深く潜れ(Dive Deep)! キネシオロジー&クラニオセイクラル・ワーク(クラニオ)の蒼穹堂治療室

「ココロとカラダ」再生研究所、蒼穹堂治療室が送る、マニアックなまでに深く濃い、極私的治療論とお役立ち(?)情報の数々。

すべてがFにならない 2

2015-12-11 10:03:57 | 趣味人的レビュー

「1」は『すべてがFになる』(面倒なので、以下『F』)の物語の粗筋を述べただけで終わってしまったので、今回の「2」は物語の中で語られるN大工学部助教授、犀川(さいかわ)創平、西之園萌絵(もえ)の推理と、それに対する疑問点を挙げていくことにしよう。

なお、以下はミステリ作品である『F』の完全なネタバレになるので、まだ未読/未見の方で、これから『F』を読む/見るつもりなら、まずはそちらを優先してほしい。また、登場人物や物語の粗筋については知っているという前提で書くので、必要に応じて「1」も見返してもらいたい。


さて、『F』にはいくつかの事件が出てくる。それを整理しておくと

1.真賀田四季の両親である左千朗、美千代刺殺事件
2.真賀田四季?殺害事件
3.研究所所長である新藤清二刺殺事件
4.研究所副所長である山根幸宏刺殺事件

そして、その中で物語全体の鍵となるのが2であることは言うまでもない。1人しかいないはずの場所から2人の人間が現れるというのは、どういう条件下でなら可能になるのか──犀川と萌絵のS&Mコンビの推理も、それに対する謎解きから出発して、全体の整合性を取る形で作られているようだ。さて、その推理とは──


これも時系列に沿って述べると、以下のようになる。

まず1の左千朗、美千代刺殺事件は、四季と新藤清二の共犯である。

14歳の四季は叔父(父、左千朗の弟)である清二と肉体関係を持ち、妊娠までしていた。そして、その子を産むと話す四季に両親は激怒。左千朗が叫んだ「絶対、許さんぞ!」というセリフは、そのことに向けられたものだった。妊娠を一緒に喜んでくれるものと思っていた四季は両親の反応に動転して思わずナイフを構えるが、そこで固まってしまう。その四季の体を清二が後ろから抱え込んで動かし、左千朗と美千代を殺害したのだ。四季が警察の取り調べで繰り返した「お人形が殺した」という言葉は、人形のように固まってしまった自分が叔父のなすがままに両親を殺した、という意味だった。

無罪放免となった四季は妊娠のことを誰にも告げず、研究所の自分の部屋でたった1人で子供(女児)を産み、育てた。四季の部屋にあった、天才・真賀田四季らしからぬレゴ・ブロックは、部屋の中に別の誰か──しかも子供──がいたことを示唆している。ロボット「ミチル」は、娘がすねてドアの鍵を掛けて引きこもってしまうことがあり、その鍵を外すために作ったものだ。

そんな娘に四季は15歳になったら母である自分と父、新藤清二を殺害するように言い含めながら、今回の計画を練った。四季は結局無罪になったが、強い罪悪感に蝕まれ、清二と共に死んで罪を償うことを考え続けていたのだ。
元々の四季の計画では、自分が死んだ後、娘にその死体にウェディングドレスを着せて部屋の外に出させ、周りがそれに気を取られている隙に部屋を出て清二を殺害する、というものだった。だが、娘がそのプレッシャーに耐えきれず、計画を実行に移す直前に自殺してしまったため、変更を余儀なくされた。四季が娘の死体にウェディングドレスを着せ、P1に乗せて部屋の外に出したのだ。両手足を切断したのは、指紋を消すことで死体を四季のものと見せかけるためだった。

そして、ウェディングドレスを着た死体に皆が気を取られている隙に部屋から出た四季は、真っ直ぐ屋上ヘリポートに向かう。所長の新藤清二は、実はその日はどこにも行っておらず、ヘリの中で自分が殺されるのを待っていたのだ。四季はヘリの中で清二の背中を刺した後、皆が来るのを待ち、妹の未来(みき)になりすまして何食わぬ顔で皆と一緒に下に降り、清二は最後の力を振り絞って無線機を壊して息絶えた。皆が下に降りた後、屋上へのエレベータは動いていないのに所長が刺殺されていたのは、そういう理由による。

では、四季が部屋から出るところが監視カメラに写っていなかったのはなぜか? 実は四季はこの計画のために自分の開発したOS、レッドマジックにある仕掛けを施していた。レッドマジックは稼働し始めた時からカウントダウンが始まり、65535時間後(コンピュータでは16進表示を使うが、これは16進表示でFFFF時間後、つまり時間表示のすべてがF)になると四季の部屋のドアが開くようになっていた。
また、システムの時計を1分だけ実際の時刻より遅くなるように設定し、四季の部屋のドアが開いた後、レッドマジックが異常動作するようにしておいた。システム管理者がそこでシステムをリセットさせると時計が本来の時間と同じになる。すると1分間分の監視カメラの映像ファイルが上書きされて消えてしまい、自分が部屋から出たところが記録に残らない、というトリックだ。

