深く潜れ(Dive Deep)! キネシオロジー&クラニオセイクラル・ワーク(クラニオ)の蒼穹堂治療室

「ココロとカラダ」再生研究所、蒼穹堂治療室が送る、マニアックなまでに深く濃い、極私的治療論とお役立ち(?)情報の数々。

生き様

2021-11-19 10:21:51 | 趣味人的レビュー
NHKはポアンカレ予想を始め、リーマン予想などの数学に関するものや、量子物理学の最先端の内容を扱った『神の数式』シリーズなど、科学系の特集番組を数多く手がけているが、難しい内容を非常に平易に、かつ嘘がないように作られていて、総じて非常に評価が高い。YouTubeに(違法に)アップされている動画につけられたコメントからもそれが覗える。

そのNHKディレクター、春日真人による『100年の難問はなぜ解けたのか』は、NHKスペシャルで放送された同名の番組を本にしたものである。実は私は放送時にこの番組を見ていたので、今更の感があってこれまではこの本を見て見ぬふりをしていたが、ふと思い立って手に取ってみることにした。そして結論から言うと、意外にも得るものが多かった。

この本(と元になった番組)はグレゴリ・ペレルマン(注:本書ではペレリマンと表記されているが、現在はペレルマンと表記するのが一般的なため、ここでもそちらを使う)を中心に、これまでポアンカレ予想に関わった数学者たちの横顔を横糸に、そしてポアンカレ予想を軸にした位相幾何学についての話を縦糸に、構成されている。

1904年に出されながら100年間、誰も解くことができず、世紀の難問と呼ばれ100万ドルの懸賞金までつけられたポアンカレ予想が解決されたことがオーソライズされた(注:この手の数学の論文は、出されてから2年ほどかけて世界中の数学者の手で検証されて成否が認められるため、このような表現にした)のは2006年のことだった。だが、それを解決したペレルマンは賞金100万円の受け取りを拒否し、フィールズ賞の受賞も辞退。それどころか務めていた研究所も辞め、世間との接触を断って森の奥に隠遁してしまったのである。NHKの取材クルーは彼の学生時代の恩師を通じてペレルマンへの取材を試みるが…。

未解決だった数学の難問が解けた、ということでは、四色問題やフェルマー予想が有名だが、四色問題もフェルマー予想も何が問われているかは小中学生でも分かるものだった。それに対して、ポアンカレ予想は何が問われているかを理解することがまず難しい。実はこの予想の条文はカバーにも書かれている。

M^3:closed mfd, π1(M^3)=0⇒M^3=S^3(注:実際は=は~を上下に並べた波打つ=)

mfdとはmanifold(多様体)の略、π1は基本群、S^3は3次元球面(=4次元球体の表面)、波打つ=は位相同型(あるいは同相)を表しているので、これを日本語で書き下すと、「3次元閉多様体M^3の基本群がゼロならば、それは3次元球面と位相同型である」となる。このことが本文では「単連結な三次元閉多様体は三次元球面と同相と言えるか」という形で言い表されているが、いずれにせよ、この条文を理解するには「(閉)多様体」、「基本群」、「単連結」、「位相同型(あるいは同相)」といった言葉の意味がわからなければならない。普通の人(あるいは本書の言葉を借りるなら「数学語を知らない人」)にとっては、この条文を理解することだけでも1つのハードルと言えるだろう。

この本では、そんなポアンカレ予想について条文を理解させようとするのではなく、「地球の形」や「宇宙の形」を調べるという例えで説明してみせる。他にも数学的なさまざまな概念をいくつかの例えで説明しているが、それらは分かりやすい上に決してレベルを落としていないことに改めて驚かされる(もっと言えば、ポアンカレ予想の詳細は確かに専門書を読めば分かるが、それは「専門用語を含めて、それが述べていることを数学的に正確に理解できる」ということでしかなくて、この本にあるような、その予想の背後にポアンカレたちが何を見ていたのかまでは何も書かれてはいない)。

とはいえ、この本(と元になった番組)が本当に伝えたかったことは「ポアンカレ予想とは何か?」、「ペレルマンはどこで何をしている?」ということではなかったように思う。それよりも、画家が描く絵や音楽家が奏でる音がそうであるように、数学者が作る数学もまた、その人の生き様そのものを表している、ということ。それこそ、春日を中心とした取材クルーが最後に行き着いた場所ではなかったか、と私は思うのだ。
 
※「本が好き」に投稿したレビューを採録したもの。
 

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