エゾ中村のブログ

「藤圭子」から「現代医学の功罪」まで、思いの丈を綴ります。 ・・・ From 北海道 ・・・

昭和の奇才『トニー・谷』

2021-07-17 08:06:14 | 芸能・アイドル
私の ブログアイコン は、友人「鈴木 博詞」が 札幌雪祭り市民雪像 の雛形として制作した「古坂 大魔王」の ピコ太郎 です。 粘土像ですが、誰かに似ていませんか? 昭和の ボードビリアン『トニー・谷』 です!

◎『トニー・谷』は、現在も芸人に影響を与える 奇才                
Tony
 
昭和の 軽演劇俳優『トニー・谷』 を覚えている方は少ないと思います。
テレビ放送が始まった頃「榎本 健一」「古川 ロッパ」「三木 のり平」など、個性派俳優 が活躍する時代の一人でした。 『トニー・谷』は、テレビ・映画・舞台・歌手として有名な「植木 等」「藤田 まこと」「森繁 久彌」らと比較しても、人気・実力 において同格の存在だったと記憶しています。 ただし『トニー・谷』のキャラクターは特別でした。 和製英語 や アドリブ を駆使し、上品 なのか 下品 なのか理解できない喋り口は、異色を超えて 奇才 の域に達していました。 ソロバンを楽器の様に使い、テンポよく発する高い声は、独特の響きがありました。 彼を知る天才マンガ家「赤塚 不二夫」の代表作「天才 バカボン」で悪役を演じる “イヤミ” が『トニー・谷』を真似たキャラです。 実際、マンガの “イヤミ” より何倍もアクが強かった様です。

そんな彼が、どうして芸能界から消えたのか? 噂では、舞台裏での 暴言 や セクハラ が過ぎた様です。 気にくわない 共演者 や スタッフ を罵倒したり、女優の身体を触ったりするのですから、当然の如く皆に嫌われます! 「禁煙パイポ」のコマーシャル同様、小指(女性)の問題と大きな口(暴言)が災いし、仕事を降ろされた様です? 

◎ 公開放送の「コント55号」“野球拳”
20110311

昔『トニー・谷』の番組を 何度か観ましたが「コント55号」の登場と同時期(55年ほど前)だったと思います。 確か「萩本 欽一」と「坂上 二郎」が、バラエティー「野球拳」 ジャンケンで負けた女優の衣装を一枚づつ脱がすのがセクシー(当時は低俗)で、人気がありました。 一方 『トニー・谷』の「アベック歌合戦」も、人気があったと思います。 拍子木を操り 踊りながら、出演者に「 あなたの名前はなんてえの~」・「♪ あなたのお国はどこざんす」 軽快に質問するのですから、観ている我々も楽しくなりました。 アドリブが豊富で、頭の回転が非凡な芸人でした。 何より、声とテンポが良かった。 歌手としてレコードを数十枚出し、映画には100本近く出演していた筈です。 本来、ビック(大物)として名を残してもいいボードビリアン『トニー・谷』だったと、私は思います!
 
晩年「立川 談志」が「笑点」の(初代)司会を務めていた頃、芸人仲間の『トニー・谷』を「笑点」のゲストに招こうと声を掛けると「お前が司会するレベルの低い番組に出る気はない」と、またまた暴言を吐き芸能界を 自ら去ったと言う “逸話” もあった様です。 “短気” で “わがまま” だった『トニー・谷』 何とも “痛快” で “スケベ” な “おっさん” でした! 
 
◎「赤塚 不二夫」の “イヤミ” &「古坂 大魔王」の “ピコ太郎”  どちらも『トニー・谷』を真似たキャラクターです。
 

◎ 我がアイコン「ピコ太郎」
 


「クレージーキャッツ」と「ドリフターズ」

2021-07-01 08:16:19 | 芸能・アイドル
私の年代で お笑いグループ と言えば、何と言っても「クレージーキャッツ」です。 テレビスターの 魁 として、華々しい活躍を遂げています。 日本テレビの「シャボン玉ホリデー」では、演奏・コント・ギャグ で人気を集め、一時代を築いた実力派 コメディアン です。 売れたレコードは「五万節」「ゴマスリ行進曲」「スーダラ節」「ハイそれまでヨ」「アッと驚く為五郎」など、数限りなくありました。
昭和 62年から 10年で 30本以上の 映画 を製作したり 紅白歌合戦 にも出演しています。 リーダー「ハナ 肇」の キャラクター が目立っていましたが、やはり スター は「植木 等」だと思います。 ボーカルとして、声量が豊かで 活舌が良いのが、魅力的でした。 グループ全員が 遅咲きで 美男子がいない為、若い女性のファンは少なかった様です。 「ザ・ピーナッツ」と「ハナ 肇」のコントは、まるで 美女と野獣 の雰囲気でした。
 
