深く潜れ(Dive Deep)! キネシオロジー&クラニオセイクラル・ワーク(クラニオ)の蒼穹堂治療室

「ココロとカラダ」再生研究所、蒼穹堂治療室が送る、マニアックなまでに深く濃い、極私的治療論とお役立ち(?)情報の数々。

すべてがFにならない 3

2015-12-18 12:01:49 | 趣味人的レビュー

『すべてがFになる』(面倒なので、以下『F』)について、「1」では物語の粗筋を述べ、「2」では物語の中で語られる犀川(さいかわ)創平、西之園萌絵(もえ)というS&Mコンビの推理と、それに対する疑問点、反証を挙げた。ラストとなる今回の「3」では、私自身の謎解きを述べることにしよう。

なお、以下はミステリ作品である『F』の完全なネタバレになるほか、登場人物や物語の粗筋についても知っているという前提で書くので、まだ未読/未見の方で、これから『F』を読む/見るつもりなら、まずはそちらを優先してほしい。


さて、もう一度『F』で語られる事件を整理しておくと

1.真賀田四季の両親である左千朗、美千代刺殺事件
2.真賀田四季?殺害事件
3.研究所所長である新藤清二刺殺事件
4.研究所副所長である山根幸宏刺殺事件

となる。なお『F』はドラマ化、アニメ化されているが、原作とドラマ版、アニメ版では描写が異なる部分がある(例えばアニメ版では山根副所長は殺害されない)。そこで、ここでは基本的に原作を優先することにする。


では、まず1の事件だが、これはほぼS&Mコンビの推理を支持する。つまり、四季は叔父(父、左千朗の弟)である新藤清二と肉体関係を持ち、それを両親に咎められたことで、四季は叔父とともに──実際は叔父の操り人形のようになって──両親を殺害した。

しかし、肉体関係はあったが四季は妊娠していなかった。妊娠していなかったのだから、警察の捜査でも、そういったことが見つからなかったのは当然。父の左千朗が死の間際に言ったという「絶対、許さんぞ」とは、娘が肉親と肉体関係を持っていることに対してのことであって、娘がその男の子供を身ごもって産むと言っていることに対してではなかった。

妊娠していなかったのだから、もちろん四季は出産していないし、子育てもしていない。絶海の孤島、妃真加島(ひまかじま)に建てられた真賀田四季研究所の自分の部屋で、15年間を彼女は1人で過ごした。彼女は部屋から出ることはなかったが、自身の研究では当然、研究所内外の研究者と随時やり取りしていたはずなので、それなりに忙しく充実した時間を過ごしていたと考えられる。

四季のことを犀川は「本物の天才であり神に近い存在」と称するが、だからといって彼女が同業の誰ともやり取りせず、たった1人でひたすら孤独に研究を行い、時々それを一方的に発表していた、などと考えるのは全く現実的ではない。

また研究所で自分の下について研究を行っている人たちに対する日常的な指導・監督・管理なども必要だ。なるほど四季はコンピュータの専門分野では天才かもしれないが、両親との一件を見ると人の心が分からない彼女には、そうしたことはかなり荷が重かったのではないかと思われる(所長である清二のサポートはあっただろうが、彼には研究の細かい部分まではわからない)し、そうでなくてもそうした業務は乳飲み子を抱えて片手間でできるようなことではない。

では、2での真賀田四季の部屋から現れた、ウェディングドレスを着て両手足を切断された「あれ」は誰だったのか?

ここで思い出してほしい。2の事件が起こった時、四季はシステムに細工をして一時的に外部との通信を途絶させたが、それも時間の問題で、やがては警察がやって来ることを(物語でも実際、そうなった)。そして捜査が始まれば、すぐに「あれ」が四季ではないことも分かってしまう、ということを。
つまり「あれ」は、彼女が島を脱出するまでの間、周りの人間の目くらましになればいいものだった。だとすれば「あれ」は本物の死体である必要はないのだ(というより、単なる時間稼ぎのダミーのためにわざわざ手間暇かけて死体に細工するなど、どう考えても全く合理的でない)。

