~色のGIFT~ Silent Color

2023年6月 横浜→福岡糸島へお引越ししました。
ニャンドゥティとオーラソーマとにゃんこと日々あれこれ綴ります

身体が教えてくれる本当の自分<中編>

2010-04-18 11:32:37 | ココロとカラダ
蛇オンナです(Micともいいマス
各地で天変地異、おきてますねー。ホント、地球にはオドロかされぱなっしです

さて、前後編で身体が教えてくれる自己発見プロセスについてお話させていただこうと目論んでましたが、書いているうちにまたまた終わらなくなってしましました
よって、前中後編に変更させていただきたいと思います。中編では今回受けた恩恵にフォーカスしていきたいと思います

深いグラウンディング

リハビリ静養中ということで、自分の時間を持つことが多くなりました。季節柄も手伝って、地元を散歩する機会が増えました


歩くことが元々私は好きで、その魅力は自分のペース・目線でゆっくり景色の変化を発見し味わえることにあるのかなと思います

特に今は植物が育ちはじめ、「こんな所にこんな花が咲いている」「あの新芽の色って光に当たると透き通ってますますキレイだなー」とかじっくりゆっくり感動が自分の中に拡がって、一人で歩いていても退屈しないです


そして最近、地元とれたての野菜を口にする機会が増えました
ふるさと自慢(単に田舎ともいいますが)になりますが、私の地元は少し中に入ると田んぼや畑が広がっていまして、たまに無人販売所(軒先に野菜とかが並んでいて、お金をここにいれてください方式)などがあったりします
ハハのウォーキングコースでは、元気に農作業をしてるおばあさまおじいさまがいらっしゃり、たまに話をしてると「持ってきな」といってもちきれない位の葉物野菜などをいただいてきます(農家の方の愛はマゼンタ級のキングサイズ)。この間は初物、掘りたての竹の子をいただきました

とれたての野菜って、色が驚くほど濃く、葉の厚みもしっかり厚く、香りも強く味もしっかりしているんですよね。そうしたことを意識して最初口にした時はこんなに違うのか、と驚きました。まさに五感をフルに活性化してくれます最近では「いただいた」と聞いてなくても「これもらったやつデショ」とわかるようになり、ちょっとしたグルメさんに

前に「断食のススメ」で頭で食べている~ということを書いたと思いますが、普段私たちは「これは身体にいい」「栄養バランスは…」などの知識で食べるものを選んだりしてることが多いんじゃないかと
かくいう私も食べてるそばからその品質表示とかカロリーをじっくり読んでるということが多いです

また、食べてることに集中するのも忙しい現代社会では難しくなってますよね
せっかく美味しいものをいただいても「これを30分で食べて○時の電車に乗って…」なんて頭を忙しく働かせて食べてたら、形としてはエネルギー摂取をしてるように見えますが、本当の意味で食物の持つエネルギーを取り込めているでしょうか

というふうに、様々な食に関する今までの自分の姿勢が思い出され、「物を食べる・いただく」ことの本質を考えさせられました

地元を散歩する、地元野菜を食べることで「今ここ」にいる自分を前よりも感じ、理解することができるようになったと思います。
思うにグラウンディングとは、頑張ってサバイバルするとか何か大変なことをすることだけではなく、食べるとか動くとか日常で当たり前のように行っている行為の中で、自然と深めていけるものなのだと思いました

「今ここ」の自分をしっかり五感で味わうことで、なぜ今ここにいて、今やっていることへの意義や理解が自然と生まれてくるのではないでしょうか

一日一日生きることで着実に成長している私たち
肌の再生サイクルは一日にして成らず、ゆっくりでも着実に回復、再生する
湿疹はそんな深いグラウンディングについて教えてくれました

さて、次回はいよいよ後編。ほんとに終わるのか
Love, Light & Harmony!


