイチは答えると、一歩前に出た。チトセは相変わらずしがみついている。「おーい、ケーイチ兄さん! ボクだよ、コーイチだ」
 やはり、返事が無い。コーイチも困って頭をぽりぽりと掻いた。
「おい、コーイチ」チトセが言う。「ひょっとして、寝てんじゃないのか?」
「そうかもしれないね」コーイチはうなずく。「それか、研究に没頭し過ぎて、周りが見えていないかだ……」
「……おい、どうしたんだ?」
 後ろから声が聞こえた。全員が振り返ると、そこには、ぼさぼさ頭で髭が伸び放題になったケーイチが立っていた。
「兄さん!」コーイチが駈け寄ろうとした。しかし、チトセがしがみついていたので、二、三歩動けただけだった。「無事に戻って来れたよ。……それにしても、相変わらず研究中なのかい?」
「おお、コーイチか!」ケーイチも嬉しそうだ。「そう、研究中なんだよ。いやあ、ここは凄いぞ! オレの考えていた通り、トキタニ博士ってのは凄い人だよ! オレなんざ、足元にも及ばない」
「兄さんが言うんだから、こりゃあ、本当にすごいんだね」
「そうさ、凄いんだ」
 二人は笑った。周りはこのやり取りに呆れている。久々の再会の感動とか、からだの具合の心配とか、どんな出来事があったのか、そんな話が一切無かったからだ。それでも、二人が納得しているのなら良いのかもしれない。そう思う事にした。
「……それで、そのしがみついている子は何だい?」ケーイチは今初めて気が付いたように、チトセを見て言う。「着物を着てるって事は、昔にでも行ったのか?」
「オレはチトセ!」チトセは言う。しがみつく力が増した。「コーイチはオレの婿だ!」
「ほう……」ケーイチは目を丸くする。「そうかい、そりゃあ、おめでとう。オレはコーイチの兄のケーイチだ。そうだなぁ…… 兄者って呼んで良いよ」
「ちょっ、ちょっ、ちょっとお!」逸子が飛んで来た。「チトセちゃん! 勝手な事言わないで! コーイチさんはわたしと仲良しなの! ……お兄様も、しっかりして下さいよう!」
「おや、逸子さんじゃないか」ケーイチは笑顔になる。「コーイチが戻って来てよかったね。まあ、みんなの協力があったればこそだと思うけどね」
「お兄様、チトセちゃんが言っているのは、勝手に言っているんですからね! ……コーイチさんからも言ってよう!」
「コーイチ、お前はオレの婿にならないのか?」チトセがコーイチを見上げる。「コーイチは逸子が良いのか? あんなオバさんが?」
「まあまあ、チトセちゃん」ナナが割って入る。「今はそんな話をしている場合じゃないわ。……ところで、ケーイチさん、どうしてわたしたちの後ろに?」
「実はね、お腹が空いた事に気が付いたんだよ。一つ研究が終わってね」
「気が付いたって……」ナナは少し呆れた顔をする。「それで、どうしたんです?」
「それでね、リビングにでも行けば何かあるだろうと思って研究室を出たんだけど、どっちに行って良いのか分からなくなっちゃってさ、仕方なく戻って来たところだったんだ。まあ、食べ物は後でも良いかなって思ってさ」
「そんな事をしていたら、からだに悪いじゃないですか!」ナナが言って、全員の顔をぐるりと見回す。「どうかしら? 今日はここまでにしましょう。お風呂に入って、食事して、気力と体力を取り戻して、それから作戦を練るの。……どう、逸子さん?」
「そうね、そうしましょう。アツコもそれで良い?」
「うん。……なんだか、過去を全て洗い流したい気分なのよね」
「じゃあ、決まりね」ナナがうなずく。「チトセちゃんも手伝ってね」
「……仕方ねぇなぁ」チトセは言う。「オバさんたちに任せておけねぇもんな。な? コーイチ?」
 コーイチは苦笑するしかなかった。
 男性陣の意向は全く無視され、女性陣主導で、着々と準備が進んで行く。


つづく


 

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