呪法セラピーでは、言葉の「音(おん)」と「意味」の両方が作用しているようだということを1で述べた。2では「意味」について更に考えていく。
今回BGMに選んでみたのは、朝ドラ『ゲゲゲの女房』の主題歌でもあった、いきものがかりの『ありがとう』。
世の中には「強い力を持つ言葉」というのがたくさん存在する。例えば「ありがとう」。あの竹田和平さんは「『ありがとう』を1万回唱えると人生が変わるよ」と言い、実際「たまごぼうろ」の生産工場ではずっと「ありがとう」という言葉をエンドレスで流し続けているという。
また序論でも書いたが、ホ・オポノポノで唱える「ありがとう」「ごめんなさい」「許してください」「愛してます」の四つの言葉は、いずれも強い力を持っている。
あるいは治療院的には、「治る」「回復」というのも非常に強い力を持った言葉だ。
だが、これらの言葉は私の採集した言葉のリストには入っていない。なぜか? 私には、これらの言葉を使いこなすことができないからだ。私には、これらの言葉の持つ力を使いこなすだけの器がない。つまり私が使っても効かないのである。
それは、しかし必ずしも不思議なことではない。例えば、鍼というのは非常に有効な治療ツールだが、誰が打っても同じように効く、というものではない。同じことがカイロプラクティックのアジャストメントにも、オステオパシーのリリース・テクニックにも、キネシオテーピングにも、その他多くにも言える。
以前もこのブログのどこかの記事で「『○○という疾患に××という療法は有効か』という質問には意味がない。効果があるかどうかは療法そのものに依存するのではなく、それを使う人の力量に依存するのだから」といったようなことを書いたことがあったが、呪法セラピーでも同じことが言えるのだ。
ただ…鍼もアジャストもリリースもテーピングも、多くの解説書やビデオが出ているし、セミナーも各地で開催されている。一般的には、そういうものを見たり参加したりして練習を積めば、誰でも名人級になれるわけではないにしても徐々に力量は上がっていく。それに対して、呪法セラピーはどうなのだろうか?
(私が知る限り)本もビデオもないしセミナーも開かれてはいないが、使い続けるうちに「ありがとう」や「治る」が使えるようになるのだろうか? 「治る」とテープに書いて貼るだけで症状が見る見る取れていく、といったことが起こせるようになるのだろうか? そもそも、それは努力で上達していくものなのだろうか? 字が上手くなると効果も上がる、というなら努力することもできると思うが、果たしてそういうものなのか? あるいは、何か生死の境をさまようといったような圧倒的な体験が必要なのだろうか?
──今のところ、私にもサッパリわからない。取りあえず言えるのは、単に「力のある言葉を使えば効果がある」ということではない、ということだけだ。
それから、ひなた堂の深山先生が、私とは違う考え方の下によく似た方法を用いて結果を出している話をブログに書いているので、それも合わせて見てほしい。こんなことやってるのは私だけかと思ってたけど、そうでもないんだね。
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全くどこにいくのやら・・・ですよね
恐れ入ります。でも私は、ずっと天才になりたかったけれど、なれなかった人間なので。
そもそも、天才というのは「である(be)」であって「なる(become)」ものではないので、「天才になる」という目標そのものが、もう何もわかってなかったということを物語ってます。
そんな私ですが、天才にはなれなくても変わり者くらいにはなれるように頑張ります。