桜の木には蕾がつき始めていた。まだまだ朝晩は肌には寒さがしみこみ、冬をなんとか生き過ごしてきた人たちは暖かい春を待ち望んでいた。
そのような日に、阪神タイガースの帽子を被り、そしてしみのついたジーンズをはいた身長が百八十センチぐらいで、眉毛はきりっとして目はぱっちり、鼻は低くなく高くなく、髪を七三に分けた男が、富吉町にあるマンションに引っ越してきた。
男の名は、。
正明は、T大学部の医学部をトップの成績で卒業し、教授から懇願され大学病院に勤務しているが、医学だけでは人の命を救えないのではと疑問を持ち、科学、哲学、祈祷、陰陽道そして占いを独学で学んでいた。
それを実践するために、病院の休祭日は、Mデパートで祈祷占いを行っていた。
川端の桜の木々にそれなりのつぼみをつけはじめていた。
十時開店の三十分前に、Mデパートの従業員入り口に入って、五階まで階段を上って、その片隅の部屋の扉を開けた。
その部屋は、三畳ほどの面談場所と奥に四畳半ほどの祈祷場所に分けられていた。
まず、「祈祷・占い(医学博士)」 と書かれた旗を持って、部屋の外に立て、再び部屋に入り、ナップサックから、白衣、脚絆、鈴懸という上衣、袴を出して、身につけ、引敷と貝の緒を腰に巻いた。
修験者の姿になった正明は、椅子に腰かけて、のぞき窓を見ながら、客の来るのを待った。
しばらくすると、数メートルほど離れたところで、旗を見て、入り口で躊躇している仕立ての立派な服を着た品の良い初老の男が、意を決して、ドアーを開けた。
「あっ」男は、驚きか恐怖からか大声をあげた。
「御用の件は何でしょう?」正明の声は、男の感情を鎮めるほどの低い声であった。
「祈祷をお願いしたいのですが」
「どうなされましたか」
「娘が病を患いまして、体中発疹ができて苦しんでいます。いろいろな医者に見せたのですが、少しもに良くなりません」
「それは、金神の祟りかもしれません」
「どうすればよいのでしょうか」と男は苦しそうにいった。
「まずは、娘さんに会わせてください」
相手の希望で、正明が、往診することになった。
片付けて、着替えも終えた正明は、男の後について行った。
日本橋の駅からわずかなところにあるこぎれいな料理屋で、紺地に白で山善と染め抜かれた暖簾を正明は、くぐった。
「あなた、お帰りなさいませ」と妻らしき女が出迎えた。
「正明さま、どうぞおあがりください」
男は、女に正明を紹介した。
女はすぐに娘の部屋に正明を案内した。
正明は、娘が起きようとするのを制止して、しばらくの間、顔や体にできている発疹をつぶさに見た。そして、
「熱はありますか」といって、正明は娘のおでこに手を当て、次に手首を取って目をつぶった。
「いかがでしょうか」男が心配そうにいった。
「やはり、金神の祟りです」
「よろしければ、近々祈祷して、金神の祟りを払いのけましょう」
「御祈祷のお代はいかほどでしょうか」
「お気持ちで結構です」
正明は、翌日の祈祷を約束して、山善を後にした。
祈祷の約束の日、日曜日の朝七時。
正明はシャワーを浴びて、身体を清めた。
そして、行李から祈祷用の着物をかばんに入れて、祈祷道具が入っているリュックを背負ってマンションを出て、薬局によってから山善を訪れた。
娘の部屋に案内された正明は、部屋の一角に三本垂らした〆の子(藁)と紙垂(しだれ)とともにつけられた簡単な注連縄で囲を作り、祭壇を組みたてた。そして、箱宮の扉を開き、お札と三角に折った紙の包みをそこに入れ終わると、白の浄衣に紙を綾にしたかつらのようなものをかぶった。
「娘さんを呼んでください」と正明は主人にいった。
しばらくしてきた娘を呼び込み、筒から大幣を取って祈祷を始めた。
