Sujak do 〜SujaのDNA〜

興味深く感じたことや読んだ書籍について書いたりしていきます。天然石については、一休み。

東日本大震災から10年〜課題は山積。通過点の10年目〜

2021-03-11 15:51:00 | Sujaが思う事、考える事。
こんにちは
sujaです

あの日・・・あの時・・・
私は西鎌倉駅の近くに住んでいました
3月11日の2,3日前に
東北地方で震度5の地震があったので
非常時用の備蓄品を買うため
近所のドラッグストアで買い物中
地震に遭遇しました

緩やかに揺れだし
やがて大きく揺れはじめました
なかなか揺れが治まらい中
私の近くにいた男性客が
「これは、外に出た方がいいと思いますよ」というので
買い物かごを店内に置いて外へ出ました

外に出て
私の目に飛び込んできたのは
波打つように揺れるアスファルトの道路と
縄跳びのように揺れている電線でした
そんな光景を初めて見た私は
ただただ茫然と立ち尽くしてしまいました

やがて揺れが治まり
目の前の交番に目をやると
お婆さんが「怖かったよ~」と
おまわりさんに泣きついていました

私は再び店内に入り
中の様子を窺いました
紙おむつなど軽い商品や小さい商品が
棚から落ちて床に散らばっていてそれを元に戻すスタッフと
何事もなかったかのようにレジを打ち
清算を行っているスタッフと冷静に対応していました
家の様子が気になった私は
床に置いていた買い物かごを再び手に取り
レジ待ちの人の後ろに並んで
清算を済ませ帰路ついたのです

家の中は 
幸い倒れている物が無く安心したのですが
しばらくは
あの波打つアスファルトが脳裏から離れず
震源地や他の状況などを知ろうという思考が止まり
非常用のリュックに
買ってきた品物を詰めていたのでした

夕方になり
ようやくニュースを見る気持ちになり
テレビを付けたところ

「どこかの国で洪水があったのかな?」

と思いながら映像を見ていると
どうやら、そうではなく
先程の地震で東北が大変な事になっていると知ったのです

地震によって『津波』が起こる事を知ったのはこの時でした

私は
これまでにない衝撃と不安を感じながら
深夜までテレビに釘付けになりました

その後
福島の原子力発電所の事故によって
大量の放射性物質が大気にばら撒かれてしまった事を知りました

東北から離れた土地で暮らしている私でさえ
表現できる言葉が見付からないほどの気持ちになったのだから
被害にあった方たちの想いを想像しても
その想いに近づけないだろうと感じています

東日本大震災から10年
あっという間と感じるか・・・
長かったと感じるか・・・
人それぞれ感じることは違うでしょうが
2011年3月11日から10年が経ちました
けれどこれは、区切りではなく
ほんの通過点にすぎません

避難生活されている方がいらっしゃいます
行方不明の方がいらっしゃいます
原子力発電所では汚染水が今この時も溢れ出ています

課題はまだまだ山積みです

あの年は【絆】という言葉が
人々の心に刻まれました
あの【絆】は今も私たちの心に刻まれています

3月11日という日は
あの頃の気持ちを思い返す機会になり
ずれた心を戻すことが出来る日になります






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