なぜ人間は猫🐱に可愛い!Adorable!٩(♡ε♡ )۶chu-♡という万国共通な感情を抱いてしまうのか…
私が人間を捕食する動物だったら猫(犬)で人間をおびき寄せて捕食するに違いない。
私は猫アレルギーなので人間に打つ猫アレルギー防止注射なるものが開発されれば格別、おそらく一生猫と共に暮らす選択肢はない。
きっと今生の行いが悪いことの罰だと思っている。
可愛い毛玉と同じ世界線時間軸で生きているはずのに触れられない苦しみを味わえ、的な。
短い時間だったら多少耐えられることがあるので、アレルギー抗薬を飲んでいる春先なんかに1時間くらい猫カフェに行ったりする。
きちんとお掃除してある所だったら割合問題なく触れ合えたりする。
問題なく触れ合えたりするとはいっても、基本的に猫様は寄ってはこないので、餌でおびき寄せてから遊んでいただくわけだが、わずかな時間でも間近で可愛らしい毛玉を眺めることができるのは大変な至福の時間である。
あー
猫カフェ行きたい。
snsで猫動画見る度、あまりにも可愛すぎてくねくねした☆KIMOI☆おばはんに成り下がってしまう。
SNSで全世界各地で観測される猫様の可愛らしい姿を一挙に拝見できるのはある意味至上の幸せなのかもしれない。
はー
本当になんなのかしらあの毛玉。
幸いまだキュートアグレッション(自分がかわいいと思った対象を目の前にしたときに、対象をつねったり、食べたり、締め付けたりしたくなってしまう衝動のこと)には至っていない。
別に食べたくはない。
可愛すぎて悶えてくねくねするぐらいは許してほしい。