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ポジティブな私 ポジ人

藤戸竹喜氏の手のぬくもり

2017年、会社で回ってきた回覧の中に、一枚の美術館の広告を見つけ、私は心を奪われた。

それは、その年の10月14日から開催される木彫家、藤戸竹喜氏の作品展を知らせるものだった。
何よりも私の目を惹いたのは、そのチラシ一面に大きく映し出された、アイヌの老齢の女性のリアルな彫刻の表情だった。
背中には孫だろうか?すやすやと眠っている幼子がおんぶされている。

チラシの裏面を見ると、ヒグマをはじめ、様々な北海道の動物の彫刻の写真が数点掲載されていた。
どれも今にも動き出すのではないかと思うほど、リアルなものだった。

「これは絶対に観に行かなければ」と心に決めた。

10月の終わりであったか、11月の初め頃であったか、私は一人で札幌市の南区に位置する芸術の森美術館へ行った。文字どおり、緑豊かな自然に囲まれた美術館である。

展示会場へ一歩足を踏み入れるや、私は圧倒的な作品郡を目にし、心が踊った。
あちこちに、所狭しと展示されたリアルなヒグマの木彫。
その一つ、実物大のくまのその毛並みは、気の遠くなるような数を、一刀一刀丁寧に彫り出されている。
私は夢中で一体一体をつぶさに見て回った。

何れも、手を抜くことなく美しく彫りあげられており、完璧な作品だ。
いつまで見ていても、あきることがなかった。

子熊とぶどうの木を組み合わせた大型の工芸作品や、人物と動物を組み合わせた狩りの瞬間など、どれもこれも素晴らしい作品の数々だった。

等身大の実在したアイヌの長老など、人物像も多く、また、アイヌの伝説を一連の作品で表現しているものもあった。

観終わって出口から出てくると、来場してから2時間ほどが経過していた。我ながら、随分長い時間鑑賞していたものだと思ったが、とにかく作品を観るのが楽しくてしょうが無かった。

心地よい興奮を胸に出口へ向かおうとした時、何気なくロビーの左手にあるテーブルに目を向けた。
するとそこには、作者である藤戸竹喜氏その人が腰掛けているではないか!ハッとして、一瞬どうしようか迷ったが、この感動を是非伝えなくてはと思い、勇気を出して、藤戸氏の方へ歩いて行った。

私は緊張しつつ、かろうじて「作品を観て、とても感動しました」という様な事を伝えた。そして握手を求めた。
藤戸氏は快く応じてくださった。
その、肉厚で温もりのある手を握り、この手からあれらの素晴らしい作品が生み出されているのかと感動した。握手を求めて本当に良かったと心から思った。

当時藤戸氏は、84歳だったと思う。
84歳と言えば、世間一般で言うなら、相当なご老人である。
しかし、藤戸氏と目を合わせた時、そのキラキラと生命力に溢れた瞳、全体から感じられるエネルギーは老人とは微塵も感じさせず、私は魅力的でエネルギッシュな男性を感じた。

作品の入れ替えがあると知り、また訪れようと思いながら、結局日々の雑事にまぎれて、展示会は終了してしまった。

後日、友人に会った時に、藤戸氏の作品がいかに素晴らしかったか、そして握手できた事の嬉しさを、熱く語り伝えたのだった。

それから暫くして、再びかの友人と会った時に、「ほら、この間、貴方が言っていた方じゃない?最近亡くなったの」と伝えられ、驚いた。
不覚にも、私は知らずにいた。

ほぼ、1年後の2018年10月26日藤戸氏は帰らぬ人となった。
握手した時に、あんなにエネルギッシュな生命力を感じられたのに…人の生命とは、わからないものである。

藤戸氏は、旅立ってしまったが、彼の手から彫り出された作品は、数多く残されている。藤戸氏の魂のこもったその作品からは、強い生命力が永遠に輝き続ける事だろう。

藤戸氏の作品は、様々な場所で観ることが出来る。身近なところでは、札幌市のJR駅構内にある。
アイヌのエカシ(長老)像。
人物像も素晴らしいが、やはりなんと言ってもヒグマを観たいものだ。

つい先程知ったのだが、来月、7月21日から、東京ステーションギャラリーで、藤戸氏の初展覧会が開催される。
近辺にお住まいの方は、なんとラッキーな!是非是非この機会を逃さずにご覧いただきたい。
北海道の息吹を感じられる魂の彫り物を…。

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