算数でしばしば“つまずきの石”となる項目の1つに、分数の割り算があると言われている。分数の割り算は、割る数(の分子と分母)をひっくり返して掛けることで行うが、なぜそうなるのか分からなくて算数嫌い、ひいては数学嫌いになってしまう児童、生徒が一定割合いるという。
私が数学科の学生だった時、代数学を担当されていたH先生は(私の記憶違いでなければ)授業の中でこの分数の割り算について「そういう風に習うんだから、そうすればいいんです」と言っておられた。数学者でさえ(あるいは数学者だから)そんなことをマジメに考えることはしないのだ。
けれど私は、最近そんなことをつらつら考えていて、ふと答えに辿り着いた。今回はそれについて述べたい。つまり
分数の割り算は、なぜ割る数をひっくり返して掛けるのか?
である。その答えは一番最後に明らかにしたいところだが、いたずらに結論を長引かせるのも何なので、ここで書いてしまおう。これを読んで「ああそうか!」と分かる人は、もうこの先を読む必要はない。
答:分数の表記自体がそうなっているから。
以下、このことについて説明しよう。
現在、広く使われている分数の表記について考えてみる。
「三分の一」という数を分数では1/3と表記する。この「三分の一」という数が表すのは、何か一つのものを3等分したものの1個、ということで、四則演算の記法を用いれば1÷3ということになる。つまり
1÷3=1/3
ここで3とは分数の形で表記すると3/1になり、また1/3は1×1/3ということだから、結局
1÷3/1=1×1/3
となる。つまり1/3という表記そのものが、「割り算は割る数をひっくり返して掛ける」というルールに基づいているのだ。
しかしこれだけだと「それは整数同士の割り算の話で、分数同士の割り算のことじゃないじゃん」などと反論してくる人がいるかもしれないので、もう少し続けよう。
上に述べた分数表記のルールについて、少し違う角度から見てみる。上で1÷3=1/3ということが分かった。これは「割り算を分数表記するには、割られる数を分子に、割る数を分母にする」というルールがあることを示している。それに従えば、
(2/17)÷(11/3)=(2/17)/(11/3)
であり、a、b、c、dがそれぞれ整数でb、c、dがいずれも0でないとすると、
(a/b)÷(c/d)=(a/b)/(c/d)
となるわけだ(そして実際、これで正しい)。ただ(a/b)/(c/d)では形が複雑で使いづらいので、もう少し簡単な形にしたい。そこで分母を払うことにする。使うのは、分子と分母に同じ数を掛けても1を掛けるのと同じで数は変わらない、ということと、(c/d)×(d/c)=1という分数の掛け算だ。(a/b)/(c/d)の分子と分母にd/cを掛けると、
(a/b)/(c/d)=((a/b)×(d/c))/((c/d)×(d/c))=ad/bc
ということで簡単な形になった。
ここで上の式の真ん中の部分を見てみる。分母は1だから分子だけに着目すると(a/b)×(d/c)であり、これが最終的にad/bcになるわけだが、上の式は元々、(a/b)÷(c/d)を計算しようとして出てきたのだった。つまり
(a/b)÷(c/d)=(a/b)×(d/c)
何と「割り算を分数表記するには、割られる数を分子に、割る数を分母にする」というルールで進めてきた結果、やっぱり「割り算は割る数をひっくり返して掛ける」ということになってしまった!(つまり、この2つのルールは同じことを違う言い方で述べていただけだった、ということ。)
だから「分数の割り算は、なぜ割る数をひっくり返して掛けるのか?」を問うことは意味がない。だって「分数の表記(のルール)自体がそうなっているだけ」だから。それは例えば「野球は1チーム9人なのにサッカーはなぜ11人なのか?」を問うことにも似ている。そんなもの論理的に考えても分かるモンじゃない。答えは「そういうルールだから」だ(よって分数表記の仕方(=ルール)が今と違うものになれば、計算方法もまた違うものになる。もちろん、それで計算結果が変わるわけではないが)。
そう考えると、H先生の「そういう風に習うんだから、そうすればいいんです」という言葉は、まさに本質を突いていたのである。
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