今日も明日も愛してる

私が見たものをあなたにも見せたい。月日が経って季節が変わっても、これは世界へのラブレター。

いさかいの後

2010年06月24日 | ボソッと
きれいな愛も薄汚い愛も、人間が人間を愛するのはみんな「愛」じゃないの?

悲しいのと恥ずかしいのと、どっちかなら悲しいのを選ぶ、恥ずかしいのは耐えられない。

言ってしまった言葉を悔やむのも、言わなかった言葉を悔やむのも、
いさかいの後。






RICOH CX2で撮影
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ドレミ坂

2010年06月24日 | Weblog
雨あがりの階段。




こういう時は滑らないようにしないとね。





ドレミ坂という名前なんですね。
ド・レ・ミファ・ソ~♪





ドレミ坂を降りると、ティアラこうとう小ホールです。
ドレミ、ティアラ、ドレミ、ティアラ…。
ずっと唱えていると眠くなってきます。
夢の中へ。





RICOH CX2で撮影
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暑さも寒さも

2010年06月24日 | Weblog
日向も木陰も、
笑いも涙も、喜びも悲しみも。
みんな必要。
悲しみは欲しくないけれど。
でもやっぱり必要。
喜びだけなんて、いいことだけなんて。





RICOH CX2で撮影
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街と私

2010年06月24日 | Weblog
この文字は面白いような、あまり見たくないような。
でも後から振り返って見てしまう。
街は私を歩かせてくれる。
忙しいとは、心を亡くすと書くけど、私は普段からなくし物が多い。
だから今更なんでもない。

これも謎のままでいいでしょう。

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あ、月。

2010年06月24日 | Weblog
自分の家じゃない所に泊まると、見えるものが違う。




明日の月はどんな形になるのだろう。
ふーむ。






RICOH CX2で撮影
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夜更かしか早起きか

2010年06月24日 | Weblog
中途半端な空、干したままの洗濯物。新聞屋さんの自転車。
もう少し寝たい。でももう起きようか。





RICOH CX2で撮影
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しっぽ

2010年06月23日 | Weblog
前から見るとちょっと怖いけど、背中に回って見るとかわいいしっぽ。




ブヒブヒ。



追記 これは私の近親者である。だから前に回った顔も知っている。コワイがイイ奴でもある。
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頂いたもの2

2010年06月23日 | Weblog
レインボーラムネ。
ならまちで「五想庵」を開いている5*さんから。
貧乏ラムネと私の耳はとらえた。

五想庵
http://www5a.biglobe.ne.jp/~season5/infor/gosoan.html
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頂いたもの1

2010年06月23日 | Weblog
白い花。近所の方から。
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ベニシタン

2010年06月23日 | ボソッと
小さな鉢に日が集まってすくすく伸びている。
今日は雨まじりの空だ。
突然関係ない事を思い出す。
通り抜けに利用するだけの大きな会館は、いつも悲しげなピアノ曲が小さくBGMに流れている。
これがよく聞いてみるとゲゲゲの鬼太郎だったりしたら面白いんだが。
などと、いつも通っている道の事を思い出している。
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見たことのない駅の風景

2010年06月23日 | Weblog
なじみのない電車に乗って。
明日も元気でね。と自分に言う。
今日も明日も愛してる。
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途中下車

2010年06月22日 | Weblog
小さな店で、小さな用事。
さあ、終わったらまた電車に乗りましょう。
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モモ

2010年06月22日 | 食べたり飲んだり
ネパールの、うん、一種のギョーザ。おいしいです。
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男の子、女の子

2010年06月22日 | Weblog





貸衣装屋さんの二人はずっと仲良し。



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ささやかだけれど、レイモンド・カーヴァー

2010年06月22日 | 観たり、聴いたり、読んだり
やっぱりね、と自分でも思う。
多分この話を思い出すだろうな、と。
というのも、その時点では何も思い出していないからだ。





短編『ささやかだけれど、役にたつこと』は、
たしかこの本の中には納められていなかったな。
でもタイトルを思い出すだけで充分だ。

親がベーカリーに注文した、少年のためのバースデーケーキは、
引き取られる事なく無駄になってしまう。
親はショックのあまり注文した事を忘れ、
ベーカリーの店主は職人的意固地さゆえに、執拗に引き取りを要求する。
お互いにお互いを知らないために、不毛な電話の往復が繰り返される。

何かの一番下につぶされそうになっているとき、
甘いものはささやかだけれど役にたつ。
甘いものは何かを和らげてくれる。
たいして力はないけれど、あったとしてもほんの少しだけれど。
うん?本当にそうか?
まあいいや、レイモンド・カーヴァーがそう書いたなら。
私には分らないけど。

でも、もし「和解」というものがあるなら
甘いものはその場にあっても決して邪魔にはならないだろうな。
って気はする。

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