「カバラと『生命の木』」の第32回からは、話題は「生命の木」の一番下に位置する第10セフィラ、マルクトへと移る。
以前の記事で既に何度か述べたように、「生命の木」は3つの三角形の構造を持つが、マルクトはそうした三角形の構造から外れ、独立したセフィラである。
他のセフィロトが単一の色彩で表されるのに対して、マルクトは複数の色彩で表される。というのも、マルクトは四等分され、それぞれ地・水・火・風の四大元素が割り当てられているからだ。マルクトは「木」のどの三角形においても機能しないが、「木」のあらゆる活動の最終結果として存在する。「マルクトは他の全てのセフィロトからの流出を受ける」とカバリストが言う所以である。同時にマルクトは霊的向上における最下層、出発点であり、外へと向かう孤の一番外側の点でもある。
一般にマルクトは地の天球と呼ばれる。しかし、この地の天球という言葉が単に地球を意味していると誤解してはならない。それが真に意味するのは、あらゆる自然現象を引き起こす物質界の根本実体、物質の精妙な側面である。それを四大元素と捉えることもできる。地・水・火・風の四大元素とは、実はその中にエネルギーが存在し得る4つの状態、4つの相なのだから。つまり「世界は四大元素で構成されている」とは、「世界は地・水・火・風という言葉で象徴される4つの相の相転移によって成り立っている」ということなのだ。
それについて、更に動画で補足しよう。
カバリストはマルクトに全ての作用の最終結果を見る。対立する一対が地の状態、つまり緊密な結合をもたらす確固たる均衡に到達するまでは、それらの一対は与えられた周期を終えたとは言えない。逆にこの均衡が達成されると、それらの一対は顕現の最終段階に入り、物質界へと顕現することになる。マルクトに関して忘れてはならない重要な点は、ここで安定性が獲得されるということである。他のセフィロトは全て程度の差こそあれ流動的であり、「木」の中央の柱さえ、ただ機能上の均衡を獲得しているに過ぎない。マルクトに配当されたミクロコスモス、肛門と足は、マルクトの持つこの物質化と安定化を象徴的に表している。
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