日本が高度経済成長期「クレージー映画」は、時代を反映し人気がありました。 「植木 等」が主演の作品は、どれも 痛快 で 笑えました。 私は、盆 や 正月 大半の映画を観ています。 「無責任シリーズ」「日本一シリーズ」「時代劇シリーズ」等 しかし、内容が素晴らしいとは、お世辞にも言えません。 単なる 社会風刺の娯楽映画 でした!  

◎「クレージーキャッツ」
左から「犬塚 弘」「桜井 センリ」「ハナ 肇」「谷 啓」「安田 伸」「植木 等」

「クレージーキャッ」は 進駐軍キャンプで、ジャズ演奏を軍人に披露する優秀なバンドマンでした。 それでも、アメリカ人には受けなかった様です。 ある日、演奏の合間に「谷 啓」の後頭部を「ハナ 肇」が、洗面器で叩いたのですから、軍人は「クレージー」と大爆笑。 当時のバンド名「キャバンキャッツ」から「クレージーキャッツ」に、改名しています。 その後 コメディアンの方向に、マイナーチェンジ しています。

ドリフターズ」は「クレージーキャッツ」の 弟子 です。 同じ「渡辺プロダクション」で、厳しく育てられた様です。 特に リーダー「ハナ 肇」は、「ドリフターズ」の「いかりや 長介」「加藤 茶」「仲本 工事」の芸名も、独断で決めたと言うのですから、当時の 師弟関係 が分かる気がします。 「 8時だよ!全員集合」の企画も「クレージーキャッツ」が たてたのですですから、偉大な 先輩達 です。

「クレージーキャッツ」は 10年ほどで、おのおの 俳優 や 音楽家 としてグループを離れて活躍しています。 「植木 等」「ハナ 肇」「谷 啓」「犬塚 弘」は 俳優 として、晩年は渋い(立派な)仕事をしたと思います。 

残念ながら「クレージーキャッツ」も「ドリフターズ」も 生存者が少なく、今観たいと思っても 録音・録画 に限定されます。 「 昭和 は 遠くなりにけり」でしょうか? 我が 昭和 も、風前の灯火 です!

懐メロ『ピンクレディー』

2021-05-06 08:19:32 | 芸能・アイドル
ある日、車のラジオから流れる音楽を聴き、懐かしさが蘇って来ました。 『ピンクレディー』が歌う「U・F・O」でした。 リズム・メロディ・ハーモニー、耳障りが良い楽曲です。「いつ頃 流行ったのだろう」振り返ると、1970年代の曲でした。 正に ‟懐メロ” です。 昭和を知らない人達は、現役の『ピンクレディー』を観た事がない事になります!
「ペッパー警部」「S・O・S」「サウスポー」「ウォンテッド」など、記憶に残る ‟ヒット曲” が 数々ありました。 50年前の ‟楽曲” とは思えません。   

◎「ピンクレディー」左:ミー 右:ケイ

 
『ピンクレディー』は、1974年 ヤマハ音楽が主催するオーディションに合格し、その後 華々しくプロデビューしました。 当時、奇抜なステージ衣装から ‟セクシー系アイドル” として、子供から 大人まで 人気を集めました。 私も、ファンの一人でした。  
二人組 ミーケイ は 共に静岡県出身で、歌 と 踊り は ‟レベルが高かった” と思います。 特に、二人の掛け合いは素晴らしい。 僅かな声域の違いを、見事に幅のある音楽に 盛り上げてくれた。 歌謡曲の ‟極み” だと思います!
 
