K馬日記

映画や美術、小説などの作品鑑賞の感想を徒然なるままに綴っていきます。

アイヌモシリ

2021年09月18日 | 映画
ご無沙汰しています。2021年も前半が終わって久しいですが、今回は今年前半で観た映画の中で一番良かった福永壮志監督の『アイヌモシリ』をご紹介します。

14歳のカントは、アイヌ民芸品店を営む母親のエミと北海道阿寒湖畔のアイヌコタンで暮らしていた。アイヌ文化に触れながら育ってきたカントだったが、一年前の父親の死をきっかけにアイヌの活動に参加しなくなる。アイヌ文化と距離を置く一方で、カントは友人達と始めたバンドの練習に没頭し、翌年の中学校卒業後は高校進学のため故郷を離れることを予定していた。
亡き父親の友人で、アイヌコタンの中心的存在であるデボは、カントを自給自足のキャンプに連れて行き、自然の中で育まれたアイヌの精神や文化について教え込もうとする。
少しずつ理解を示すカントを見て喜ぶデボは、密かに育てていた子熊の世話をカントに任せる。世話をするうちに子熊への愛着を深めていくカント。しかし、デボは長年行われていない熊送りの儀式、イオマンテの復活のために子熊を飼育していた。

アイヌ語で「アイヌ」は人、「モシリ」は大地を意味するそうです。因みに漫画「ゴールデンカムイ」でもお馴染みの「カムイ」は神を意味します。
実は舞台となった阿寒湖畔のアイヌコタンには過去行ったことがあり、昨年も民族共生象徴空間ウポポイを訪問してきたので、個人的な体験からも興味深く見ることができました。


民族共生象徴空間ウポポイ:各地に散らばるアイヌ文化を包括的に学べ、かつ再現されたアイヌ料理を食べることもできるので非常にオススメです。

アイヌの死生観をテーマに、父親の死と儀式イオマンテを通じて死の世界とつながる少年カントの成長譚です。



アイヌ民族のアイデンティティ

漫画『ゴールデンカムイ』の流行や国立施設ウポポイの設立など、最近目にすることの多くなったアイヌ。
アイヌ語やアイヌ文様等、大和文化とは異なるアイヌ文化は、文化庁も振興や保存に力を入れているようですが、それは失われつつあることの証左でもあるように思います。

本作では、アイヌの文化を正当に継承しようとする大人と観光事業として割り切る大人たちの対立や、熊のカムイを死の世界に送り出す儀式イオマンテなどを通じ、アイヌ民族のアイデンティティという問題が表層化します。



主人公のカントは阿寒にあるアイヌコタンの民芸品店で生まれ、アイヌとは関係のない場所に進学したいと願う多感な中学生。その一方でアイヌ音楽を取り入れたバンド活動も行い、アイヌを受け入れるか否かの間で葛藤しています。



そんな中、アイヌ文化に興味を持つ出来事が。父親の友人であるアイヌコタンの古参デボから聞いた、生と死の世界をつなぐ洞窟の話。父親を亡くし、どこか喪失感を拭えていなかったカントはその話に興味を示します。
また、小熊のチビの世話を通じて生そのものに触れることで、より死の世界とのつながり、そしてアイヌであることを深く考えるようになります。
果たして彼はアイヌとどう向き合おうと決意するのでしょうか。



イオマンテとアイヌの死生観

クライマックスでは、カントの育てた仔熊のチビが死の世界に送り出されるイオマンテという儀式が描かれます。



動物愛護の精神に反するこの儀式を行うということは、世間からの批判を浴びる覚悟で自分たちのアイデンティティに向き合った象徴的な出来事になるわけです。



神の世界に送り返されるチビの姿を見て、カントはチビに誘われるように再び生と死をつなぐ洞窟へと足を伸ばします。
そこにはアイヌの衣装を纏った父親の霊と対面。この時の死を見つめる眼差しの力強さは必見です。



アイヌの死生観には、送り出したカムイの視線を通じて、死後の世界の神々も宴を楽しんでいるというものがあり、死と生を結ぶ儀式がイオマンテとされます。
カントはそこで父親の死と向き合い、またアイヌである自らとも向き合ったわけです。
供物となったチビの視線を通して、デボたちの宴を見つめる視点のカットがあるのですが、この視点の持ち主はもしかしたら亡き父親だったのかもしれません。

そして、カントがフクロウと視線を交わすラストシーン。
フクロウはアイヌ文化ではコタンコロカムイと言って村を守る役割を担うカムイであり、この視線を通じて父親がカムイの世界から見守ってくれることを示唆する終わり方が本当に素晴らしいですね。
動物(カムイ)の目がアイヌとカムイの、人と神の世界を結んでいるのです。



最後に、以前松前を訪れた際に遭遇したアイヌ酋長イコトイの肖像画(『夷酋列像』の1枚)を。
彼らは和人たちに不満を持ったアイヌが蜂起した際に、松前藩に協力して争いを平定しました。
シャクシャインとは異なり和人に歩み寄るという選択をした酋長たち。当時の彼らにもアイヌとしてのアイデンティティに揺らぎがあったのでしょうか。




最新の画像もっと見る

post a comment