きれいな日本語を聞くとドキッとする。
それも若い人だと余計にドキッとする。
時々そんな機会がある。
ふだん使っている言葉はとても便利。
それでもきれいな言葉遣いを聞くと
なんて自分はきたない言葉遣いか、と思ってしまう。
便利もいいけど、粋ではないなぁ・・・
ことだま という言葉があるように
きれいな ことのは には“気”が宿るのだろうか。
そんなことを感じることがある。
改題。
武蔵野も捨てたもんではない。
近所にある社。
あまりかえりみられていない雰囲気ながら
それがかえって自然で落ち着きを得られる。
『なにごとのおわしますかは知らねども、かたじけなさに涙こぼるる』
ちょっとオオゲサかな。
壮大な歴史を感じさせる大きな松のすごさよ・・・
お立ち寄り、誠にありがとうございます。
道は近きにあり、然るに、これを遠きに求む。
事は易きにあり、然るに、これを難きに求む。