なぜか『ピンクレディー』は、5年ほどで解散してしまいました。 それぞれが、ソロ活動(歌手・タレント)に転身しています。 理由は分かりませんが、セクシーな舞台衣装が 嫌になったと想像します。 楽曲のイメージと言え、年頃の女性ですから 肌を晒す事に抵抗があったと思います。 また、後にデビューした「松田 聖子」「中森 明菜」に、人気を奪われたのかも知れません。 

あれから 40年 いや 50年、ミーケイも さぞかし年を取ったと思いきや、偶にテレビで観る容姿は若々しい。 確か 二人とも、還暦を超えている筈です。 芸能人の気構えか 美容に心掛けているのか、良い年を重ねていると思います。 何度か、期間限定で『ピンクレディー』を再結成していますが、さすがに 50年前の 歌 と 踊り を披露しても、時代錯誤としか思えません。 ‟演歌” と違って、‟流行歌” は 社会を反映する ‟歌詞” が多く、今の時代 受け入れるのは 難しい。 作詞家「阿久 悠」が手掛けたヒット曲の多くは、既に ‟懐メロ” になっている様です。「歌は世につれ 世は歌につれ」でしょうか? 

『ピンクレディー』が活躍して以降、女性二人組アイドルの登場を 観た事がありません! あ~ 一組だけですが、 知っています。 ‟北海道出身” のアイドルです。

◎「WHY@DOOL」ホワイドール


近年「モーニング娘」「AKB 48」「乃木坂 48」など、大人数のユニットが活躍しています。 派手な 衣装 と 踊り は、観て 綺麗 で 迫力 があります。 しかし、楽曲が素晴らしい事と やや隔たりがある様です。 熱狂的なファンは、音楽より好きなタレントとして、応援している思います。(疑似恋愛か)
 
‟アイドルグループ” が全盛の中、札幌出身の二人組「WHY@DOOL」が ビクター音楽産業から ‟メジャーデビュー” しました。 実は、写真:右の子は 我が ‟従弟の娘” です。 『ピンクレディー』の再来(判官びいき)と期待されましたが、デビューから 5年ほどで解散してしまいました。 原因は ‟人気アイドルグループ” に注目が集中した事と、‟新型コロナウイルス” の蔓延で ステージに立つ事が出来なくなった為です。(既に 芸能界を引退しましたので、本名は伏せさせてください) しかし、二人のキャリアは 今でも健在です。


引退したのは 残念です。 いや、従弟は ‟大喜び” でした。 芸能人から 一般人に、良いタイミングで転身出来た事を 心底 ‟歓迎” しています。 無事に ‟帰郷” できたのですから、安心したと思います。 
やはり、芸能界は競争が激しい。 それに、逆風の ‟新型コロナ” ですから、アイドル達の ‟氷河期” です。 「進むも地獄・退くも地獄」と思います。 さぞかし、アイドルグループの ‟親御さん” は 心配している思います。 ご察し致します。 

『ピンクレディー』の話が ‟脱線” し、身内の「WHY@DOOL」を 紹介してしまいました。 ご勘弁 ください。       

検証『藤 圭子』

2021-04-18 08:13:44 | 芸能・アイドル
演歌人気が低迷し、30年前に歌手を引退した『 藤 圭子 』の関心など、世間では ほぼ消え失せたと思います。 しかし、一部に熱狂的なファンは存在します。 おそらく、私もその中の一人でしょうか? ただし「お前は現役時代から『藤 圭子』のファンだったのか」と聞かれると「実は 数年前にファンになりました」としか、答えられません! 事実 2013年『藤 圭子』が転落死した事件を知るまで、演歌 にも 彼女 にも興味がありませんでした。 ある日『藤 圭子』の本名が「阿部 純子」で 昭和26年生まれと知り、5~8歳頃 近くに住んでいた “ジュンコ” を思い出し、余りにも共通点が多い事に驚きました。 そこで、自分なりに調べてみました。 しかし、‟ジュンコ” と『藤 圭子』が 同一人物 か 別人 か、現時点で 確証はありません。 