身体が教えてくれる本当の自分<前編>

2010-04-14 12:48:39 | ココロとカラダ
オンナ、Micです

フ先生は授業に、Yさんは出張と、ミナサマお疲れ様でございます

ワタクシはこの頃、「リハビリ静養中」です~。サナトリウム、蓮田で

前に「湿疹でてきました」という話をブログに書いたと思うのですが、やっとピークを超え(と思います)、只今回復中です

今回は手と顔にでてしまいまして
メキメキ、脱皮中です。ホント、私前にヘビだったのかな~と思ったりして。。
皮膚って強いなーと今回つくづく感心。。何回皮がむけるても必ず再生するんです~(そうじゃないと困るけど)
私の身体にもレッドのしぶとさ、サバイバル能力、あるじゃん~と確認、認識を新たにしています

今回はそんな自分の体験から見えてきた、「身体が教えてくれる本当の自分」発見プロセスについてお話させていただきたいと思います。
なるべくわかりやすく、オーラソーマ風な説明をモットーに
読んでくださる皆様の気づき促進につながれば幸いです
書き始めたら結構ボリュームがでてきたので、前編後編にわけました。。


さて。元々、約10年ほど前に顔から始まったワタクシの湿疹ライフ。

私の中では顔は最後の砦というか、とにかく顔だけはやめて(女優じゃないですけど)…と思っとりました。なので、その恐れから当時はガンガン、薬を使っていたのですよ

しかしツケは廻るというか、カルマは巡るというか…そんなにきっちり覚えていることないじゃない~、私の体…ッて位忠実に、薬を使っていた頻度に応じてちゃんと湿疹がでて…蒔いた種を刈り取っております…イヤー、ビックリ

私にとって湿疹というと、ここ数年間は特に「心と身体を和合させるレッスン」あるいは自分がネクスト・ステージへ向かう「イニシエーション(通過儀式)」といった意味合いを持っている気がします

とにかく気づきが飛躍的に上がり、余計なものが殺ぎ落とされて自分に戻っていく感じなのです。だから、やはり「脱皮」なんですね。あるいはマトリョーシカ元々オチビなのにどんだけコンパクトになるのやら…

幸い、死ぬような病気ではないので「ま、いっか~」と気楽に構えていたいところですが、私の湿疹はアピール力がかなりあり(自慢になりません)、赤み・かゆみ・見栄えの悪さetc…と、毎回それなりに心身ともに痛みやつらさを伴ない、毎回我が身体ながら「カンベンしてホシイ」と思うんですよね。だから直すことへの取り組みエネルギーが物凄く集中する(=必死になる)んです

アピール力の強さはそれだけ身体が「気づきなさい!」といってるサインということでもあり
なので、身体がいってくれている言葉(サイン)を解読するということが症状の回復に繋がるようでして。
事実、解読が進む(=気づきを得て実行する)と如実に症状が良くなるのです

例えば、湿疹でジクジクして水をもった状態がある(これはカユくてツライです)のですが、その当時を振り返ってみると、確かにジメジメ、クヨクヨしてたのです!これは初めて発見した時、目からウロコでした。「確かに私、クヨクヨしてるよ~」って。

湿疹=自分となっているときはクヨクヨ=自分(同一化)にもなっているので、なかなか回復にエネルギーが動きません。そうではなく、クヨクヨさせている原因がある=それが自分にクヨクヨを手放せなくさせている、と少し湿疹と自分の間にスペースを持つようになると、クヨクヨを起こしている元原因探求にエネルギーが動き、気づきへと至ります

同一化を取っていく作業が私の場合、湿疹という形をとったわけです

そうしたときにとても深い癒しが内的に起こって「もうこれは必要ナイ」と自然に納得、手放しが起こり、心も軽~くパタパタと。オーラソーマのアヌビスでいう存在の軽やかさってこんな感じ~(ちょっとチガウけど)?私の羽根のいくばくかは救われました~

