なにげな言葉

なにげない言葉を あなたに伝えたい
迷宮・緑柱玉の世界の独り言

『ハンティング・2幕・罠』

2019-10-01 | 短編:ハンティング


先ほどの彼女は、その別荘の関係者ではないだろうか?
彼女の別荘?
それにしては、年若い。
娘か?
いや、娘がこんな所で、水浴びはしないだろう。
では、恋人か?
愛人?
逢瀬に使う別荘か?

想像は無限大である。
別荘を想像する。
どんな別荘なのだろう?
行ってみたくなる。
俺は空想の世界に入りながら、タバコを吸っていた。
そして先ほど見た、裸体を思い出し、気分が高揚してくるのを感じた。
車の中を覗き込むと、後部座席に、バスケットに入ったアルコールの瓶が数本あった。
助手席には、これまた大きなバスケットに、フルーツが山盛り入っていた。
やはり、別荘に来たのだろう。
少しのドライブに持ち出す量の、アルコールやフルーツではない。
想像が、どんどん膨らむ。

人の噂ではかなり大きな別荘らしいが、管理が厳しく入ることができないらしい。
敷地には、鉄のフェンスが張り巡らされ、バラの木で囲われている。
バラの季節には、《バラ屋敷》を、こっそり見に来る人も居るようだが、俺は花など興味が無いので、来た事はなかった。
気になると、どうしても見てみたくなる。

想像にふけっていた。
どれだけの時間が過ぎたかわからないが先ほどの女性が現れた。
山の中には似つかわしい、都会的な装いだ。
足元に数本のタバコの吸殻を落としたことを思い出し、あわてて、足で隠した。

「こんにちは。」
彼女は、笑顔で挨拶をしてきた。
「こんにちは。」
思わず俺のほうが怪訝になるほどの無邪気な挨拶だった。
「このあたりの方?」
「はい。休みで山歩きをしていたら、こんな所まで来てしまってね。車が見えたので、降りてきて、休憩ですよ。あなたは?」
「用事があって来たんですけど、眠くなったので、川に行って、目を覚ましてきたんです。」「目は覚めました?」
「ええ、景色も綺麗ですし、空気も綺麗ですものね。」
「何もない山ですよ。」
「そんなことないですよ。私はここが好きです。」
「一人できたんですか?」
「ええ、仕事でね。」
「こんな山の中で、女性一人は、危ないですよ。」
「そうですね、でも大丈夫ですよ。もう少しいけば、別荘ですもの・・」
やはり彼女は、この先の別荘の関係者であった。
「別荘に、お泊りですか?」
彼女は、答えなかった。

「女性一人、山の中。やはり危険ですよ。暗くなる前に・・・」
「ええ、でも今は、あなたが危険な人でなければ、私は一番安全かもしれないわね。」
俺は少しいやみ交じりで言った言葉を、彼女は跳ね返した。
俺が安全なら、一番安全か・・・先手を打たれた気分だった。
何だか嫌な気分になった。

タバコとライターをポケットに仕舞うと、ポケットの中に、先ほどのショーツがあることに気がついた。
彼女は澄ましているが、ショーツを履いていないのだ。
あのスカートの中は、何もつけていない。
何を言われても、僕の手の中には、彼女のショーツがあるのだ。
優位に立った俺。

「俺が、安全な男とは限らないよ。」
「・・・そうね。でも、私が安全な女とは限らなくてよ!」
「え?」
「じゃあ、私行きますね。貴方もお気をつけてお帰りください。」

彼女は、そそくさと車に乗り込み、車が出て行った。
俺はそれを見送った。
彼女の残した言葉が、気になった。
「危険な女か?」
逃げられた。
逃がしたのか?
俺は、助かったのか?
意味ありげな言葉に、このまま彼女の後を追いかけようかとも思ったが、時計を見ると、帰った方が良い時間になっていた。
後ろ髪引かれる思いではあったが、引き返すことにした。

帰り道、携帯のカメラ画像を繰り返し見た。
ポケットから、ショーツを出し、眺めては、下着の香りを確かめた。
甘く、なんともいえない香りだった。
俺は、長い道のりを歩いて家に帰った。

早速、カメラ画像をコンピューターに取り込み、確認した。
赤いショーツを眺めた後、引き出しの奥に仕舞い込んだ。
俺の秘密ができた。
彼女の肉体が、僕の目の前に再び映し出された。
その夜、なかなか寝付くことができなかった。

夜明けとともに目が覚めた俺は、夢にまで見るとはこの事だと、一人、呟いた。
夢の中の彼女は、俺を誘った。
だが、俺は、何も出来なかった。
それは夢だからなのか、俺が臆病だからなのか分からない。
彼女の姿をもう一度見てみたくなった。
そして、昨日の彼女の別荘に向かうことを思い立つ。

