こんにちわ!
関東地方、梅雨は明けたものの、小さな地震の頻発にチョイ不安な
ラディカル・マーケティング・アナリストの井上秀二です。
今日はファッションビジネス関連のお話です。
前々から進んでいた、
「ユニクロ」でお馴染みの株式会社ファーストリテイリング(FR)による、
米国高級衣料品「バーニーズ」の買収が現実味を帯びてきましたね。
「ユニクロ」がアパレル業界の話題の中心となりはじめた2000年前後、
少なからぬ業界関係者の皆さん、
心底、そう確信されていたのではないのにもかかわらず、
“ベーシックなSPS企業”ユニクロの“ブーム”なんてすぐ終わるでしょ
と仰せでした。
ところが、社長交代や海外展開の失敗(特に英国)、訳のわからん商品政策(野菜!?)
という「混乱のフェーズ」を経ながらも、FR社、何だかんだ言って、
【売上高】4,488億円 【経常利益】731億円 【売上高経常利益率】16.3%
ですからね。(2006年8月期。同社ホームページより)
店舗数は1,632店舗。3年前の2.6倍! 2007年8月期予想は1,825店舗。
従業員数も3,990人。3年前の2.2倍!
2000年代に入ってから積極化させた障害者雇用も話題になっているようです。
企業の社会的責任もキチンと果たしている。しかも「優等生」。
2007年8月期予想によると、いよいよ5千億円企業になるとのことです。
(経常利益、当期純利益は、前年比マイナスのようですけど)
“ブーム”は終わってもちゃんと成長していたわけです。
“ブーム”に振り回されなかった成功事例、と言えるかもしれませんね、FR社は。
■「成功」に至る深層心理?
「ユニクロ」の第1号店出店は1984年のことです。
「ユニーク・クロージング・ウエアハウス」(UNIQUE CLOTHING WAREHOUSE)。
場所は広島市内でしたね。
1984年は、私が大学を卒業した年です。
間もなく時代は「DCブランドブーム」を迎えます。
丸井のバーゲンとなれば徹夜の行列が出来た。
学生時代の私は、まだファッションの“イノベータ”でしたから、
卒業後もそんなものには目もくれませんでしたけど。
「流行っちまったらカッコ悪い」
尤も、就職後、ファッション感度が鈍ったのも事実ですけどね。
(大学時代は高給のアルバイトしてましたんで、「小金持ち」だったんです)
そんなご時世に、「ユニクロ」の展開を開始したわけです。
小郡商事 (ユニクロの前身)は。
当時、広島エリアに住んでいた私と同世代の人たちの共通認識とは、
「ユニクロ」着るくらいなら
死んだほうがマシだ!
というものだったと、後年になって聞きました。
もちろん、ファッション感度のある程度高い人たちの認識でしょうけど。
あと、80年代後半か90年代前半でしたか?
私は観た覚えがないんですが、関西地方(?)で
超ダサダサTVCMも流していたそうですね。
「You tube」で検索したらあるかな?
(ダサダサCMでも、「サンガリアコーヒー」のは大好きなんですけどね)
まぁ、私は柳井正さん(会長兼社長)と面識はありませんし、
著作を読んだことありませんので、
あくまでも、推測の域を出ないんですが、
柳井さん、相当、「ルサンチマン」が強かったんじゃないのかな? と
*「ルサンチマン」:恨みや憎しみ。やはり推測ですが、竹中平蔵さんも相当強いんじゃないかと。
もちろん、カジュアル衣料「ユニクロ」のメインターゲットは、
ファッション感度の高い層ではありません。
それでも当時のDCブームや、バブル期の「インポートブーム」は、
マス(多数派)に相当浸透していましたから、
「ユニクロ」を馬鹿にする風潮を、のほほんと流せていたと考えられません。
柳井さんだって米国の「GAP」をモデルの一つと考えておられたのでしょうし。
バブルは崩壊し、「ユニクロ」を蔑んできた人たちの意気も消沈。
90年代、若年層のトレンドが「ストリート」に転換したことも、
その後の「ユニクロ」躍進に好影響がなかった、と言い切れないのでは?