「たかあまのはらにかむづまります かむろぎかむろみのみこともちて すめみおやかむいさなぎのみこと つくしのひむかのたちばなの おどのあはぎはらに ~ 山善の娘の腫物をなくしたまえ ~ かしこみかしこみもうす」
「リン、ピョウ、トウ、シャ、カイ・・・」大声で呪文を唱えながら懐から取り出した細かく切られた紙を掌に載せ「やっ」たに息を吹き付け、「立ち去れ!悪霊!と叫んだ。す
ると、その紙が蛾のように娘の周りを舞った。
正明は、呪文を唱え続けた。
山善の夫婦は、正明の祈祷を見て、いかさまではないかと疑った。
祈祷を終えた正明は、神棚に一礼してから、娘の手を取って、囲いからでた。
「このお札は山善さんの神棚に、そして、この三角に折った包みは朝餉の後に飲んでください。娘さんにとりついた悪霊を払います」と主に向かって、正明は箱宮から出した札と三角に折った包みを差し出した。
「ありがとうございました」と主は厳かに受け取り、そしてそばに置いてあった包んだものを手に取り、正明の前に置いていった。
「些少ですがお代です。お受け取り下さい」
「ありがとうございます」
山善を後にした正明は、途中で赤ワインを買って帰った。
数日後の土曜日、山善の夫婦と娘が、デパートにいる正明を訪ねてきた。
「おかげさまで、娘がこの通り元気になりました。ありがとうございました」と言って、手土産を置いて帰って行った。
山善の一件が、評判になり、客が増えてきた。
その客の悩みをことごとく解決したので、さらに評判をあげ、正明のコーナーには列を作って並ぶため、他の店から苦情がくるようになった。
そのため、正明は、ウエブでの予約制にすることにした。
満開の桜の木の下で、家族やグループの人々が、飲んだり食べたり、笑ったりしている公園を通り過ぎて、正明は、デパートの仕事場に入った。
一番の予約を取っていた女性が、扉の前で待っていた。
年は正明より上に見え、顔かたちは十人並みとまではいかず、スタイルはというとやや太り気味であった。
「ちょっと待っていてください」
(何処かで見かけた女性だが)正明は、記憶をたどっていたが思い出せなかった。
着替えの終わった正明は、「一番の方、お入りください」とマイクに向かって声をかけた。
入ってきた女性は、正明の姿を見るや声を上げそうになり、口元を手で抑えた。
「ご心配なく、これは作業服です。どうぞおかけください」
女性は、落ち着きなく椅子に腰を落とした。
「どうされましたか」
「占ってほしいのです」
「恋愛関係ですか」
「そうです」女性は、驚いた。
「分かりました。占いは三つの種類があります。一つ目は算命学に基づく外見で、三千円。二つ目は、外見と陰陽道に基づくもの、五千円、三つめは筮竹(ぜいちく)を用いて行う略筮法で、一万円になります。順番が上がっていくほど、当たる確率が高くなります。どれにしますか」
「二つ目の陰陽道でお願いします」
「分かりました。では、具体的にお話しください」
女性の話を聞き終えた正明は、道具箱から文字と二つの円が書かれた布を取り出し、畳の上に広げて、巾着より二枚の寛永通宝を手に取り、瞼を閉じた。
三十分過ぎて、重々しく寛永通宝をそれぞれの円に置き、静かに目を開いた。
「花と風」と正明は読み取った。
「盛りの花の大雨にあうがごとしとでています」
「それは吉ですか、凶ですか」と女性が心配そうに聞いた。
「凶です」と正明は静かに答えた。
「どうしたらいいでしょうか」
「大凶ではないので、祈祷で少しでも良い方向に変えることができるかもしれません」
「祈祷は、いかほどですか」
「お気持ちで結構です」
「そうはいっても」
「では、五千円でいかがでしょうか」
「はい、お願いします」
女性からの返事を得ると、女性の願い事を聞いた。
その女性は、男に一目惚れしたが、声もかけられずにいて、なんとか相手の男と交際したいとの願い出あった。
「では、奥に」
