再就職の面接を受けた帰り、モヤモヤした気持ちを抱えていた。
終活から就活に気持ちを切り替えて、再就職に選んだのは肉体労働系。それまで事務系一筋で来たが、年齢的に事務系はもはや難しく、転向を余儀なくされた。その選択が良かったのかどうなのか。
面接を終えて、揺らぐ気持ちのまま真っ直ぐ家に帰る気もしなかった。
天気の良い日だった。
近くに大型商業施設があったので、日傘でも見ていくかと立ち寄った。
一度は、手首に負担がかかるからと言う理由で日傘の購入を諦めかけたのだが、短い距離を歩く時に使うなら問題ないと思い、やはり購入しようと考えを改めた。
ショッピングセンターに入ると、広大な店内に展示された様々な商品に目を奪われた。それまでの心のモヤモヤも一瞬で吹き飛んでしまった。ショッピングセンターは楽しいところだ。ワクワクする。
美しい帽子が整然と壁一面に展示された向かい側に、民芸品や面白いグッズ、便利なグッズの数々の展示があった。
その一角に日傘が置いてあった。
おしゃれなデザインでコンパクトだ。UVを防ぐ機能も有りながら、雨天でも使用可能と一本で晴雨、どちらにも対応可能というスグレモノもある。
お値段を見てみると2,000円~3,000円。ちょっと高め。自分の身の丈に合った傘は1,000円位と予め心に決めていたので、今日は買わない。
そこから離れ、ブラブラと店内を目を引く品物に目移りしながら歩く。衣料品を扱うブティックも数店舗、並んでいる。惹きつけられるように、あちこちの店内で、ハンガーをずらしながら、洋服を見出した。
先月もこのショップに来た。その時に、破格に安くなった木綿のワンピースを買ったのだった。
そのお店には、自分を引き付ける特別な雰囲気があった。
陳列された洋服の中に、一枚ハッとするようなブラウスがあった。それは、先日テレビを見ていた時、タレントさんが着ていた物とよく似たデザインだった。こんなブラウスが欲しいなあとテレビを見ながら思っていた。それによく似たブラウスが目の前にある。
デザインは、私の年齢を考えると派手なものかもしれない。
真っ白なブラウスの中に、カラフルで大胆な蝶が飛び交うもの。
値札を見ると、チョウ高い。9,000円近くする。駄目だ駄目だ。そう思いながらもブラウスを胸に当て、鏡の前に立って見る。あー、イイ!すごくいい。欲しいなあ。いや…ダメダメ。ハンガーを元の位置に戻し、そのショップを後にした。
最近、こんなに心から欲しいと思った物はあっただろうか?喉から手が出るほど欲しい。でも、この間も洋服は買ったばかりだ。いっぱいあるじゃないの。でも、家にあるのは、2~3,000円の大安売りのものばっかり。ワゴンから選んだ安くて、まあまあ悪くないなと思う程度のデザインの服。言ってみれば妥協して買ったもの。持っている服の大半がそんな服だ。
そんなことを考えながら、別のお店のワゴンをのぞく。
2,000円程のちょっとオシャレな柄の服があった。さっきの蝶のブラウスへの思いを断ち切らせるために買った。
さあ、帰ろう。
…その前に、もう一回だけ蝶のブラウスにお別れを…。
先程の店へもどり、諦めきれずに値札を見る。高いよなあ。
「すいません、これ、羽織ってみていいですか?」
心は買っちゃ駄目だと思いながら、裏腹に真逆の行動を取り続ける私。
ブラウスを着た自分を鏡に映す。そこには、いつものしょぼくれたお婆さんはいない。ブラウスの中の蝶と一体になった、明るい表情の自分がいた。
ブラウスを脱ぎ、そのままレジへ直行した。
これまで我慢ばっかりしてきたんだから、たまにはいいさ。いつもじゃないんだし。
自分の行動を正当化する自分が現れ出す。
結局最初から我慢せずに買っていたら、ワゴンの2,000円の服は買わずに済んだのに…。反省もした。
人生80年として、8割方終わった。
誰だって明日の我が身はどうなるか知れないものだ。これからは、本当に欲しいものは、あまり我慢しないで買おう。出来るだけ身の丈に合った予算内で。まあ、今回は例外だけど。
面接後のモヤモヤは既に雲散霧消し、本当に欲しい物を手に入れた満足感で心は満たされ、帰途についた。
面接した日から数えて4日目、面接した会社から電話があった。 採用の通知だった。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」と電話を切った。
意外な展開だった。ほぼほぼ不採用と思っていたから。
64歳のほぼお婆さんを採用してくれるのはありがたいが、肉体労働の現場では、それほどまでに人手不足が深刻なのだと知らされる結果でもあった。
せっかく採用してくださったからには、頑張るだけだ。
初めての厨房でのパート。ちゃんと出来るかな…不安だらけだけど、取り敢えず、頑張って蝶のブラウス代を稼がないと!