というのも私の仮説なんですが。
数年前、マーケティング・プランナーの村山涼一さんが、
柳井正さんの著作『一勝九敗』について、柳井さんご本人に、
「1勝99敗じゃないっすか?」
と言ったら、頭をポカンと叩かれた、と仰せでした(^_^;)。
まぁ、私の推測が当たっていなかったら、
柳井さんには Very, very sorry(^_^;) なんですが、
こういう強い「ルサンチマン」って、物凄いエネルギーになるんです。
「ブラックエンジン」
というやつです。
これ結構、効きます。
私も自身の経験で実感しています(大それた「成功体験」はありませんけど)。
所謂「成功者」と言われて本を書くような人の原動力は大体、「ブラックエンジン」。
そういう成功話のビジネス書には、奇麗事ばかり書いてますけどね。
(だから読んだところでクソの役にも立ちません)
私はもう使いたくないですね、「ブラックエンジン」は。
私にはそんな憎しみを向ける対象(人物、組織)なんて存在しませんし、
(「馬鹿が!」と言いたい人物、組織は存在しますが、それは愛情ゆえです-笑)
江原啓之さんが仰せの「因果の法則」「波長の法則」を考えると怖いですしね(^_^;)。
■“ブランド”ではないブランド
2000年前後の、「フリース」(2,900円)をはじめとする“ブーム”の頃、
「無地のベーシック」を基調にした「ユニクロ」商品なんぞ、
「ブランドではない」
という声もよく聞きました。
でも、「ユニクロ」は立派なブランドです。
「ユニセックス」「ノン・エイジ」というターゲティングも。
こういうのが最も難しいんですけど。
ただ「多く売りたい!」という願望だけで、ターゲティングを疎かにして、
「分け隔てなく多くのお客様」に訴求したい、というお馬鹿さんは沢山いますが、
そういう企業(経営者・担当者)には到底出来ないことです。
狭義のファッションブランドの定義・概念・方法論からのブレークスルー
の結果、構築されたブランドなんです。「ユニクロ」は。
マーケティングの「4P」(Product, Price, Place, Promotion)の観点でも、
「ユニクロ」の秀逸さを語れば、ここでの制限文字数を超えてしまいますし、
多くのマーケターの皆さんが書かれていると思いますので、ここでは書きません。
「無印良品」との共通項もあるようで、実は「似て非なるもの」。
「無印良品」よりはるかに幅広い層に浸透しています。
現在は高田賢三さんなど著名デザイナーを起用されたりしているようですが、
当然、想定されていたデザイン面での商品政策が奏効されたのは、
正直、私の想定を超えていました。
TVCMやショップでのコミュニケーションの秀逸さは特にわかりやすいですね。
そう言えば、この記事で使った夏木マリのポスターも「ユニクロ」でした。
**************************************************************************
お読み頂き有難うございます。
(↓)クリックの程、宜しくお願い申し上げます。
関東地方、梅雨は明けたものの、小さな地震の頻発にチョイ不安な
ラディカル・マーケティング・アナリストの井上秀二です。
今日はファッションビジネス関連のお話です。
前々から進んでいた、
「ユニクロ」でお馴染みの株式会社ファーストリテイリング(FR)による、
米国高級衣料品「バーニーズ」の買収が現実味を帯びてきましたね。
「ユニクロ」がアパレル業界の話題の中心となりはじめた2000年前後、
少なからぬ業界関係者の皆さん、
心底、そう確信されていたのではないのにもかかわらず、
“ベーシックなSPS企業”ユニクロの“ブーム”なんてすぐ終わるでしょ
と仰せでした。
ところが、社長交代や海外展開の失敗(特に英国)、訳のわからん商品政策(野菜!?)
という「混乱のフェーズ」を経ながらも、FR社、何だかんだ言って、
【売上高】4,488億円 【経常利益】731億円 【売上高経常利益率】16.3%
ですからね。(2006年8月期。同社ホームページより)
店舗数は1,632店舗。3年前の2.6倍! 2007年8月期予想は1,825店舗。
従業員数も3,990人。3年前の2.2倍!
2000年代に入ってから積極化させた障害者雇用も話題になっているようです。
企業の社会的責任もキチンと果たしている。しかも「優等生」。
2007年8月期予想によると、いよいよ5千億円企業になるとのことです。
(経常利益、当期純利益は、前年比マイナスのようですけど)
“ブーム”は終わってもちゃんと成長していたわけです。
“ブーム”に振り回されなかった成功事例、と言えるかもしれませんね、FR社は。
■「成功」に至る深層心理?
「ユニクロ」の第1号店出店は1984年のことです。
「ユニーク・クロージング・ウエアハウス」(UNIQUE CLOTHING WAREHOUSE)。
場所は広島市内でしたね。
1984年は、私が大学を卒業した年です。
間もなく時代は「DCブランドブーム」を迎えます。
丸井のバーゲンとなれば徹夜の行列が出来た。
学生時代の私は、まだファッションの“イノベータ”でしたから、
卒業後もそんなものには目もくれませんでしたけど。
「流行っちまったらカッコ悪い」
尤も、就職後、ファッション感度が鈍ったのも事実ですけどね。
(大学時代は高給のアルバイトしてましたんで、「小金持ち」だったんです)
そんなご時世に、「ユニクロ」の展開を開始したわけです。
小郡商事 (ユニクロの前身)は。
当時、広島エリアに住んでいた私と同世代の人たちの共通認識とは、
「ユニクロ」着るくらいなら
死んだほうがマシだ!