そう、「あれ」はあくまで作り物でよかった。彼女は長い時間を掛けて、自分の等身大の人形を作り、それを本物の死体に見せかけたのだ。あの時、台車型ロボットP1に載せられた「あれ」に、萌絵は「あれは人形じゃない!」と言ったが、あの異常な状況で、非常電源に切り替わった薄暗い中、人形を本物の人間と見間違えたとしても不自然ではない。しかも「あれ」は異様な臭気を放っていたのだから(多分、人形の内部に生肉をたくさん仕込んでおいて腐敗させたのだろう)。


…と、ここまで読んで、あなたの顔には皮肉な笑みが浮かんでいるかもしれない。「おいおい、あの時『あれ』はちゃんと人間の死体であることが確認されたんだぜ。それが人形だったなんて、勘弁してくれよ。しっかり原作を読み直せ!」と。そう、2が起こったあの時、確かに居合わせた弓永医師がウェディングドレスをまくり上げて中をのぞき込み、「これは死後何日もたった人間の死体で、両手と両足が切断されている」と告げたのだった。

なので、ここで医師の弓永富彦という人物の立ち位置の奇妙さについて述べよう。

ドラマ版やアニメ版では述べられていないが、彼は元医師だった新藤清二所長の医学部時代の後輩で、新藤から請われる形で真賀田四季の主治医として妃真加島にやって来たという。元看護師の妻も島に住んでいて、事実上、真賀田四季研究所の嘱託医のような存在だ。

だが、妃真加島はもともと真賀田四季を世間から隔離・幽閉するための場所で、研究所の職員(とその家族)しか住んでいない。キャンプ場もあってシーズン中はそれなりの利用者もいるようだ(実際、犀川研究室もそこでゼミ合宿を行った)が、普段は島にはせいぜい30人程度の人しかいないと思われる。年1回の定期健診くらいしか医師らしい仕事もほとんどなさそうな、そんな島で弓永医師は何をしていたのだろう? 「天才・真賀田四季の主治医」と言えば聞こえはいいが、そもそも四季は閉ざされた部屋の中にいて誰にも会わないのだから、ただの名目だけのものでしかない。そう、10年以上もの間、彼はいわば医師として島で飼い殺しにされていたのである。

なぜ彼がそんなことを受け入れていたのか、についてはもちろん何も分からない(何か後ろ暗いことを医師時代の新藤にもみ消してもらった恩があって、新藤には逆らえなくなったのかもしれない)。だが1つだけ言えるのは、彼がある役割を帯びて、来たるべき四季の計画のために駒として配置されていた、ということだ。その役割とは、「ただの人形を周りの人間に本物の死体だと思わせること」である(医師が「これは人間の死体だ」と言えば、周りはそれを信じるしかなくなる)。

ここで、「あれ」の手足が切断されていたことの謎も解いておこう。S&Mコンビの推理では「指紋を消して死体を四季のものだと思わせること」だったが、それは「2」で反証した。犀川たちに犯人が手足を切断した理由を尋ねられた弓永は、「あれ」をP1に載せるのに重量制限をクリアする必要があったためではないかと語っていて、実際それはアリだ。だが、それだけが理由ではない。

実は「あれ」の手足は四季が最初から作っていなかったのだ。それはなぜか?
理由は3つある。1つ目は、「あれ」はあくまで自分が島を脱出するまで周りの注意を間違った方向に向けておくためのものであり、必要以上に制作に手間を掛けることは合理的ではないため。2つ目は、手足というのは人間にとって非常になじみのある部分であり、誰かがつい触ってしまわないとも限らない。そして、触られてしまえば作り物であることがすぐバレてしまうため。そして3つ目は、「あれ」を「手足が切断された異状死体」と思わせることで、周りの人間を「あれ」から遠ざける効果があること。腐りかけている上に手足が切断されているとなれば、変な性癖を持った一部の人間以外は、専門家である医師を差し置いてわざわざそれを触ったり詳しく調べてやろうという気にはならないだろう(そして、そんな性癖を持った人間が研究所内にいないことも四季は調べ済みだろう)。