◎ 2013年 転落死した『藤 圭子』



・・・・・① 疑問・・・・・
 
‟YouTube” で、1993年にテレビ放映された「日高晤郎のスーパーサンデー」を観ました。 北海道のローカル局(STV)で、日曜日の午後 9時半から 30分の「日高」が司会をする 歌とトークが主体の公開(生)放送です。 多分、私はその番組を観たと思いますが、20年以上前の放送ですので、正直言って記憶はありません。 映画界出身の司会者「日高」が、毒舌で鋭いトークを連発する為、多くのゲストは質問に答えるのに苦労するのが、視聴者に支持されていました。 『藤 圭子』は、現役を引退し 42歳の時でした。 私は 彼女の受け答えに、精神病を患っていたとは、到底 信じられませんでした。 寧ろ、センスあるトークが出来る ‟知性” すら感じた次第です。 精神病患者が、常人を装って 30分間も人前で演技する事は出来ません。 然らば、テレビ出演後に 精神病を発症したと言うのでしょうか? 『藤 圭子』精神病説が、どうしても納得できません!

・・・・・② 疑問・・・・・

『藤 圭子』が亡くなり、待ってましたと言わんばかりに、30年以上前のインタビュー㊙ネタを 公開した作家「沢木 耕太郎」に疑念を抱きます。 そもそも「流星ひとつ」は、一人のスターが ‟投身自殺” をした事を示唆するタイトルで、過去のインタビューとは 何ら関係ない ‟売りたい” が為の タイトル です。 作家根性なのか利益の為か、反論できない故人に対し最大の侮辱だと思います。(本人の同意を得たと思えない) 文章の中で「精神を病み、永年奇矯な行動を繰り返したあげく、投身自殺した女性」と、何の根拠もない記述を公に晒した事に 憤慨します。 芸能人にも、人権はあるのです。 他人のプライバシーを捏造する様な、三流芸能誌レベルの書き込みは止めて欲しい。 勝手な憶測で、故人を ‟精神病患者” とか ‟奇行の挙句に投身自殺” とか、稚拙な内容(真実を究明していない)で原稿料を稼ごうとする「沢木 耕太郎」の「流星ひとつ」が、どうしても納得できません!
 
・・・・・③ 疑問・・・・・

『藤 圭子』は、1982年から「宇多田 照實」と 結婚 と 離婚 を繰り返しています。 その理由は「宇多田 ヒカル」いわく「些細な原因・ゲーム感覚」だったそうです。 しかし、7度目の離婚で夫婦生活が 完全に終わった様です。 その後『藤 圭子』の奇行が噂されています? ただし、真実は分かりません! 勝手な想像ですが『藤 圭子』は「宇多田ヒカル」の飛躍を確信し、自らの意志で 夫 と 娘 から距離を置いたと思います。 親離れであり、子離れでもあります。 何も、ギャンブルに狂った訳でも、若い男に走った訳でもない筈です。 自殺したとされるマンションで同居していた 30代の男性は、同郷(札幌市在住)の元演歌歌手「松村 和子」(ヒット曲 「帰って来いよ」)の息子で、マネージャー的な存在と分かっています。 男と女の 深い関係ではありません。 何と言っても『藤 圭子』は 昭和の ‟歌姫” です。 平凡な社会生活は、現実的に無理があったと思います。 「宇多田 ヒカル」が、母親の為に世話人を善意で斡旋した(雇った)と考えられます。 娘「ヒカル」がビックに育ててくれた偉大な『藤 圭子』に、敬意を払ったとすれば納得できます!

・・・・・④ 疑問・・・・・

『藤 圭子』と 生前交流があった ‟芸能人” の反応が 不可解です。 同じ時代 切磋琢磨した仲間の死を、哀れむ人が余りにも少なかった。 前夫「前川 清」が 哀悼の意を示したにも関わらず、他の芸能人は無関心を決めた様に沈黙を決めています。 そこには 異端児に対する、嫉妬が感じられます。 20代で芸能界を引退し アメリカで「宇多田 ヒカル」の ‟英才教育” を始め、尽く成功した実績です。 ‟歌姫 が ‟歌姫 を産んだ、誰も信じられない ‟奇跡” です。 精神病患者に 出来る所業ではありません!

