使用しているのは、羽毛枕だ。
外国かぶれで洋画かぶれだった私にとって、羽毛枕は憧れの商品だった。
かつて羽毛枕と言えば、昭和生まれの私にとっては、洋画や外国のアニメの中でしか見たことの無い、高級商品だった。
サスペンス映画等では、脅迫の小道具として登場。
「逃げようとしたら、どうなるか分かってるな?」
枕にナイフをザクッとつき立て、刃先を一直線にスーッと移動。
切り開かれた枕からは、羽毛が現れゾッとするシーン。
或いは、恋愛映画等で、男女がふざけて枕でお互いをぶちながら、いつしか枕が破れて羽毛が舞い、スローモーション撮影で舞い上がる羽毛、二人の笑顔をオーバーラップさせ、幸福を象徴する様なシーン。
当時はまだ高級品というイメージがあったのだが、ある日何処かの店の寝具売り場で「羽毛枕3,000円」とあり、迷わず購入した。
その日から、今日まで何も考えることなく30年ほど使用してきた。
夜、寝る前に羽毛枕の縦横を押して空気を含ませ、フカフカにしてから頭を置いて寝る。それで全く問題無かったのに。
体に合わなくなったのは、老化による骨格の変化なのではないかと思い至る。
小学1年生の時に父が買ってくれた「人体図鑑」が思い出された。
記憶に残っているのは、図鑑の後半に記載されていた、成長に伴う人体の変化をシルエットによって表されていたページだ。
シルエットは直立した女性を横から見た状態のものだった。
男性では無く、女性のシルエットにしたのはなぜだろう。成長による体の変化をシルエットで比較すると、女性の方が顕著だからだろうか。
子供だった私は、その成長の過程を興味深く眺めた。
左からスタートする。
幼い子供の状態から、右へ進むに連れ10代、20代、30代、と年代が移行していく。
10代20代は胸の膨らみやウエストのくびれ、臀部のあたりの健康的な盛り上がりなど、ハツラツとした姿へと変貌する。人生の春。
体の成長が完了した30代以降、やや全体的に太めのシルエット。ウエストも明らかに太めになる。人生の夏。
やがて少し首が前方へ傾き、背中が丸くなり、体全体が枯れたように細くなり、最終形態は完全に腰が曲がったシルエットだったように記憶している。人生の秋…そして冬。
私はそれを見るたび、こんな風に年をとり、老婆になるのだと思うと、ちょっと悲しかった。そして、腰が曲がったお婆さんのシルエットが強く脳裏に焼き付いた。
だから、今回の枕問題には直ぐにこの図鑑のシルエットが頭に浮かんだ。人生の秋部分。首のあたりの骨格が、老化のため形状が変わってきたのではないか。有り得ることだ。
姿勢については、割と意識して気をつけているつもりだ。
洗面台の鏡に自分の姿を映し、手鏡で横側から背中が曲がっていないかチェックしたり、或いは壁に背を当て、かかと、臀部、背、後頭部が壁に付くか確認したり。
ちなみに、この状態で一歩前に踏み出すと、それが理想的な姿勢であると言う。中々に胸をはらねばならないものだと、姿勢の悪さを自覚する。
また週にたった一度だが、30分ほどのジョギングをして、ある程度全体の筋肉が衰え無い様に軽めに鍛えてはいる。今年で3年目に入った。
しかしながら、そういう努力をしていたとしても、あの人体図鑑の様に、刻々と骨格は年齢と共に変わりつつあるのだ。
夏の盛りに、人生の秋を思い知らされる…。