この文章は、ほぼ2年近く以前に下書きをしていたものだが、ブログにあげるのを躊躇していたものだ。
それは内容が、読む方の受け止め方によっては、不快感を感じてしまうかも知れない、と思ったからだ。
でも、今回「暑い夏だから」という理由でアップすることにした。
怖い話が苦手な人には不向きな話なので、事前にお伝えする。
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夫が私に聞いてきた。
「えっ?知らない。そんな話聞いたっけ」
私には全く記憶がなかった。
「何度も話したから、子供たちも覚えてるはずだよ」と言う。
「どんなんだっけ」と問う私に夫が話し始めたのは、随分前に道東へ出張していた時のことだと言う。
以下は、夫から聞いた話をまとめたものだ。
9月も終わりの小雨の夜、現場から事務所へ戻る為、車で小さな町の交差点に差し掛かった時のことだ。時刻は、午後8時30分頃の事。
信号で左折する為に左を見た時、後部座席の窓に普通の2倍の大きさの人の顔が見えたような気がした。
歩行者が居るのだと思い、渡るのを待っていたが一向に人の姿が見えない。助手席のパワーウィンドウを開けて確認したが、人はいなかった。
「何だ、気のせいか」と思い車を走らせバックミラーを覗くと、後方に横断歩道を渡る女性の影が見えたので、不思議に思った。
しばらく走ると、前方のセンターラインの上に何か落ちている。ヘッドライトに照らされると、それはマネキンの頭である事がわかった。
「何でこんな所に…」と思い、ハンドルをきって避けて通過した。
他の車がはねるのじゃないかと気になってバックミラーを見ていたら、車の後ろにドンと衝撃があった。
すぐ後ろに付いていた後続車が気付かずに弾き飛ばしたらしい。
「ほら、やっぱりなー」と苦々しく思った。
そのまま少し走ると、事故があったらしく、警察の赤色灯が見えた。トレーラーに乗用車が突っ込んだようだ。事故があってから間もないようだった。
そこを通り過ぎると、後続車がパッシングをして来た。何だろうと思っていると、車は対向車線にせり出して来て、並走するような形となった。
一瞬知り合いかなと思いウインドウを開けた。
向こうも助手席の窓を開けたので顔を見たが、知らない男だった。
その男がしきりに「後ろ、後ろ」と言いながら、私の車の後ろ側を指さしながら追い越して行ったのだった。
車の後ろに何かあるのだろうか。
雨の中、道路脇に車を寄せ、降りて後ろを確認してみた。すると、先程後続車がはねたマネキンの頭が車体に引っかかっていた。
やれやれと思いながら車体から取り除き、他の人がまた轢いたりしない様に髪の毛をつかみ、2、3度勢いをつけて振り回し、傍らの雑木林の中に放り投げた。
車に戻り、手が雨で濡れたのでティッシュで拭き、車内灯を付けると手に血が付いていた。
「あれ、何処か手でも切っただろうか」と思い確認したが、どこにも傷はなかった。だが、作業服は雨と何故か血のシミで汚れていた。その時、先程の事故との関連性がふと頭をよぎった。
車をUターンさせて、事故現場まで戻ってみると、あたりには野次馬が集まっていた。野次馬の後ろの方に立っていると、「…首が無いんだって…」と言う女性の話声が耳に入り、「やはり…」と思った。
警察に事情を話し、マネキンの首だと思って雑木林の中へ捨てた事を伝えた。すると、すぐにその場所まで案内するよう求められた。
放り投げた大体の場所を伝えた所、ややしばらくして「あった、ありました!」と言う若い警察官の声が聞こえた。
野次馬が周囲を囲む中「では、詳しく事情を聞きたいので…」と警察官に言われるまま、パトカーの中に招き入れられた。
人に注目される中、パトカーの中に入るのは、あまり気持ちの良いものではなかった。