赤みがでて火傷みたいな様相と熱をもっていたときは、怒りをたくさん持ってました。世の中に対して、思い通りにならない自分や周りに対して。気づけばあらゆるものに怒っていて、あれは本人もビックリでした。やっぱりレッドって怒りなんだ、エネルギー強いなーという印象。。って、ノンキな。。

これをボトルで例えていうなら、上層がブルーで下層がレッドですかね~。
無意識は怒りがたくさんあるものの、意識上では全然気づいていなくて、というのもストレートに怒りとして表れておらず、それは時に自分や流れに信頼がなかったり、権威に縛られていたり…とブルーの表現で表れていたのです。

怒りと自信のなさ、怒りと生真面目さ…。
一見するとまったく異なる表現なので、気づかなかったり見過ごしていたり、それを繰り返し、こらえきれなくなった体がある日突然、湿疹の赤みとなって表現するというしくみなのかなーと。
いわば、身体が心の教師となってまさに身をもって教えてくれるのです。それにしても身体の愛は過激でイタいナー

あと、出る部位もサインだと思います

例えば今回、私の湿疹場所は顔と手でしたが、両方とも外から見える場所なんですよね。特に顔は一番目立つところです。そして皮膚は五感でいうと、「触覚」にあたります。

つまり、外との接点、係わりを持つ所
また、化粧を施す場所でもあり、「ソトヅラ」の言葉のように本当の心を隠して見栄をはれる場所です

今回はそんな私のソトヅラがガッツリ剥がされた感じでした
大丈夫じゃないのに、でもそれはかっこ悪いから大丈夫と思い込ませてたり
ハートはイヤといっているのに頭は気づいてなく見切り発車をしてイエスといったり
周りの期待はこうだろう、と頭が勝手におもいこんでハートを逆のことをしてしまったり…。と、そういった自分の見栄っ張りな「まやかし」っぷりをウリウリと見せ付けられました

馬車(身体)・御者(思考)・馬(感情)のちぐはぐさがやっとわかったとでも申しましょーか

アララ、前編ニモカカワラズ、長くなってしまいました…。
この続きは後編で

今日はおひつじ座の新月デーです
「始まりの始まり」をお願いするといいようですヨ

Love, Light & Harmony!

断食のススメ

2010-03-25 22:10:16 | ココロとカラダ
Micです

浄化スイッチが入ってしまいました…カチッとな

前回は貧血、そして浄化と最近、なかなかウキウキハッピーなトピックスじゃなくてすみませんねー
でも人生楽だけじゃないさと苦しい時には苦しいなりに、それでもユーモアと感謝を忘れず、明るく図太く乗り越えよう!ということで。これ、ワタクシ哲学。。

今回はそんな浄化時の「オッ、これは」と発見した、断食のススメです。

浄化の始まりはB107を使用した位からで、ガラスのF1肌(この用語に?となった方は、「身体あっての御者と馬!」をお読みクダサイ)に湿疹が出てきました。割と私の人生の中では珍しくないことだったので、そのまま使いつづけていたのですよ。それでも一応悪化することを考え、毎日ではなく、休み休み使うというふーに

そしたら今月に入り、花粉症が例年より過度に出て?と感じてたら、ジワジワと肌の湿疹悪化を見たのでした。。
元々、今の時期は身体が冬から春に準備するので、デトックスが起こりやすいようですが、チャクラがそれぞれ繋がりあって影響を及ぼすように、私の湿疹もアレルギーに刺激され、ドカーンッとここにきて花開いてしまいました。君の開花は誰も心待ちにしてませんてば。。

ドリームカーを夢見る御者(知性)と馬(感情)はまたもやここに来て、「またかよ、いい加減その目立ちたがりなF1体質、改めなよ。毎回、うっとーしーわ!」といささか冷ややかに一喝
F1(身体)も負けてはいません。「こうなったのもあんたのせいよ、さんざん私、サイン出してたじゃない!気づかないアンタが悪いのよ。もう私、我慢しないからね、ええ、みてらっしゃいっ!」←私のF1はコーラルのヒーリングが必要なんだろか