◎ 平成の歌姫「宇多田 ヒカル」と 昭和の歌姫『藤 圭子』

芸能界で コメントを発したのは「武田 鉄矢」でした。 『藤 圭子』の歌唱力を、人一倍 絶賛しているのが 嬉しい。「良いものは 良い」と! 
出来れば、ステージで張り合った 大御所「北島 三郎」のコメントを聞きたかった。「俺より 歌が上手かった」と!(お世辞でも故人を偲んで欲しかった) 

『藤 圭子』の ‟画像”・‟音声” は、数多く残っています。 我々の年代は 一時期の思い出として、若い世代は ‟昭和歌謡” の ‟検証” として「観る価値 聞く価値」は あると思います。 何と言っても、彼女の ‟サクセスストーリー” は ‟圧巻” です! ♪ 15・16・17 と~わたしの人生暗かった・・・ ♪ 


1メートル(一命取る)

2021-04-12 08:12:56 | 芸能・アイドル
 1メートルは、一命取る(いちめいとる)とも読めます。 建築現場などに「1メートルは 一命取る」と、高所作業に注意を促す安全標語が見掛られます。 確かに 打ち所が悪ければ、1メートルの高さでも 転倒しケガをしたり死亡する事があります。 あくまでも標語は、事故をなくす為の 注意勧告 です。 やはり 高い場所は、間違いなく危険なのです!
 
現代人は、数十メートル・数百メートルと、高層マンションで生活(居住)するのに、何の戸惑いもない様です。 高層階が好きなのか? 利便性が優れているのか?、選択するのは個人の自由です!
私の感想ですが、転落による事故は少ないと思います。 窓・ベランダ・非常階段、危険な場所は沢山あります。 案外 高層マンションの住人は、常に細心の注意を払っている筈です。

◎ 2007年 転落死した ZARD「坂井泉水」
 

◎「坂井 泉水」が 転落死した現場
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 2007年5月の日刊スポーツ(一面)を掲載しました。 ✖ 印は、ZARD (ザード)の「坂井 泉水」が、転落し亡くなった地点です。 死因は 後頭部 脳挫傷で、場所は 東京都信濃町の「慶応義塾大学病院」の非常口付近だった様です。 正に「1メートルは一命取る」の証明です。 しかし、建築現場の標語は別にして、何故か現場に違和感を覚えます。 結果的に 謎の死 として処理されたそうですが、事故にしても自殺にしても、状況は余りにも不自然です。 自殺にしては、飛び降りた地点が低過ぎる? 事故にしては 体重の軽い坂井さんが、致命傷を受ける高さではない? ましてや 大学病院の敷地内で、治療が遅れる筈はない!

事故現場は、ガン治療の為に入院中の「坂井さん」が、毎朝の日課として散歩する患者用のスロープ(歩行運動用)の様です。 高さが1メートル強の手摺があるので、そこを踏み越えなければ落下する事はありません。 捜査関係者は「手摺の部分に 坂井さんのものと見られる手の跡が残っていた。手摺に腰を掛けていて、そのまま後方に転落したのではないか」と言う見解を示唆していたそうです。 不可解です。 発見が遅れたにしても、そこは病院の敷地内です。(即死とは 考えにくい) 
 
手摺に腰掛けた姿勢で そのまま後方に転落した」 自殺 か 事故 かの判断は別にして、人間の行動は「千差万別」「自由気まま」なものです。 近くに人目がない場合、往々にして危険な行動をする事もあるのです。 特に、大きなステージで大勢の人達を前に立つ(女性)ミュージシャンは、一般人より度胸がいいと思います。 案外、スリルを楽しむ傾向があるのでは? 「手摺に腰掛け一休み」その結果、誤って滑り落ちた!
 
何を言いたいのか? 2013年「藤 圭子」が、高層マンションから転落死した状況は「坂井 泉水」と同じと言いたい。 自殺ではなく 事故と ! 「坂井 泉水」は、報道で ‟謎の死” と報道されているので少しは救われます。 しかし「藤 圭子」は、確たる証拠が無いまま「奇行の挙句 投身自殺」とレッテルを張られ、永久に汚名が残るのは悲しい。 「坂井 泉水」&「藤 圭子」の一ファンとして、何とも遣る瀬無い(虚しい)出来事でした! 

◎ 2013年 転落死した「藤圭子」


* 宜しければ、回想 『藤 圭子』を ご覧ください。