警察官に「あなたね、人の頭とマネキンの頭の重さわかんなかったの?区別がつかなかったの?」と詰問されたが、「人の首を持ったことが無いのでわからないです」と答えた。
仕事で疲れている上に、体も濡れたまま事情聴取を受け、クタクタだった。
やっとの思いで事務所へ戻り、長靴を脱ぐと足からポタッと何か落ちた。カタツムリのように見えたが、よく見ると人の目玉だった。
一瞬ギョッとしたが、疲労困憊していた上に、マネキンだと思い込んでいたものが人の頭だったという衝撃で、直ぐに冷静になった。
被害者の肉体の一部だと思うと捨てるわけにも行かない。取り敢えずティッシュに包み、ズボンのポケットに入れ、近くの交番へ持っていくことにした。
時刻はすでに午前0時をまわっていた。
交番には当直の若い警察官が一人だった。日誌のような物を書いているようだった。
「すいません。」と声をかけると、警官はこちらを一度見たが、驚いて二度見した。
血の滲んだ作業服を着て、ポケットに手を突っ込んだままだったからだろう。
警官は動揺を隠せずに、
「ポケットから手を出せ!何を持っているんだ?」と声を荒げながら、拳銃に手をかけた。その手はガクガクと震えている。
何を持っていると聞かれ、正直に「目玉です」と答えた。
「机の上に出せ!」と言われ、ポケットからティッシュをそっと机の上に置いた。するとティッシュが緩やかに開いて中の目玉が見えた。
それを見た途端、警官は拳銃をぬき、私の方に向けてきた。
慌てた私は「さっき事情聴取されたので、調べればわかると思いますけど。兎に角、電話で確認してみて下さい」と言った。
警官は手が震えるのか、電話をかけるのにやや手こずっているようだった。
確認が取れた後、またそこで事情聴取された。
解放されたときは、心底疲れ果てた。
事務所件宿泊施設に戻り、すぐに作業服を脱ぎ洗濯機へ入れた。
翌朝は気分が悪かったので、現場を休んだ。
宿舎の食堂のおばさんと会った。
「あら、休み?」と聞かれた。
「ご飯作ったから食べて」と言われ、あまり食欲は無かったが、テーブルの上に用意された朝食を見た。
すると皿の上にあったのは“目玉焼き”だった。
“目玉”と言う言葉に反応して、込み上げてくるものがあった。口を押さえてトイレへ駆け込んだ。
以上が夫の話だ。
話を聞き終わって、私はビックリ仰天した。こんな話、聞くのは初めての事だった。内容も内容だけにショックを受けた。
「子供達も知ってるよ」と夫が言うので、直ぐに子供達にラインした。
「お父さんがマネキンだと思って交通事故の被害者の首を捨てた話、みんな覚えてる?」
真っ先に返ってきた息子のラインには
「お父さんの怖い夢の話でしょ」と書かれていた。
えっ!夢の話?騙された。
「何で本当だと思ったの」と夫に笑われた。
確かに信じ難い話ではあったが、“夢の話”であるという前置きがなかったので、すっかり信じ込んでしまった。そうなることを分かっていたのだろう、私の反応を楽しんでいる気配すらある。確信犯だ。
「何だ、夢の話か」と、一度はそう思った。
しかし、そう思ってはみたものの、細部に至るまで記憶が鮮明な夢に違和感を覚えた。10年以上も前に見た夢を、こんなにリアルに覚えているものだろうか。おまけに長尺で詳細だ。夢の中の時刻までハッキリ覚えているなんて。普通、夢の内容など直ぐに忘れてしまうものだが…。
もし、作り話だとしたら、良く出来ているとは思うが、夫が作り話をするとも思えない。
夢だと言い張るこの夫の話、もしかしたら実話だったんじゃないだろうか、そんな疑念も生まれる。
でも、話の内容をチェックしていくと、やはり夢ならではのあり得ない出来事だとも思う。
結局、本人が夢だと言うのだから、夢の話なのだろう。
それにしても、オチまでついているとは、何とも不思議な夢の話だ。