ここしばらく「キネシオロジーにおける筋反射テスト(筋肉反応テスト)の結果は本当に普遍的なものか」ということを考えていた。そのキッカケとなったのは『パワーか、フォースか 人間のレベルを測る科学』(三五館)である。
『パワーか~』は、著者であるデヴィッド・R・ホーキンズが自身の研究チームに筋反射テストを用いて、世の中のさまざまな事柄に対する人間の意識を1~1000のスケールで数値化した結果(注1)を記したもので、ホーキンズはこの本によってデンマーク王室からナイトの称号を得、韓国政府からも称号を授与されたという。日本でもこの本は、一部のキネシオロジストや精神世界系の人たちからの絶対的な支持を受けている。
(注1)ちなみに、この数値は通常の十進数ではなく、10を底とする対数である、とホーキンズは述べている。つまり、例えば数値が3とは通常の十進表記では1000(=10^3)となる。
それだけ高い評価を得ている『パワーか~』だが、私が自分で筋反射テストを使って追試してみると、本に記された数値にならない(例えば、この本の真実度合いはホーキンズ自身の評価では840だが、私の評価は620)。追試は一度だけではなく、異なる時期に何度も試してみたが、やはり同じだった(注2)。そして、追試を繰り返す中でわかったことが2つある。その2つとは、
1.私自身の筋反射テストの結果は、ホーキンズが言うものと必ずしも一致しない。
2.「私がホーキンズなら」という前提で筋反射テストを行うと、その結果は『パワーか~』に記された数値にかなり近いものになる。
(注2)追試は全てセルフ・テストで行い、もちろんスイッチングなどがないことは当然調べてクリアしている。また私自身の出した結果は、各回でほぼ一致している。
まず1について。
『パワーか~』の「巻末資料B…キネシオロジーテストの詳細」には、筋反射テストによって得られる結果について以下のように書かれている。
弱い反応
嫌い
スワティカ(ナチスドイツの国章。かぎ十字)
ジョセフ・スターリン
ギャングのラップ・ミュージック
強い反応
愛している
アメリカ国旗
マハトマ・ガンジー
クラッシック音楽
(ステップ4より)
テストの結果は、被験者の知識や意見、信念形態、あるいは態度とは関係なく現れることが確認できます。例えばネルソン・マンデラのイメージは、彼に怒りを感じている人種差別主義者であっても、全員が強く反応します。バッハの音楽も、個人的に好きでなくても全員が強く反応し、ヘビーメタル音楽は、好きな人でもみんな弱く反応します。
(ステップ7より)
つまりホーキンズは、「筋反射テストの結果は人類に共通している=普遍的である」という考えのようだが、本当にそうなのだろうか?
例えば、私はスターリンやヒトラー、あるいは卍はもちろん逆卍(ナチスの鉤十字)をイメージしても筋力は変化しない。ところがバッハは好きだが有田正広の演奏する『J.S.バッハ/フルート・ソナタ全集』を聞くと筋力が弱くなる(のに今気づいた。ちなみに、このアルバムはレコ芸推薦だぞ)。
とすると、筋反射テストの結果は「被験者の知識や意見、信念形態、あるいは態度と無関係ではあり得ない」と考えるのが妥当なのではないだろうか。これは、一部のキネシオロジストが主張する「キネシオロジーは筋反射テストを通じて世界意識(あるいは宇宙意識)とつながる」というもの(ホーキンズも多分、これそのものか、これに近い立場だろう)とは正反対の考え方である。
そこで2だ。
あなたが例えば何かに触れ、あるいは見て/聞いて/イメージして、筋反射テストで筋力が弱くなったとしよう。そうしたら「自分が仮に○○さんだったら」と想像して、同じものに触れ/見て/聞いて/イメージして、筋反射テストをした時、最初と全く同じ結果が得られるだろうか? その○○さんは、必ずしも身近にいる、あなたがよく知っている人でなくていい。アインシュタインでも、何だったらキリストでもかまわない(注3)。また、○○さんではなく別の××さんだったら、結果はどのようになるだろう? 誰を想定しても常に同じ結果が得られただろうか?
