(益子教会 毎週木曜10時半「聖書に親しむ会」で、旧約聖書を創世記から順に学んでいます。その概要を掲載しています)
〇11月21日(木) 創世記6章1-22節 ノアは神と共に歩んだ
「地上に人を造ったことを後悔し、心を痛められた。」(6節)神様は、ご自分が造られた人と生き物を洪水で滅ぼすことを決めた断腸の思い、それにいたる経緯が6章に記されています。「神の子らは、人の娘たちが美しいのを見て、おのおの選んだ者を妻にした。」とあり、神の子らとは天使(神に仕える天的存在)のことを指すと解釈されますが、なんと天使が人間の女性とこどもをつくり、それがネフィリム(「巨人」70人訳)であり、大昔の名高い英雄たちであったと記されます。そして5章で記される900年前後生きてきた人類を、神様は「こうして、人の寿命を百二十年」にしたと記されます。天使というのは被造物であっても、突然現れたり、消えたり、天に神さまと一緒にいる様子などが旧約聖書には記されていますので、人間とは次元の違う被造物のようです。神の使いとして人間に現れ、メッセージを伝えていることが記されていますが、神様に逆らう天使もいたのでしょうか。
5節「主は、地上に人の悪が増し、常に悪いことばかりを心に思い計っているのを御覧になって」とありますが、人間の悪が増すだけでなく、1~4節で示される天使と人のハイブリッドのような存在も共に悪を拡大させるとなると、想像を絶する混乱と悪のまん延であります。11-12節「地は神の前に破滅していた。地は暴虐に満ちていた。神が地を見ると、果たして、それは破滅に瀕していた。すべて肉なる者が地上でその道を破滅させたからである。」(「旧約聖書Ⅰ(机上版)」岩波書店)とあり、このように全てが破滅してしまったら、一度全てリセットせざるをえなかったのでしょう。それでも、神様は自分が造られたものを滅ぼすことをどれ程悲しみ、苦しんだかが、6節で簡潔な表現ですが記されています。
慈愛の神様は全て滅ぼすのではなく、ノアの家族と生き物のつがいをその再生のために残されました。エノクは神と共に歩み天に移されましたが、ノアは神と共に歩み(9節)、神様の計画を打ち明けられるまでに信頼されていました。ここでは「ノアは~と言った」と書かれていないので、つまりノアは何も言わずに神様の命令に従い、巨大な箱舟を家族と造りました。これもヘブライ人への手紙11章7節に「信仰によって、ノアはまだ見ていない事柄について神のお告げを受けたとき、恐れかしこみながら、自分の家族を救うために箱舟を造り、その信仰によって世界を罪に定め、また信仰に基づく義を受け継ぐ者となりました。」と信仰の人として記されています。ちなみに箱舟(テーバー)については、旧約聖書で唯一の同じ単語として、モーセの「葦の籠」がでてきます。モーセも籠の中でナイル川の水を通り、拾われて命を得、出エジプトという神の救いのためのリーダーとなりましたが、ノアとその家族は「この箱舟に乗り込んだ数人、すなわち八人だけが水の中を通って救われました。」 (ペトロの手紙1 3章20節)。さらに、3章21節で「この水で前もって表された洗礼は、今やイエス・キリストの復活によってあなたがたをも救うのです。洗礼は、肉の汚れを取り除くことではなくて、神に正しい良心を願い求めることです。」と記されています。洗礼は一度古い自分が水に入って死に、そして水から上げられ新しく生まれることを表します。洪水と箱舟を通してノアたちが生き残って新しい時代を始めた出来事も、キリストによる完全な救いを指し示していると言えます。なお、聖書で初めて「契約」という言葉がでてくるのが18節です。聖書全体を通して、神様の契約の出発点にあるのは救いと言えましょう。