また、脳内妄想劇場が…
きっと私の御者は男性性が強いと思います。F1は女性性かなー

まぁ、結局、身体あっての御者たちなので、現在、F1の声を聞くトレーニングをしている(せざる得ない…)状況です

今週に入って、仕事が休みの日にプチ断食をしています
前にも、肌の湿疹がひどいときに内臓機能を休ませようと断食をしたのですが、これが結構、よい感触

全部、食を絶つというのではなく、フルーツや消化の良いものを中心にし、摂取量を減らすというもの。無理強いせず、食べたければ食べる姿勢で
いつもは習慣で決まった時間、回数、量を無意識のうちに食べている気がするのですが、それは時に身体に過度であったり、負担になる場合も私の場合あるようです。それが体内にたまって、疲れさせたり太らせたり(これが困るのよ~)するようです。

量を減らすと、だんだん身体がこの食べ物を「欲している」「喜んでいる」のが感覚的に分かってきたような感じがする(身体の知性?)のと、絶対量が減るのでスペースができ、お通じも調子よく、身体やココロが心なしか軽~く。とにかく調子がよろしいのです

おなかがすいてなくても食べる習慣的な食事は、食べる集中力を欠き、食べ物への感謝の気持ちが減る気がします。「ただ、食べている」という感じで
「食べたいと思えて食べる」何でもない普通なことがとても幸せに感じられてくるのも断食のよいところかなと思います。

何やかやいっても、身体の質は変えられない…ならばその特徴を知って、体という乗り物を使いこなそうではありませんか

最後にお目目に心地良い写真をば。


最近、我が部屋の住人になりました、ウィンドチャイムの天使クンです。ラブリーでしょ。音がとても気持ちよいです春の風をこれからいっぱいあびるんだ~

Love, Light & Harmony!

身体あっての御者と馬

2010-03-18 12:56:55 | ココロとカラダ
Micです

先日、久々、貧血で倒れました
経験ある方は同感くださると思いますが、しんどいですよねー

体調自体あまりよくない時ではあったのですが、それでも仕事を終え、最寄駅までたどり着き、あとは家まで歩くだけというところで、血の引くあの、ヤな前兆が

いつもなら10分もかかないところが、途中、3回すわりこみ(人に不信がられぬよう、暗闇をみつけつつ…こっちのほうアヤしい?)文字通りやっとの思いでたどり着いたおうちは、なんとホッと安心する場であったことか

気持ち悪さ、あぶら汗、呼吸の苦しさ、服の締め付け…色んな不快感と格闘し、やっと立ち上がれるようになったのは、2時間くらいたった後でしたでしょうか

結局、次の日もだるさが残り、終日、休養することに。お休みでちょうどよかったのですがねー。

私はこういうとき、マスターのところでやる「馬車の話」を思い出します

大抵、私の御者は「ワンマン特攻隊長」。
苦行好きのスパルタ隊長は「やる」っつたらやるんじゃい!とばかりに馬車と馬を追い立てます

馬は「体育会系の雄牛」。
通常は御者の隊長に協調し、苦行にも「オモシロそ~、いっちゃえ!」と突っ走ります。が、無理と不自然が大嫌いなので、そういう状況になるとハンストを起こし、てこでも動かない。隊長もお手上げです

そして馬車は「ガラス製のF1」。
いいときはスゴク性能がよい。でもそういうときは少なくて、なにしろ手入れが面倒くさい
ちょっとでも無理をするとすぐにサインが出て、その主張は隊長と牛を立ち止まらせるほどに強い

昔はF1の主張が慎ましやかさんだったので、隊長と牛のテンションの高さにかなりF1がひきづられてました。両者のF1への評価とは、「見栄えはよいけど生産性のない、騒音車(F1ファンの方、ごめんなんさい。)」。