部屋には、三本垂らした〆の子と紙垂とともにつけられた注連縄で囲われた祭壇があった。
女性を祭壇から離れたところに座らせた。
正明は、別室で白の浄衣に着替え、紙を綾にした被り物をかぶって、女性の前に現れ、祭壇の箱宮の扉を開き、お札と三角に折った紙の包みをそこに入れた。
そして、女性に向き合って、祈禱を始めた。
「たかあまのはらにかむづまります かむろぎかむろみのみこともちて すめみおやかむいさなぎのみこと つくしのひむかのたちばなの おどのあはぎはらに ~ ここにいる女の恋を成就したまえ ~ かしこみかしこみもうす」と唱えながら、細かく切られた紙を懐から取り出し、「やっ」たに息を吹き付け、「恋よ成就したまえ!」と叫んだ。
女性は、正明の挙動の一つ一つを見逃さぬよう見つめていた。
「これで、あなたが恋した男とは、うまくいくとは思いますが、まずは、あなたがその男に声をかけなければなりません。いいですか、勇気をもって、声をかけてください」
「分かりました」
しばらく、女性は下を向いていたが、意を決したかのようで口を開いた。
「先生、私とお付き合いしてください」
想像を絶した正明は、ただ女性の顔を見つめているだけであった。
「恋している相手は、先生なんです」
「どうして」
「あなたが、マンションに引っ越してきたときに、一目ぼれをしてしまったんです」
「あなたは、あのマンションの住人ですか」
「はい」
正明は、途方に暮れた。
「先生、どうされましたか。先生は先ほど私が、恋をした男とうまくいくとおっしゃたではありませんか」
「確かにそう言いましたが」
「じゃあ、うまくいくんですね」
それから、正明は、デパートでの商売はやめて、その女性と付き合い始め、一年後に結婚した。
そして、正明は、T大学の医学部の教授になり、妻となったその女性は、あのデパートの一角で占い・祈祷を始めていた。
今日も一角の部屋で、正明の妻は、迎えた客に向かって、
「当たるも八卦当たらぬも八卦」と言った。
完
そのような日に、阪神タイガースの帽子を被り、そしてしみのついたジーンズをはいた身長が百八十センチぐらいで、眉毛はきりっとして目はぱっちり、鼻は低くなく高くなく、髪を七三に分けた男が、富吉町にあるマンションに引っ越してきた。
男の名は、。
正明は、T大学部の医学部をトップの成績で卒業し、教授から懇願され大学病院に勤務しているが、医学だけでは人の命を救えないのではと疑問を持ち、科学、哲学、祈祷、陰陽道そして占いを独学で学んでいた。
それを実践するために、病院の休祭日は、Mデパートで祈祷占いを行っていた。
川端の桜の木々にそれなりのつぼみをつけはじめていた。
十時開店の三十分前に、Mデパートの従業員入り口に入って、五階まで階段を上って、その片隅の部屋の扉を開けた。
その部屋は、三畳ほどの面談場所と奥に四畳半ほどの祈祷場所に分けられていた。
まず、「祈祷・占い(医学博士)」 と書かれた旗を持って、部屋の外に立て、再び部屋に入り、ナップサックから、白衣、脚絆、鈴懸という上衣、袴を出して、身につけ、引敷と貝の緒を腰に巻いた。
修験者の姿になった正明は、椅子に腰かけて、のぞき窓を見ながら、客の来るのを待った。
しばらくすると、数メートルほど離れたところで、旗を見て、入り口で躊躇している仕立ての立派な服を着た品の良い初老の男が、意を決して、ドアーを開けた。
「あっ」男は、驚きか恐怖からか大声をあげた。
「御用の件は何でしょう?」正明の声は、男の感情を鎮めるほどの低い声であった。
「祈祷をお願いしたいのですが」
「どうなされましたか」
「娘が病を患いまして、体中発疹ができて苦しんでいます。いろいろな医者に見せたのですが、少しもに良くなりません」
「それは、金神の祟りかもしれません」
「どうすればよいのでしょうか」と男は苦しそうにいった。