車では、まずい。
しかし、歩くには遠い距離。
自転車で行く事にした。
再び部屋に戻り、バックパックに双眼鏡とカメラ、携帯電話、お茶、わずかな食料を詰め込み、
家族にばれないように、速やかに自宅を後にした。
胸躍る、朝のサイクリング。
少しも遠いと思わなかった。
別荘に向かう私道の門を昨日確認していたので、迂回して山道を進んだ。
昨日、車を見た場所は、明らかに私有地内部だった事。
俺が滝に向かったことで、門を潜らず敷地内に入ってしまったのだと分かった。
彼女の言葉に含まれる棘は、俺が、不法侵入者だったからだろう。

2つ目の門
矢張り門の周りの敷地にはバラの棘の塀が作られていた。
そして別荘の脇まで進み、茂みに自転車を隠した。
別荘の裏手の山の斜面から、別荘の全体が見えることに気がついた。
松林の斜面は、足元が滑り、歩きにくい。
やっとの思いで、登り松の木にもたれ、お茶を飲みながら、別荘の様子を眺めた。

別荘は、大正ロマネスク様式の落ち着いた建物。
石で出来た壁には、蔦が絡まり、古さを感じた。
日本の建物には無い、大きな窓。高い玄関ドア。重厚な石の柱。
窓のアーチ、暖炉用だろう、大きな煙突が見えた。
正に歴史を感じた。
こんな山の中に、これほどの建物があるとは、思いもよらなかった。

バックパックから双眼鏡を取り出し、窓辺を見る。
窓のカーテンが閉まっていた。中の様子は分からない。
昨日の車が、建物の脇に止まっていた。まだ彼女がいることは確かだった。
俺は木の茂みから、彼女の携帯電話に、ショートメールを送った。
昨日、彼女の携帯電話の番号は暗記し登録した。

彼女の携帯に謎のメールが届くはずだ。
俺の存在を、彼女に気付いてもらう為だ。
これから何かが始まると思うと、期待で胸の鼓動が高くなる。

俺は彼女の意識下に入ったはずだ。
彼女にとって、俺は謎の存在であり、好ましくない存在だろう。
早く気づいて欲しいと思った。
何はともあれ、俺という存在を知って欲しい。
仕事のサブで要して居たが使っていなかった携帯が、有効利用できるとは思っても居なかった。
彼女が気づいて、返信もしくは、電話して来ないだろうか?
期待で、胸が躍った。

でも、まだ俺のことは教えない。俺は彼女を見つめる、それだけでいい。
見ている人がいるということに気づいてくれればいい。
俺は、日に数回メールを送る。それだけで、ドキドキできるはずだ。
日が昇り始める頃になり、彼女が外に出てきた。
俺は付かず離れず、彼女の姿を追う。
彼女の行動を見つめる。
そうは言っても、今日のこの時が勝負。
俺はメールの内容を過激にした。

<君の裸を見たことがある。画像を見よ。>

彼女は散歩しながら、携帯電話を出した。
そうだ、・・俺のメールを見るんだ。そして俺の残した画像を見るんだ。
もう完全に俺は脅迫者になっている。
視線の先の彼女は、立ち止まり、携帯電話を操作している。
再び携帯電話にメールする。

<赤いレースのショーツ、とても甘い香り。>

彼女の反応を正面から見たいと思った。

<川での沐浴?>

彼女がメールを読みながら、辺りを見回している。
おろおろするさまが良い。
彼女は、別荘の中に引き返した。

<君の写真は、美しい。胸についているものは何?>

もう俺は止まらなくなっていた。
彼女が別荘に帰ってしまい、見えないことに、憤りを感じ始めた。

<窓辺に立て・・・>

二階のカーテンの陰から、彼女が見えた。

<赤いショーツ、欲しかったら、取りに来い。>
<外に出てきたら、渡そう>
たて続けにメールした。
彼女は携帯電話を手に、外に出てきた。周りをうかがっている。

<山に向かへ>
しばらく進んだところで、
<下着が欲しければ、今着ているのを脱げ>
彼女は、拒否している。
<君の写真も持っている>
彼女はしぶしぶという感じに、スカートをたくし上げ、ショーツを脱いだ。辺りを見回し手にしている。
<右側にある松の木にかけろ、そのまま進め。>

俺は彼女から少し離れ、後をつけた。

彼女は振り返りながら、進むので、脱いだショーツは、後拾うことにした。
少し進むと、再び立派な松があった。

<松の木にブラを外してかけろ。>

彼女は俺の命令に従う。
見ず知らずの俺にだ。
興奮する。
これを支配というのかも知れないと思うと高揚してきた。
俺は携帯メールアドレスを送った。

<返信メールくれをくれ。>
すぐに返事が来た。
<貴方は誰?>
<君を見守る者だ。>
<何が目的?>
<君を見守っていたい。>
<私は、貴方が見たいわ。>

俺は返事を考えた。見るだけの存在ではなく、俺を認めてほしいと思った。
返事が来たことで、俺はひそかな期待が、膨大な期待へと変化した。
彼女の姿が、少しはなれた松林の中に見えていた。
暫く、この場に留まり、メールをする事にした。

その時、首筋に、冷たい感触を感じた。
「?」

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