人の話が分からんことがある。
逆に自分の話を分かってもらえないこともある。
説明の仕方が上手下手
地頭の良し悪し
は多分別軸なので
私の説明が悪くてごめんとか
私の頭が悪くてごめんとか
思うこともあれば
私の説明が悪かろうと分かってくれる人は居るし
私の頭が悪かろうが分かるように話の仕方を変えてくれる人はいるので
まぁ
お互いきっと自分のできる範囲内でコミュニケーションしてるのよね、と思う。
しかし生きてると
どうしても相手の言ってること分からないし永遠に分かる気がしない、ということもあれば
きっと私の言っていることを分かってもらえていないし永遠に無理かもしれない、ということもあるので
(それは上手下手、頭の良し悪しとは別に生きてきた文化や主義主張に関係することのほうがよっぽど大きいが)
まぁお互い様だし
なるべく適切な距離を守っていましょうね、と思う。
この「分からん」感じは100+100≒200となる200の反応を期待したのに、155とか245とか出てきたときに特に!?!?となる。
100とか-200とかのときは理解できる。
きっと私の伝えたかった100+100はそれぞれ伝わって、違う主義主張で100の処理が違うのだな、と分かるからである。
155とか245とかのときは、謎の要素があって、その謎の要素が私には分からない。私の100が伝え方が悪くて70と85になってしまったのか、全然違う私の認識できない要素Xがあるのかが私には分からない。とにかく一番混乱する。
あと、
スクラムをがっつり組むようなコミュニケーションを好むのか
袖振り合って趣を感じるようなコミュニケーションを好むのかも
大きな派閥の違いがあるので難しい。
伴侶にこうした「分からん」を感じる事は日常ほとんどなく、引きこもりだと伴侶しかコミュニケーションを取らないので、ちょっと他所の人とコミュニケーションを取ると
ワア (っ'ヮ'c)アァ ... ァ ...
となることがあって困る。
困るというのは、ルールをすっかり忘れてしまっていて突如世界のルールを思い出した!みたいな感じである。
伴侶や適切な距離を保ってくれる他者に常々感謝したい🙏
ありがたや〰️