「まずは、娘さんに会わせてください」
相手の希望で、正明が、往診することになった。
片付けて、着替えも終えた正明は、男の後について行った。
日本橋の駅からわずかなところにあるこぎれいな料理屋で、紺地に白で山善と染め抜かれた暖簾を正明は、くぐった。
「あなた、お帰りなさいませ」と妻らしき女が出迎えた。
「正明さま、どうぞおあがりください」
男は、女に正明を紹介した。
女はすぐに娘の部屋に正明を案内した。
正明は、娘が起きようとするのを制止して、しばらくの間、顔や体にできている発疹をつぶさに見た。そして、
「熱はありますか」といって、正明は娘のおでこに手を当て、次に手首を取って目をつぶった。
「いかがでしょうか」男が心配そうにいった。
「やはり、金神の祟りです」
「よろしければ、近々祈祷して、金神の祟りを払いのけましょう」
「御祈祷のお代はいかほどでしょうか」
「お気持ちで結構です」
正明は、翌日の祈祷を約束して、山善を後にした。
祈祷の約束の日、日曜日の朝七時。
正明はシャワーを浴びて、身体を清めた。
そして、行李から祈祷用の着物をかばんに入れて、祈祷道具が入っているリュックを背負ってマンションを出て、薬局によってから山善を訪れた。
娘の部屋に案内された正明は、部屋の一角に三本垂らした〆の子(藁)と紙垂(しだれ)とともにつけられた簡単な注連縄で囲を作り、祭壇を組みたてた。そして、箱宮の扉を開き、お札と三角に折った紙の包みをそこに入れ終わると、白の浄衣に紙を綾にしたかつらのようなものをかぶった。
「娘さんを呼んでください」と正明は主人にいった。
しばらくしてきた娘を呼び込み、筒から大幣を取って祈祷を始めた。
「たかあまのはらにかむづまります かむろぎかむろみのみこともちて すめみおやかむいさなぎのみこと つくしのひむかのたちばなの おどのあはぎはらに ~ 山善の娘の腫物をなくしたまえ ~ かしこみかしこみもうす」
「リン、ピョウ、トウ、シャ、カイ・・・」大声で呪文を唱えながら懐から取り出した細かく切られた紙を掌に載せ「やっ」たに息を吹き付け、「立ち去れ!悪霊!と叫んだ。す
ると、その紙が蛾のように娘の周りを舞った。
正明は、呪文を唱え続けた。
山善の夫婦は、正明の祈祷を見て、いかさまではないかと疑った。
祈祷を終えた正明は、神棚に一礼してから、娘の手を取って、囲いからでた。
「このお札は山善さんの神棚に、そして、この三角に折った包みは朝餉の後に飲んでください。娘さんにとりついた悪霊を払います」と主に向かって、正明は箱宮から出した札と三角に折った包みを差し出した。
「ありがとうございました」と主は厳かに受け取り、そしてそばに置いてあった包んだものを手に取り、正明の前に置いていった。
「些少ですがお代です。お受け取り下さい」
「ありがとうございます」
山善を後にした正明は、途中で赤ワインを買って帰った。
数日後の土曜日、山善の夫婦と娘が、デパートにいる正明を訪ねてきた。
「おかげさまで、娘がこの通り元気になりました。ありがとうございました」と言って、手土産を置いて帰って行った。
山善の一件が、評判になり、客が増えてきた。
その客の悩みをことごとく解決したので、さらに評判をあげ、正明のコーナーには列を作って並ぶため、他の店から苦情がくるようになった。
そのため、正明は、ウエブでの予約制にすることにした。
満開の桜の木の下で、家族やグループの人々が、飲んだり食べたり、笑ったりしている公園を通り過ぎて、正明は、デパートの仕事場に入った。
一番の予約を取っていた女性が、扉の前で待っていた。
年は正明より上に見え、顔かたちは十人並みとまではいかず、スタイルはというとやや太り気味であった。
「ちょっと待っていてください」
(何処かで見かけた女性だが)正明は、記憶をたどっていたが思い出せなかった。
