[ 小魔人の小部屋 ] 枚方市の学習塾“ベスト学習会”の別宮利彦の一昔前の回顧録

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別宮利彦の『小魔人の小部屋』
こっそり垣間見てにんまり微笑んでください

世の中はどんどん進歩していく…

2006-11-20 | ちょっと気になる最近の話題

『世界の携帯利用者21億人、ネットは10億人』

ニュースの記事を見ていると、なんか、すごいなあ…と思う数字が目に入った。

国連貿易開発会議(UNCTAD)が発表した2006年版「情報経済報告」によると、
2005年末時点で、世界全体での携帯電話利用者数は、前年比約24%増の
約21億7100万人に達し、初めて20億人の大台に乗ったとのことだった。

また、国別で見た携帯電話利用者数では、中国が約3億9300万人とトップで、
日本はアメリカ・ロシアに次ぐ第4位の約9400万人だった。

中国の数がすごいのはビックリだが、日本がロシアに負けてるのか…ということには
これまた驚きだった。

世界のインターネット利用者数の方では。前年比約20%増の約10億2000万人で、
こちらも10億人の大台に初めて達した。
国別のトップは米国の約1億8500万人(04年末)で、日本は約8500万人で中国に続く3位だった。
やはりこちらも中国の方が上か…。

人口100人当たりの利用者数で普及率を比較すると、日本は、携帯電話が74人の43位、インターネットは66・6人で13位にとどまった。
そんなに低いんかと唖然とした。

北欧をはじめとして、アジア各国、南米などでも携帯電話やインターネットの広がりが著しいようだ。
いったい、いつの間に世界中にこんなに普及したんだろうかと思う。

思い起こせば初めてケータイを持ったのは、阪神大震災の1994年だったろうか?
 ケータイ業者のプレゼント広告に応募して当選したのだった。
細かい数字は記憶にないが、当時端末はかなり高く、回線契約料なども今より格段に高かった。

右の写真が、小魔人の初期ケータイだ。

『デジタルツーカーN(TK-22)』という、"折畳み式" の、当時にしてはいい感じのデザインのものだった。
重量は260gもあった。

便利ではあったが、通話料も高かったし、電話ボックスを見つけたら、ケータイのアドレス帳で電話番号を調べて、
テレホンカードや10円玉でかけることが多かったなあ…。


暦が変わった日

2006-11-09 | 歴史カレンダー

11月9日は太陽暦採用記念日

明治時代がまだ始まったばかりの1872年の今日、日本でも太陽暦が採用されることになった。
1872(明治5)年、明治政府が、それまでの太陽太陰暦(旧暦)をやめて、太陽暦(新暦)を採用すると発表し、
明治5年12月2日の翌日を明治6年1月1日とすることになった。

1年が365日という暦は、BC46年にローマ皇帝のジュリアス・シーザー(ユリウス・カエサル)によって定められたユリウス暦が最初だ。この時すでに1年を365日とし、4年に一回を閏年とする事も定められた。
現在日本を始め世界の多くで主流となっているグレゴリオ暦はこのユリウス暦を修正したもので、2000年以上も前にこれほど正確な暦を使っていたというのは全く驚きだ。

また、7月は英語で July というがこれはこの月生まれのJulius Caesar(ジュリアス・シーザー)から来ている。彼は大ローマ帝国の礎を作った英雄であるが、クレオパトラとの恋でも有名だ。帝王切開という言葉の由来も彼の名前からだ。

この石膏像の写真は小魔人が所有しているジュリアス・シーザー像である。
高級そうに見えるが、実は100均なのである。

ジュリアス・シーザーは諸国を遠征するのに統一した暦の必要性を感じ、ユリウス暦を作ったのだが、この頃は農耕が始まる3月を1年の始まりとしており、3月から31日の月を大の月、30日の月を小の月として交互に並べた。そして、最後の2月が29日になって、1年を365日とした。閏年の時は2月を30日とした。

しかし、彼の後を継いだ甥のAugustus Caesar(アウグストゥス)が厄介なことをした。
彼はシーザーの後を継いで、ローマ帝国の初代皇帝になった人だが、当時混乱していたユリウス暦を修正し、自らその功績をたたえて自分の生まれ月の8月を自分の名から、Augustとし、2月から一日持ってきて小の月(30日)から31日までの大の月としてしまった。

そして、その後の月の大小も並べ替えてしまって今のような形になった。しかしまあ、2000年も前の人の威光が今も生きていて、月の名称となってしまった上に、1ヶ月の日にちまでも決めてしまうとは・・・

ちなみに、9月以降はSemtember、Octorber、November、Decemberというが、それぞれラテン語で7、8、9、10番目を意味していて、本当の月と2ヶ月ずれている。
これは1年の始まりが3月だった事から来ているのだ。

例えば、10月という言葉は8本足のタコOctopus、また1オクターブに8個の音(ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド)を含むオクターブ(octave)に由来する言葉であるからも8とわかりやすいので、8月のままだったらよかったにと、ホント余計なことをしやがったもんだと思う。


ジダンがバングラデシュにいた

2006-11-08 | ちょっと気になる最近の話題


「元フランス代表のジネディーヌ・ジダンが、バングラデシュにいた。」


なんか、どっかで聞いたことのあるような…
一瞬、「ナカタといっしょやん」と思った。


バングラデシュの衣料品メーカーからモデル契約のオファーを受けたためという。
同国サッカー協会ハケ会長(何かの因縁?)は、
「ジダンをモデルにしたいという申し出がたくさんあった。それで今回の招待が実現した」
と言う。


また、ジダンは、ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏の招待も受け、
貧困層救済事業を視察、子どもたちとサッカーを楽しんだとのこと。


ワールドカップ(W杯)決勝戦で不名誉な退場を喫したジダン氏にとって、久々の晴れ舞台だ。


ナカタにしても、ジダンにしても、年齢はまだまだ若い。
年齢的にはまだまだ現役を退く必要ないじゃないかとも思うが、
誇り高き勇者であるからこそ、ファンに枯れていく姿を見せて引退じゃなく、
最盛期を記憶にとどめておくことを望んだのだろう。


子供たちとのストリートサッカーや、エキシビションの試合などを通じて
世界各地で“夢を売る”ようなことを今後も精力的にやって欲しい。


「画面の奥でだけ存在していたスーパースターが僕にパスをくれたんだ…」
そんな経験をした子供は、
サインや握手なんかとは比べ物にならない
大切な一生の財産を得ることになるだろう。


そして、身近に肌で感じることのできた憧れが次の世代のスーパースターを生む、
新たな“夢”を育むことにつながるかも知れない。