ガキの頃に見た寺内貫太郎一家、ムー一族は鮮烈だった。おばあちゃんという印象しかないような今の若い子たちには、郷ひろみとデュエットで歌って踊ってはしゃぎまくってた姿は想像し難いだろう。その後も常に、年齢に応じて渋みが増し、多彩な表現力でそれぞれの作品に味わいを与え、大いに魅了した。「万引家族」ももちろん素晴らしい作品だったが、「あん」は圧巻だ。樹木希林さん以外に誰が演じられるだろうかと想像しても、全く思いつかない。まさにはまり役だった。
密着の間も、悲観的な様子は一切見せず、常に周囲を気遣う優しい表情が印象的だった。全身に癌が転移して広がっているレントゲン写真を披露していたが、それも、密着取材の人のために、いわゆる“撮れ高”を提供してあげようという思いやりからのようであった。
リスペクトすべき対象として、私の亡き母親と重なる部分が多かった。安易にいい加減な妥協はせず、人を包み込む包容力とは反対に、人に弱音を吐いたり頼ったりはしない。生活の端々に”利他”が滲み出ている。ふと母の姿を思い浮かべながら、在りし日を想った。
私が小学生の頃、スーパーで買った焼き鳥などの串に刺さったものを食べ終えて後片付けをする際、いつも半分に折ってもう半分に折ってと、細かくして捨てていた。いつもいつも。「手え汚れるし、なんでそんなことわざわざしてんのん?」と幼心に尋ねた。すると母は、「ゴミの収集をする人が、刺さって痛い思いしたらあかんやろ…」と当たり前のことだとように言った。見えない他者を慮る姿がそこにあり、ずっとそれを見て育った。
これは数ある中での一つのエピソードにすぎないが、母の子育て・教育は、全て自らの背中で示していたような気がする。母に対する反抗期というようなものは1秒もなかった。反抗する要素が全く無かったから当然の事かもしれないが…。勉強しろ、何時までに帰って来なさいなどというような、規制も門限も指図も皆無だった。母に恥じることのないように、母を決して悲しませることのないようにという、目には見えない太い1本の筋はずっとあった。それが自己規制となり、道標になったのだと思う。亡くなった後も、会う人皆口を揃えて「素敵な人だった」と絶賛する。私は謙遜することなく“胸を張って誇れる”のだ。
太い1本の筋はまだ長く続いているんだなと改めて想う。