なんでこんなに融通のきかない体なのか」「耐久性に優れた戦車とか小回りのきく高性能な日本車だったらよかったのにー」とF1のもつすばらしさに目を向けず、自分たちが望む、ミラクルカーねだりをたくさんしてました。ええ、それはもう

中にいたマスターも、「はぁー、この子たちって…」とため息してたのではないでしょうか。さしずめ、マスターは「幼稚園の先生」か

しかしながら過去の度重なる学びのおかげか、F1は雄牛を味方につける知恵をつけたよで、「オレがいやだっつってんだろぅ~」と牛から隊長に陳情する形式が成立しつつあります。しかも少しふてぶてしくなったのか、肥えてきたし…ガラスではなく、ゴムまりになるのも時間の問題か…

雄牛くんも「金さん」的になってきました
悪(dis-ease)になびかず、善(at ease)を助ける。御者と馬車の間をよいバランス感で行き来し、橋渡しをする。「助けが必要なときは、いつでもいってくんなっ!」と頼りがいのあるいいヤツに

隊長も昔ほどスパルタではなくなり、マイホームパパっぽくなってきました。
F1が倒れ、雄牛がハンストし、つくづく考えたんでしょうね
ボクが元気でやっていけるのも、F1や雄牛くんあってのことだからー。彼らが気持ちよく過ごせるために、ボクは何ができるんだろ。。そういうふうにこれから生きていく方が幸せなのかも。苦行・スパルタはやめよう

そんな3者にホッとしつつ暖かく見守っているマスター。「でも旅はまだまだ続くのよねー」とさらっと冷静な一言(ひょっとしてマスターが一番スパルタりだったりして…)。
ひとまず、めでたし、めでたし。てな感じでしょうか


とはいえ、彼らの目覚めはまだ浅く根付ききってないので、ときに昔のやんちゃが復活して私にケリをいれてしまう…今回の貧血はそんな彼らの「やっちゃった!ゴメンごめん」体験なのでしょうかねー

今回の教訓「身体あっての御者と馬!

Love, Light & Harmony!

熱にウナサレ考えたポジティブ思考

2010-01-10 23:50:31 | ココロとカラダ
皆さんこんにちは、Yです

実は数日前から風邪をこじらせて寝込んでおりました。
医者にはインフルエンザではないと言われましたが、一時は39度近くまで熱が出て
今まで経験したことの無い、悪寒と震え、息苦しさでした

肉体的なバイオリズムが悪くなると精神的にもあまり良い状態にはならないもので、
布団の中でウナサレながら、「やべ~、やべ~」と心のなかで唸ってました

このままではいかんと、思考を前向きにしようと試みましたが、
あまりにも状態が悪すぎて、ポジティブ思考なんてあったもんじゃありませんでした。
だって呼吸するのもやっとで、そんなの全然無理でした

『こんな風邪ごときにヤラレテなるものか~』とか
『すぐに元気になってみせる~』とか
『寝込んでる場合ではない!』とか
自分に鞭打つような前向きなことばは自分を疲れさせるだけなんですね。
それはポジティブっては言わない。そう気づきました

『ちょっと最近無理しすぎてたのかな』
『体が悲鳴をあげたのかな』
『神様がくれた休息かもしれないな』
『ゆっくりじっと寝れるだけ寝よう』
『大丈夫きっとよくなる』
『さっきよりちょっと息苦しくなくなってきた』
『風邪ひいたの3連休の前でよかった』

自分がホっとできるような言葉、考えにフォーカスしていくことが、
本当の意味でのポジティブなんではないだろうか?と実感しました

自分に鞭打ってがんばり過ぎている方は
自分の感情がホっとできるように自分をいたわってあげましょう。

最近、
自分を大切にすることのメッセージにいろいろとシンクロしているYでした。
そのあたりはまた別の機会に