(注3)例えば上に引用した「巻末資料B」でも、筋反射テストでスターリンやガンジーを評価するのに、評価者がその人物の全てを知っていることを前提とはしていない。そもそも、ある特定の人物についてその人の全てを知ることなど可能だろうか? 例えば、あなたは最も身近にいるはずの自分自身について、どれほどのことがわかっていると言えるだろう?
こうした体験をふまえて、私はホーキンズらとは逆に「『私』の筋反射テストの結果は『私』の世界観の反映である」というふうに結論づけた。つまり、「筋反射テストの結果はどこまでもパーソナルなものであって、決してグローバル(普遍的)ではない」ということだ。そうした考え方に立つと、筋反射テストの新たな展開が可能になる。
そのメソッド?を私は勝手に「空蝉(うつせみ)」と呼んでいるが、要するに患者の体の状態を筋反射テストで探る際、そこに自分とは別の誰かを取り込んで、その人の目で患者を診るということである。すると、それまでは気づかなかった問題が見えてくる。
実は、そうしたことは最近初めて使うようになったのではなく、5年くらい前だろうか、シュタイナーの『神智学』などを読んでいたこともあって、治療でよく「自分がシュタイナーだったら、この患者はどう見えるだろう」みたいなことをやっていた時期があった。その後、しばらく忘れていたのだが、今回のことをキッカケに、改めてメソッドとして使ってみることにしたのである。
この「空蝉」、非常に有用なのだが、あまり多用しすぎると今、自分が誰の意識を借りてものを見ているのかわからなくなることがあるので、その辺は注意されたい。
それから、一部のブログなどで相変わらず『代替医療のトリック』(新潮社)の話題が盛り上がっているようなので、ここでは『パワーか、フォースか』に倣って、『代替医療の~』という本やさまざまな代替療法の真実度合いを筋反射テストによって評価してみたいと思う。もちろん、この結果は単に(無意識の領域を含めた)私の世界観の反映であって、必ずしもそれ以上の意味はないことをお断りしておく。なお評価は『パワーか~』に合わせて1~1000のスケールで行った。
『代替医療のトリック』:260
通常医療(一般的な西洋医学的治療):520
鍼治療:620
カイロプラクティック:540
ホメオパシー:510
ハーブ療法:620
アーユルヴェーダ:570
アロマテラピー:530
オステオパシー:580
キネシオロジー:630
クラニオセイクラル・ワーク:580
マッサージ:520
リフレクソロジー:460
最後に──
私:490
通常医療(一般的な西洋医学的治療):400
鍼治療:510
カイロプラクティック:510
ホメオパシー:501
ハーブ療法:485
アーユルヴェーダ:554
アロマテラピー:514
オステオパシー:610
キネシオロジー:623
クラニオセイクラル・ワーク:611
マッサージ:600
リフレクソロジー:506
・・・あれ?私はカイロプラクターなんじゃなかったっけ??
そして──
失礼を承知で、やっぱりやらずにはいられませんでした。
sokyudo先生:505
私:500
うーーん、色々使ってしまってることで、かえって真実から遠ざかってしまうってことなのか、、、それとも単に自分の不勉強でそれぞれの治療の上限を出し切ることができないだけなのか・・・?
とりあえず精進しときます。
なるほど、そうなりましたか。やっぱり違う数値が出ますねー。こう見ると、私とひろひろひろさんの世界観が違うのがわかります。
とすると『パワーか、フォースか』に載っている数値も、「『人類の』意識レベルではなく『ホーキンズとその取り巻きたちの』意識レベルにすぎない」という考えも、あながち間違いじゃないようですね。
それにしても『代替医療のトリック』の数値がメチャメチャ低いのには笑ってしまいました。
コメントありがとうございます。
私はNさんより地球上の医学や薬をまだ高く買っているようで、
地球上の医学…336
地球上の薬…245
となりました。
>この本の真実度合いはホーキンズ自身の評価では840
とありますが、ホーキンズ博士の評価は810です(私も同じ数値が出ました)因みに同じ医学書で、堀田忠弘氏の書かれた『身体は、なんでも知っている』が【1000】で測定されている様ですが、管理人様の評価は如何でしょうか?
