これは、私がもっとも心を動かされた日本映画だ。
つい最近、戸棚から古いビデオが出てきた。
それを見ようと出しておいた矢先、監督の市川氏が無くなったと知った。
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「麦子はあなただ」というコピーがついている。
それはつまり、麦子はわたしだ、ということだ。
校舎の窓から庭の同級生たちを見下ろして、
ぼんやり過去の思い出を交錯させている麦子。
力なく窓辺にへたりこんでいく姿は、
まさに、10代の私だった。
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井の頭公園で、この市川さんが
「ブランコで遊んでいるところを撮らせてください」と
話しかけてきたときのことを覚えている。
人見知りで、知らない人から話しかけらると絶対に警戒する私なんだけど、
このときは、なんだか、すっと受け入れられた。
組み込まれる、というのか、有無を言わさぬ感じがした。
決して強引じゃないけど。
そのまま、それまでそうしていた通りに
思いっきり娘のブランコを押した。
その後、レンタル屋さんでこのビデオを借りてきて、
これがあの時のフィルムだと、初めて知った。
ほんの1秒くらいのあっという間だけど。
あの人は、本当に映画を作っていたんだ。
この映画のラスト近く、
やっと色々なものを受け入れて、自分自身と和解する麦子。
八百屋お七の舞台に上がる直前、
メイクも衣装も調った顔に、涙が一筋こぼれるシーン。
麦子がうらやましかった。
この年になっても、それを忘れられない。
市川さんと、じっくりお話をしてみたかったのに、それはもう叶わない。
市川さん、わたしは麦子でした。
つい最近、戸棚から古いビデオが出てきた。
それを見ようと出しておいた矢先、監督の市川氏が無くなったと知った。
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「麦子はあなただ」というコピーがついている。
それはつまり、麦子はわたしだ、ということだ。
校舎の窓から庭の同級生たちを見下ろして、
ぼんやり過去の思い出を交錯させている麦子。
力なく窓辺にへたりこんでいく姿は、
まさに、10代の私だった。
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井の頭公園で、この市川さんが
「ブランコで遊んでいるところを撮らせてください」と
話しかけてきたときのことを覚えている。
人見知りで、知らない人から話しかけらると絶対に警戒する私なんだけど、
このときは、なんだか、すっと受け入れられた。
組み込まれる、というのか、有無を言わさぬ感じがした。
決して強引じゃないけど。
そのまま、それまでそうしていた通りに
思いっきり娘のブランコを押した。
その後、レンタル屋さんでこのビデオを借りてきて、
これがあの時のフィルムだと、初めて知った。
ほんの1秒くらいのあっという間だけど。
あの人は、本当に映画を作っていたんだ。
この映画のラスト近く、
やっと色々なものを受け入れて、自分自身と和解する麦子。
八百屋お七の舞台に上がる直前、
メイクも衣装も調った顔に、涙が一筋こぼれるシーン。
麦子がうらやましかった。
この年になっても、それを忘れられない。
市川さんと、じっくりお話をしてみたかったのに、それはもう叶わない。
市川さん、わたしは麦子でした。
いつもと同じような、代わり映えしないお弁当。
今日は健康診断に行く日だから、
昨日の夜から、飲食が一切できない。
お弁当作っているとつい、指についたご飯粒とか、
お箸についた調味料とか、口に入れてしまいそう。
うう、危なかった。
一口入れただけでも、アウトだし。
だから今日は全然味をみていない。
しかし、弁当持参で、午前も午後も検診って
ちょっとイヤだなー。
古いLPレコードが出てきた。
銀巴里は薄暗い地下の店だった。
最後のステージの最後の曲。
「最後の曲です。
映画、将軍たちの夜より、アデューアラニュイ、夜よさようなら…」
ぼそっと吐き出すように言い終わると、ちょうどいい間で、前奏が来る。
「ああ、この世の果ての
はるかな旅路を
ひとり暗い過去を抱き
歩くあなたは」
暗い人生でも光は差す、明日を信じてみよう、という歌詞なんだけど、
私は、光と影のあまりの落差に、
いくら愛があっても、人生がそこまで大逆転できるものだろうか、と
どちらかと言えば、アンハッピーエンドの曲だと感じた。
それでも、光の部分の歌い方のあまりの力強さに圧倒されて、くらくらした。
この歌を歌った時の金子由香利さんは、
今の私よりも若かったはずだ。
思えば、二十歳そこそこで、この歌を聴いて、
私は、自分の未来の何を予感できたというんだろう。
いつだって、どこだって、終わりの無い三次元のこの世は、
ここが中心だと思えば中心だし、
ここがこの世の果てだと思えば、そこは果てだ。