何だか頭の中でこの曲が聞こえるので、アニメ『BLOOD+』の第2期OPだったHYDEの「Season's Call」とともに(この動画は埋め込みできない設定になっているので、リンクで)。
台風11号から遠く隔たっている南関東でも今日は昼頃から風雨が強まり、外に行けないので『微分積分学』をやっている。去年の10月から始めて、やっと全体の3/4まで来た。現在は微分方程式のところで行き詰まっている。自分のあまりの理解力のなさに吐き気がしそうで、思わずグワーっと頭をかきむしってみたが、それでどうなるものでもなく、今はこうしてブログの記事を書くことに逃げている。
実を言えば、本業はここ何カ月も大幅な赤字で、本来ならこんなことをやっている場合じゃなく、マーケティングとかを猛然と勉強して対策を実施してなければおかしい状況だ。実際、マズイという強い危機感はある。
しかし、思ってしまうのだ。そんなこと(=マーケティングとか)をしてる時間があれば、数学がもう少し進むよな、と。
はっきり言ってバカだ。収益改善のために手を打つどころか、本業と何の関係もなく、やったところでキャッシュを生むはずもないものに膨大な時間を費やしているのだがら。どう考えても正常な思考力を持ったマトモな人間のやることじゃない。
マーケティングとかをやりたくないもんだから数学に逃げてるのか?とも思ったが、もし逃げるんだったら、もっと楽なことに逃げてるような気がする(実際、私はアニメを見るのが大好きだが、それは現実逃避の一面もあると思っている)。
数学を再開したのは約3年半前の震災後のことだが、これまでも、こんなことやってる場合じゃないから数学はもうやめようか、と思ったことは何度もあった。でも結局、何だかんだで続けている。
この間、本屋でひすいこたろうさんの『あした死ぬかもよ』と『あした死んでも後悔しないためのノート』という本を見つけて、パラパラと見ていたのだが、その中にこんな質問があった。
人生最後の日、なにに泣きたいほど後悔するだろうか?
まあ、よくある質問なのだが、それを見た時、自分の中に浮かんだ1つの答は「もっと数学を理解したかった」だった。
「もっと治療が上手くなりたかった」でも「大金を稼いで贅沢してみたかった」でも、もちろん「困っている人をもっと助けたかった」でも「世の中を幸せにしたかった」でもなく、「もっと数学を理解したかった」と後悔して死ぬ、ということに自分でもちょっと呆れたが、それが偽らざる答だ。
ブログにこんな話を書くと、また来る人が減ってしまうかもしれないな。まあいいや、本当のことだから。
数学をやることがそんなに楽しいか?と聞かれれば、むしろ上に書いたように、やればやるほど自分のダメさ加減を見せつけられて落ち込むばかりだ。私はサディスティックな性癖の持ち主でマゾヒストではないので、そんな状況が心地いいはずはない。できれば逃げ出したいと、いつも思っている(し、実際こうしてブログに逃げている)。
ただ、先人たちの知が生み出した、あの圧倒的な美しさというか見事さに触れてしまうと、またそこに戻っていくほかないのだ。世の中にはさまざまな美しいものや見事なものがあるが、数学のそれは他と比べようがない。そこには、この世界がどのように作られ、どのように動いているかが映し出されているのだから。
無理にこじつけるなら、治療は解剖学と生理学が基本になるが、その解剖学と生理学は物理学と化学によって基礎づけられている。そしてその物理と化学を成り立たせているのが数学だ。だから私が数学をやることは本業にとってもムダではない、という理屈が成り立つ。
けれど、もちろんそんなのはただの屁理屈に過ぎないこともわかっているつもりだ。
さて、また数学が呼んでいるので、そろそろ戻るとするか。
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