多摩川には、別の楽しみもあった。
土手のいたるところに捨てられた、どこかの工場の雑多なゴミの中から、
宝物をみつけることだった。 今なら不法投棄とされてしまうだろうが、
その頃の多摩川の土手は、零細工場のゴミ捨て場みたいなものだった。
ペンキの空き缶の山から、何に使うのかわからない部品のようなものまで、
いろいろなものが大量に捨てられていた。
土手を歩いていると、ガラスのレンズが、小山のように捨てられている
こともあった。 レンズ工場が捨てたものだ。 私たちは喚声をあげて
走り寄り、いいレンズだけ拾い集め、ズボンのポケットいっぱいに詰め
込んだ。
大小の凹凸レンズの中には、いろいろな大きさや厚さのものがあった。
ぶ厚い小さなレンズ、きっと顕微鏡のレンズだよ!
大きいのは天体望遠鏡のかな?
レンズの一つ、一つに私たちは想像をめぐらせた。
使いみちの見当がつかないものも、ずいぶん捨てられていた。
その一つに、大人になってもずっと持っていたものがある。
それは石膏を固めたような、7、8センチぐらいの厚さの石を磨いて、
その表面に銅版画のような微細な線で彫られた、野ウサギの細密画だった。
本職が描いたような絵で、石の端はあちこち欠け、三分の一は割れて
無かった。 インクをのせて版画のように使うのか、そのまま置物に
するのかまったくわからなかった。 眺めては首をかしげ、捨てるに
捨てられず、今の所に引っ越すときに失くすまでとっていた。
男の子たちの家の、机の引き出しには、だいじにしている宝物を入れて
いる場所が、たいてい一つはあった。 友達の家に遊びにいくと、
引き出しを開けて宝物を見せてもらったし、私も見せていた。
私のは多摩川で拾い集めた、わけのわからないガラクタや、沢山のレンズ、
メンコ、ビー玉、セミの抜け殻などだった。
形之医学・しんそう療方 東京小石川
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