着替えの終わった正明は、「一番の方、お入りください」とマイクに向かって声をかけた。
入ってきた女性は、正明の姿を見るや声を上げそうになり、口元を手で抑えた。
「ご心配なく、これは作業服です。どうぞおかけください」
女性は、落ち着きなく椅子に腰を落とした。
「どうされましたか」
「占ってほしいのです」
「恋愛関係ですか」
「そうです」女性は、驚いた。
「分かりました。占いは三つの種類があります。一つ目は算命学に基づく外見で、三千円。二つ目は、外見と陰陽道に基づくもの、五千円、三つめは筮竹(ぜいちく)を用いて行う略筮法で、一万円になります。順番が上がっていくほど、当たる確率が高くなります。どれにしますか」
「二つ目の陰陽道でお願いします」
「分かりました。では、具体的にお話しください」
女性の話を聞き終えた正明は、道具箱から文字と二つの円が書かれた布を取り出し、畳の上に広げて、巾着より二枚の寛永通宝を手に取り、瞼を閉じた。
三十分過ぎて、重々しく寛永通宝をそれぞれの円に置き、静かに目を開いた。
「花と風」と正明は読み取った。
「盛りの花の大雨にあうがごとしとでています」
「それは吉ですか、凶ですか」と女性が心配そうに聞いた。
「凶です」と正明は静かに答えた。
「どうしたらいいでしょうか」
「大凶ではないので、祈祷で少しでも良い方向に変えることができるかもしれません」
「祈祷は、いかほどですか」
「お気持ちで結構です」
「そうはいっても」
「では、五千円でいかがでしょうか」
「はい、お願いします」
女性からの返事を得ると、女性の願い事を聞いた。
その女性は、男に一目惚れしたが、声もかけられずにいて、なんとか相手の男と交際したいとの願い出あった。
「では、奥に」
部屋には、三本垂らした〆の子と紙垂とともにつけられた注連縄で囲われた祭壇があった。
女性を祭壇から離れたところに座らせた。
正明は、別室で白の浄衣に着替え、紙を綾にした被り物をかぶって、女性の前に現れ、祭壇の箱宮の扉を開き、お札と三角に折った紙の包みをそこに入れた。
そして、女性に向き合って、祈禱を始めた。
「たかあまのはらにかむづまります かむろぎかむろみのみこともちて すめみおやかむいさなぎのみこと つくしのひむかのたちばなの おどのあはぎはらに ~ ここにいる女の恋を成就したまえ ~ かしこみかしこみもうす」と唱えながら、細かく切られた紙を懐から取り出し、「やっ」たに息を吹き付け、「恋よ成就したまえ!」と叫んだ。
女性は、正明の挙動の一つ一つを見逃さぬよう見つめていた。
「これで、あなたが恋した男とは、うまくいくとは思いますが、まずは、あなたがその男に声をかけなければなりません。いいですか、勇気をもって、声をかけてください」
「分かりました」
しばらく、女性は下を向いていたが、意を決したかのようで口を開いた。
「先生、私とお付き合いしてください」
想像を絶した正明は、ただ女性の顔を見つめているだけであった。
「恋している相手は、先生なんです」
「どうして」
「あなたが、マンションに引っ越してきたときに、一目ぼれをしてしまったんです」
「あなたは、あのマンションの住人ですか」
「はい」
正明は、途方に暮れた。
「先生、どうされましたか。先生は先ほど私が、恋をした男とうまくいくとおっしゃたではありませんか」
「確かにそう言いましたが」
「じゃあ、うまくいくんですね」
それから、正明は、デパートでの商売はやめて、その女性と付き合い始め、一年後に結婚した。
そして、正明は、T大学の医学部の教授になり、妻となったその女性は、あのデパートの一角で占い・祈祷を始めていた。
今日も一角の部屋で、正明の妻は、迎えた客に向かって、
「当たるも八卦当たらぬも八卦」と言った。
完