というものだったと、後年になって聞きました。
もちろん、ファッション感度のある程度高い人たちの認識でしょうけど。
あと、80年代後半か90年代前半でしたか?
私は観た覚えがないんですが、関西地方(?)で
超ダサダサTVCMも流していたそうですね。
「You tube」で検索したらあるかな?
(ダサダサCMでも、「サンガリアコーヒー」のは大好きなんですけどね)
まぁ、私は柳井正さん(会長兼社長)と面識はありませんし、
著作を読んだことありませんので、
あくまでも、推測の域を出ないんですが、
柳井さん、相当、「ルサンチマン」が強かったんじゃないのかな? と
*「ルサンチマン」:恨みや憎しみ。やはり推測ですが、竹中平蔵さんも相当強いんじゃないかと。
もちろん、カジュアル衣料「ユニクロ」のメインターゲットは、
ファッション感度の高い層ではありません。
それでも当時のDCブームや、バブル期の「インポートブーム」は、
マス(多数派)に相当浸透していましたから、
「ユニクロ」を馬鹿にする風潮を、のほほんと流せていたと考えられません。
柳井さんだって米国の「GAP」をモデルの一つと考えておられたのでしょうし。
バブルは崩壊し、「ユニクロ」を蔑んできた人たちの意気も消沈。
90年代、若年層のトレンドが「ストリート」に転換したことも、
その後の「ユニクロ」躍進に好影響がなかった、と言い切れないのでは?
というのも私の仮説なんですが。
数年前、マーケティング・プランナーの村山涼一さんが、
柳井正さんの著作『一勝九敗』について、柳井さんご本人に、
「1勝99敗じゃないっすか?」
と言ったら、頭をポカンと叩かれた、と仰せでした(^_^;)。
まぁ、私の推測が当たっていなかったら、
柳井さんには Very, very sorry(^_^;) なんですが、
こういう強い「ルサンチマン」って、物凄いエネルギーになるんです。
「ブラックエンジン」
というやつです。
これ結構、効きます。
私も自身の経験で実感しています(大それた「成功体験」はありませんけど)。
所謂「成功者」と言われて本を書くような人の原動力は大体、「ブラックエンジン」。
そういう成功話のビジネス書には、奇麗事ばかり書いてますけどね。
(だから読んだところでクソの役にも立ちません)
私はもう使いたくないですね、「ブラックエンジン」は。
私にはそんな憎しみを向ける対象(人物、組織)なんて存在しませんし、
(「馬鹿が!」と言いたい人物、組織は存在しますが、それは愛情ゆえです-笑)
江原啓之さんが仰せの「因果の法則」「波長の法則」を考えると怖いですしね(^_^;)。
■“ブランド”ではないブランド
2000年前後の、「フリース」(2,900円)をはじめとする“ブーム”の頃、
「無地のベーシック」を基調にした「ユニクロ」商品なんぞ、
「ブランドではない」
という声もよく聞きました。
でも、「ユニクロ」は立派なブランドです。
「ユニセックス」「ノン・エイジ」というターゲティングも。
こういうのが最も難しいんですけど。
ただ「多く売りたい!」という願望だけで、ターゲティングを疎かにして、
「分け隔てなく多くのお客様」に訴求したい、というお馬鹿さんは沢山いますが、
そういう企業(経営者・担当者)には到底出来ないことです。
狭義のファッションブランドの定義・概念・方法論からのブレークスルー
の結果、構築されたブランドなんです。「ユニクロ」は。
マーケティングの「4P」(Product, Price, Place, Promotion)の観点でも、
「ユニクロ」の秀逸さを語れば、ここでの制限文字数を超えてしまいますし、
多くのマーケターの皆さんが書かれていると思いますので、ここでは書きません。
「無印良品」との共通項もあるようで、実は「似て非なるもの」。
「無印良品」よりはるかに幅広い層に浸透しています。
現在は高田賢三さんなど著名デザイナーを起用されたりしているようですが、
当然、想定されていたデザイン面での商品政策が奏効されたのは、
正直、私の想定を超えていました。
TVCMやショップでのコミュニケーションの秀逸さは特にわかりやすいですね。
そう言えば、この記事で使った夏木マリのポスターも「ユニクロ」でした。
**************************************************************************
お読み頂き有難うございます。
(↓)クリックの程、宜しくお願い申し上げます。