ところが、副所長の山根幸宏はレッドマジックのソースコードを調べる中でこの仕掛けに気づいてしまい、OSをUNIXに切り替えるという挙に出たため、四季によって殺された。実際にOSの切り替えを行ったのは四季で、彼女は島にフェリーが来る時間を見計らい、自分が一般客に紛れてフェリーで脱出できるように、わざと作業を長引かせたのだ。そして彼女は島を脱出した。


以上がS&Mコンビの導き出した推理だ。この推理には実は暗黙の前提がある。それは

・一見あり得ないと思えることでも、それ以外の可能性が全て排除されたなら、残ったそれが真相だ。
・真賀田四季は他の全てを超越した不世出の天才である。

という2点である。
そして彼らは「1人しかいないはずの場所から2人の人間が現れるというのは、どういう条件下でなら可能になるのか」という問いに「ならば、その1人が子供を生んで育てればいい」、いや「その1人が子供を生んで育てたという以外にはあり得ない。だからそれが真相」と結論づけたわけだ。


さて、一見なかなかよくできた推理だが、その中身には非常に大きな疑問がある。

疑問点その1。四季が清二と肉体関係を持っていた、というのはいいが、四季は果たして本当に妊娠していたのか?
四季は警察の取り調べで「お人形が殺した」という意味不明の言葉を繰り返していた。そのことから警察では薬物使用の可能性を含め、徹底的な医学的検査を行ったはずだ。何しろ容疑者は14歳の未成年でありながら博士号を持つ、国民的英雄とも呼べる天才少女だ。捜査には万に一つも落ち度は許されない。仮に妊娠していたなら、そこで判明していなければおかしい。そして、彼女が妊娠していなかったとしたら、その時点でS&Mコンビの推理は根底から崩れてしまうことになる。

疑問点その2。百歩譲って四季が妊娠していたとしても、所長である清二以外、周りの誰にも気づかれず、また誰の支援も受けず、出産経験のない少女が子供を産み、育てることが果たして可能なのか?
四季は確かにコンピュータの分野では天才かもしれないが、実の叔父と関係して妊娠し、それを嬉しそうに両親に報告するほど一般常識に欠けた人間だ。恐らくそれまで自分の時間のほとんどは勉強と研究に費やしてきたはずだから、自力で生活できるのかどうかすらわからない。それが子供を産んで1人で育てる(それも研究をやりながらだ)、というのはいかにも無理がある。(もちろん犀川なら言うだろう、「不可能と思うかもしれないが、真賀田四季にはそれができたんだ。彼女は我々のような凡俗の想像の及ばない天才なんだからね」と)。
また「1」では書かなかったが、四季は多重人格症で交代人格の中には子供のそれもあった、ということが物語の中で語られている。とすれば部屋にレゴ・ブロックがあっても不自然ではない。

疑問点その3。四季は娘の両手足を切断することで指紋を隠し死体を偽装した、というが、それで本当に偽装になるのか?
四季の部屋からウェディングドレスの女が現れた直後からレッドマジックは異常動作を起こし、外部との通信は途絶した(その上、ヘリの無線機も破壊された)。しかしOSをUNIXに切り替えたら通信は回復したし、そうでなくてもフェリーの定期便はちゃんとやって来た。そういう意味で、事件の通報がなされ警察の捜査が入るのは時間の問題だった。
S&Mコンビは四季が死体の身元をわからなくするために手足を切断したというが、指紋がなくても、歯形からでもDNAからでも人物の照合はできるし、司法解剖すればそれが15歳の体か30歳の体かは判別できる。それ以上に、妹の未来の所在を確認すれば研究所に来ていなかったことはすぐにわかる。つまり四季の死体の偽装は、警察の捜査が始まるまでのわずかな間の目くらましにしかならない。犀川が神に近いとさえ称える四季が何年も掛けて準備したにしては、底が浅すぎる。

ほかにもレッドマジックはどのような体制で保守管理されていたのか、など細かい疑問点を挙げればいくつもあるが、上の3つだけでもS&Mの推理がかなり強引な推測に基づいた穴だらけのものであることが分かるだろう。


これは私の単なる想像だが、森博嗣はこの「子供を産むことで1人が2人になる」というトリックを思いついた時、そのアイディアに惚れ込み、それに寄りかかりすぎて、物語の細部をきちんと練ることをしなかったのではないだろうか。

とはいえ、人の推理にケチをつけるだけなら誰でもできる(?)ので、「3」では上記の疑問点を埋められるような「事件の真相」を述べることにしよう。


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