>>この本の真実度合いはホーキンズ自身の評価では840
>とありますが、ホーキンズ博士の評価は810です
そうでしたか。だとしたら私の勘違いです。すみません。
>堀田忠弘氏の書かれた『身体は、なんでも知っている』が【1000】で測定されている様ですが、管理人様の評価は如何でしょうか?
私はその本のことは知りませんでした。そこでまず何も知らないまま、その本について評価したところ、623でした。
次にamazonに行って、その本の写真を見ながら評価したら、今度は736になりました。
とすると、筋反射テストで評価するに当たっては、それについて何も知らないのと何らかのことを知っているのとでは、結果が異なる可能性があるわけです。
要するに、「評価対象となっているものに対する個人的な思い、好み、先入観などは、筋反射テストにおいても完全には排除できない」ということでしょう。そしてこの結論は(ホーキンズが『パワーか~』で“主張していること”ではなく)『パワーか~』に“記述されている内容”と矛盾しません(『パワーか~』はホーキンズの個人的な主義主張を反映した評価結果に満ちあふれていますから)。
『通常医療』(一般的な西洋医学的治療)【97】
『鍼治療』【374】
『カイロプラクティック』【637】
『ホメオパシー』【529】
『ハーブ療法』【4】
『アーユルヴェーダ』【29】
『アロマテラピー』【24】
『オステオパシー』【33】
『キネシオロジー』【633】
『クラニオセイクラル・ワーク』【308】
『マッサージ』【404】
『リフレクソロジー』【400】
私の評価で共通するのは、医学及び薬に属するものは著しく数値が低い事です。今回も例外ではなかったです。故に、何れ薬は20歳未満使用禁止になると思いますし、其の事で医者は報いと受ける日が来ると思ってます。徳川末期の漢方医大家杉田玄白は云いました「元来世に薬なる物は無い。薬と云うのは悉く毒である。故に薬により病を治すのではない。実は毒を以て毒を制するのである」と―
因みに『私』【512】
「科学的に効果が検証できない」と代替医療を徹底批判している『代替医療のトリック』が827でありながら、『通常医療』が97だったり、『カイロプラクティック』と『オステオパシー』という、ある意味、非常に近しい関係にあるものが、一方が637でもう一方が33だったり──と、なかなか興味深い、単純に
>医学及び薬に属するものは著しく数値が低い
といったものだけでは説明できない、ちょっと不思議なパターンを持った評価結果だと思います。
ちなみに、『ホメオパシー』がカイロプラクティックと並んで評価が高いのは、それがまさに
>毒を以て毒を制するのである
という治療法であるからですね。
そうなんですか、其れは知らなかったです。殆ど意味調べずにやったもので、また色々理解してからやれば数値が変動する可能性もある訳ですね^^;
>『ホメオパシー』がカイロプラクティックと並んで評価が高いのは、それがまさに
>毒を以て毒を制するのである
という治療法であるからですね。
確かに両方共「毒を以て毒を制す」と云う事の様ですが、私の中で薬と云うのは「自然治癒能力により体外へ排出されようとする毒素が齎す苦痛及び症状を、一時的に押さえつける」 事なのに対し、ホメオパシーは逆に「毒素により自然治癒能力を引き出す事で治癒へ向かわせる」と云う事の様ですね。 同じ「毒を以て毒を制す」でも意味合いが異なると云う事ではないでしょうか
今度「代替医療のトリック」買って読んでみます^^;
>殆ど意味調べずにやったもので、また色々理解してからやれば数値が変動する可能性もある訳ですね^^;
そうですね。知っているのと知らないのとでは、同じものでも評価結果は違ってくると思います。
「それについて知ったら評価結果も変わる」とは、要するに「世界観が変わると評価結果も変わる」ということ。それこそ「全人類に共通する絶対的な評価基準がある」と主張するホーキンズへの、明確な反証になるでしょう。