早朝の出勤も、やや寒くはあるけれど、清々しく気持ち良い。
若い頃の私には考えられない穏やかな朝だ。
学校へ行くにしろ、会社へ行くにしろ、私はいつの時代も朝はバタバタしていた。
何しろ朝起きるのが大の苦手。「あと5分、あと5分」とギリギリまで寝ているタイプ。
父には随分叱られたり、諭されたりした。
「早起きは三文の徳」という言葉を何度父の口から聞いただろうか。「あと5分早く起きろ」とも。
結局、私は50歳頃まで、いつでも余裕のないジャストオンタイムな朝を送り続けていたのだ。お恥ずかしい。
やっと50歳を過ぎて、少し余裕のある出勤が出来るようになった。自分が歳を取ってからも進化出来る事に、多少の喜びを感じた。本来出来て当たり前の事なのだが。
それで自分がすっかり余裕のある朝をすごせるようになったものだから、たまに朝の出勤時、お腹のやや突き出たおじさんが、走っている姿など見かけると、「そんな年になっても走っているなんてみっともない!遅刻しそうな若者ならいざ知らず…」などと、心のなかでつぶやくのだった。ついこの間まで、かのおじさんより年取った自分が走っていたことを棚に上げて。
今日も余裕の早朝は、野鳥の声を聞き、眩しい朝日を浴びながら、出勤コースを散策気分で歩いた。
坂道の住宅街は道路をまたぐと山林。木々の紅葉が深まって、彩りに目を奪われる。
坂の途中で、住宅街へ入り込む。
民家の塀を伝う葡萄のつるから食べ頃の葡萄の実がなっている。丁寧に実に袋がけしたものと、そうでないむき出しの実が、たわわに実っている。それなのに、誰もその美味しそうな葡萄の実を持ち去ったりしない。この静かな住宅街は、恐らくお年寄りが多く治安も良いのだろう。好ましい状況だ。また、袋がけしていない実は、野鳥へのお裾分けなのか、その家の方のお人柄が伺われる。
仕事帰り、坂を下りきり橋の欄干から川を覗く。
時折水鳥がいるのだ。今日の川は水鳥はいなかったけれど、浅い川に色とりどりの落ち葉が沈み、川底に張り付いていて美しかった。
この写真じゃ、美しさがあまり伝わらないけど…。
途中でスーパーにより買い物をした。
このスーパーでは、会計の方法が3通りある。
店員さんがお金を受け取って精算する通常の「有人レジ」。
支払いだけお客さんが自ら機械で精算する「セミセルフレジ」。
お客さん自ら商品の価格を機械で読み取らせ、精算まで行なう「フルセルフレジ」。
その時の気分や買い物の量で、私は使い分けている。
今日は買い物量もややあったので、「セミセルフレジ」の列に並んだ。
私の前には、かなり高齢の腰の曲がったお婆さんが並んでいた。
店員さんが商品の価格をポスで読み取り、買い物金額の合計が出た。お婆さんは精算しようと一万円札をレジ台に置いて待っている。しかし、ここは通常のレジではなく、セミセルフレジ。
店員さんはお婆さんに向かって「2番(の機械)へ行ってください」と言った。若い20代前半と思われる女性店員だ。
お婆さんにとっては、レジとは、店員さんがお金を受け取り精算するもの、という認識しかないようだった。声がけされても、気付かないのか、意味がわからない様だった。
若い店員さんは同じセリフ「2番へ行ってください」を3、4回機械的に繰り返した。最後はちょっと怒気を含んでいた。
私はいささか耐えかねて、私の胸より低い位置にあるお婆さんの肩をトントンと叩き、耳元で「ここでない所で払うみたいですよ」と声をかけた。
私がお婆さんに声をかけたことで、その若い店員さんは自分のやるべきことに気づいたようだ。お婆さんにどうするべきか細かく説明し、動き出した。
良かったなと思った。
2番の機械へお婆さんを誘導し、やり方を丁寧にたどたどしく教えていた。
恐らく5分以上の時間がかかったと思う。
レジ担当の彼女はお婆さんに教えつつも、このレジのラインの待っているお客のことがかなり気になっていたと思う。早く済ませたいと焦っていたことだろう。そんな気持ちが、お婆さんに教える言葉からも感じられた。
お婆さんはいつでもマイペースである。
私のあとに続くお客さんは、若い男性だった。
私は、その男性が苛立つのではないかと懸念していたが、杞憂に過ぎなかった。その場の雰囲気は限りなく穏やかだった。レジの店員さんだけは、焦っていたと思うけど。
もしかしたら、あのACの「たたくよりたたえあおう」のラップCMが功を奏していたのかな?
レジの彼女は、今日初めて老人というものを理解したのではないだろうか。
普通だったら「2番へ行ってください」といえば事足りることなのに、言葉がけだけでは機能しないでき事に、初めて向き合った日だったのではないだろうか。
遥か遠い過去に自分も彼女と同じような経験をしたことがある様な気がする。
私の精算機は先のお婆さんのお隣だった。
彼女は歩行器を使用していたので、荷物を移動させたりするのも大変そうだった。
私が精算を終えても、お婆さんは2番の精算機のところにいたので、買い物かごをサッカー台へ持って行ってあげ、お婆さんが荷物の袋詰を終えたた後、カゴを片付けてあげた。お婆さんはお礼を言って去っていった。
私は、彼女の歩行器で歩く後ろ姿を見ながら、10年後、20年後の自分を思った。明日は我が身。自分も将来優しくしてほしいから、今優しくするのだ。
下心ありありの親切をした。