ここで、そもそも四季にはそんな人形を作ることができたのか、と疑問を持つ人もいるかもしれない。四季の部屋の前には警備担当が常駐し、搬入される荷物は全てチェックされていたのだから。
しかし、四季は誰にも知られずに「ミチル」というロボットを作っていた。ウェディングドレスという明らかに研究と無関係なものまで購入できていた。このことから、恐らく四季がほしいというものは(中身はチェックされるにしても)ほとんど全てフリーパスだっただろうことがわかる。彼女は人形を作る材料も十分手に入れられる環境だったのだ。
ついでに言えば、四季の専門はニューラルネットに関する研究ということになっている。とすれば解剖学書などを購入したとしても、周囲は少しも不自然だとは思わなかったはずだ。四季の部屋にそうした本があった、ということは物語の中には出てこないが、逆になかったという記述もないので、そうした本も参考にしながら、見た目、自分とそっくりな人形を作っていたとしてもおかしくはない(もちろん、失敗作は他のゴミと一緒にダストシュートを通じて焼却処分していた)。

以上が2についての私の謎解きだ。

かなり長くなってしまったので、後は簡単にいこう。

3、4については、ほぼS&Mコンビの推理を支持する。彼女はシステムに仕掛けた時計のトリックを使って監視カメラに映像が残らないようにして部屋を出て屋上に向かい、新藤所長を刺殺。そして妹の未来(みき)になりすまして、また下に降りたのだ。

ただ、上の弓永医師と同様に、山根副所長の立ち位置が気になる。弓永医師の時ほど確信はないが、私は研究所のシステム運用を担当していた山根副所長も、やはり四季の共犯者だったのではないかと疑っている。それはデボラとそのOSであるレッドマジックを構想・設計したのは四季だが、それをコーディング(=プログラム化して打ち込むこと)し、動作確認テストまで行ったのも四季1人なのか?ということが疑問だからだ。

例えばWindowsにしてもMacOSにしても、その構想・設計・作成・試験までたった1人の人間が全て行っている、などとは誰も思わないだろう。「四季は天才だからそれができたのだ」と言い張ることもできるが、かつてシステム開発の現場にいた者として言わせてもらえば、特に作成(コーディング)や試験(考えられるさまざまな状況を想定しての動作確認テスト)は、ほとんど頭数でこなす力仕事だ。そんな作業に天才が1人で貴重な時間を割くというのは全く割に合わない。

しかもモノは研究所そのものの基幹システムだ。短期間で安定的に稼働するように持っていくためには作業人員を増やす必要がある。そして大人数で作業するためには、みんなで作ったプログラムをチェックし合うレビューが欠かせない。ブログラムに変な仕掛けをしても、レビューで見つかってしまえばアウトだ。

だから、プログラムに今回の仕掛けを入れ込んだのは、開発段階ではなくシステムが安定的に稼働した後だったと考えるのが合理的だ。そして、そんなことが一番自然にできたのは、システム管理・運用担当の山根副所長ということになる(そもそも山根に気づかれることなくシステムを改変するのは至難の業だ)。
もしかしたら山根は四季から、「新藤所長亡き後は、あなたを所長にする」という約束でもされていたのかもしれない。実際、山根は警察の捜査が入る前、ウェディングドレスを着て現れた「あれ」のことは警察には隠しておき、妹の未来(実は四季の成り代わり)を四季の身代わりに据えて研究所をこのまま存続させたい、主張していた。だが、結局それは周りに受け入れられず、このまま捜査が始まれば自分も共犯であることがバレてしまうのでは、と怖くなって、「プログラムを調べていて偶然気づいた」と無関係な第3者を装ってトリックをバラすようなことをしたので、四季に殺された──のかも?


さて、これで私の謎解きは終わった(動機などについても詳しく論じたいが、これ以上長くしたくないので、それについては割愛させていただく)。あなたがこの結論に納得したかどうか私には分からないが、私がこの謎解きを提示することによって、S&Mコンビの推理以外にも考えられる可能性がある、ということは明らかにできたと考えている。つまり彼らの「この状況を作り出せるのは、これ以外にはあり得ない。だからこれが真相」という主張だけは、少なくとも突き崩すことができたわけで、それだけで私は満足だ。


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