平らな深み、緩やかな時間

24.宮下圭介展、『意味がなければスイングはない』村上春樹から

『宮下圭介』展が、三鷹の「ぎゃらりー由芽」で開催されています。6月30日(日)が最終日です。くわしくは、次のホームページをご覧ください。
http://www1.parkcity.ne.jp/g-yume/
実のところ、私もはじめてこの画廊に行きました。土曜の半日の仕事を終え、三浦市にある職場からひたすら車で北上し、神奈川県をほぼ縦断し、東京の渋滞を抜け、三鷹駅前の賑やかな通りから一本裏にはいったところに画廊がありました。そこは静かな別空間のようで、宮下の作品があふれんばかりに壁にかかっていました。はるばる来たかいがあったというものです。
画廊は長方形の細長い空間になっているので、大きな平面作品は展示しづらいところがありますが、その分、小、中品といった感じの作品を沢山見ることができます。宮下の作品は、作品の大小にかかわらず一定のプロセスをふまないと出来上がらないので、これだけの作品を準備するのはかなりの仕事量だったろう、と想像できます。
宮下の作品については、今年の1月に、このblogで一度書いています。作品写真や、私の書いたテキストのリンクも、その欄にありますのでよかったら覗いてみてください。今回の作品も、基本的な絵の構造は最近の作品と変わりがありません。しかし、画面の表層の描線はますます大胆になっているように感じました。ここでその感想を書いておきたいところですが、実は私は、宮下さんについてまとまった文章を書く予定があって、いまもその原稿と奮闘中です。内容が重複してしまうので、いずれblogとは別な形で発表する予定の、その論文をお読みいただけると幸いです。
それでもひとつだけ、今回の展覧会ならではの見どころについて書いておきます。
今回は小、中品が多い、と書きましたが、それ以外にエスキースの紙の作品も数点まとまって見ることができます。宮下の作品はいかにも軽々と描かれているように見えますが、そこには絵具の重ね方に関する研究など、習作段階でやっておくべきことが多々あります。その段階で出来た作品も、これまでも発表してきてはいますが、今回は小部屋のようなスペースでまとめて見ることができるのです。それらと、キャンバスに描かれた作品と併せてみると、宮下作品への理解も深まると思います。
この作家にとって、作品制作のプロセスはとても重要で、例えて言うなら、ジャズの楽譜のようなものではないかと思います。最終的には、キャンバスに向かった時の描画行為で作品が仕上がるわけですが、その制作過程の段階で何をするべきか、宮下の場合、その大枠が決まっているのです。音楽のリズムや和音、あるいはアドリブの方向性が決まっていて、最後にその構造の中で即興演奏をのせるような、そんな感じでしょうか。エスキースとタブローの両方を見比べることで、作品の構造―ジャズの楽譜のようなものが、把握しやすくなっているように思います。ぜひ、実物をご覧になってみてください。

さて、ジャズの話のついでに、というわけではありませんが、村上春樹(1949- )の『意味がなければスイングはない』を本屋で立ち読みしたところ、面白かったので、つい買ってしまいました。なるべく本を買わないようにしているのですが、村上春樹の初の本格的音楽エッセイ、つまり批評文なので手元にあってもいいかな、と思った次第です。タイトルは言うまでもなく、デューク・エリントン(Edward Kennedy "Duke" Ellington、1899 - 1974)の『It Don't Mean A Thing (If It Ain't Got That Swing)』のもじりです。ジャズの名曲からタイトルがとられていますが、内容はクラシックからJポップまで、幅広く選ばれています。
さすがに文章が上手いなあ、と感心してしまいます。私はクラシックがさっぱりですが、それでも飽きずに目を通してしまいました。例えば、フランシス・プーランク(Francis Jean Marcel Poulenc、1899-1963)という作曲家について書かれた章で、ホロヴィッツ(Vladimir Samoilovich Horowitz、1903 - 1989)が、その「パストラール」と「トッカータ」を演奏していることを書いた文章を、引用しておきます。

 このホロヴィッツの両曲の演奏は時間にすればおそろしく短いものだが(実に2分12秒と1分52秒)、一度耳にすると、そのまま記憶の壁にぴたっとこびりついてしまうようなすさまじい演奏だ。狂気と紙一重といってもいいかもしれない。「パストラール」における、エーテルの雲に乗ったような、魂の確信犯的トリップぶりもすごいけれど、「トッカータ」における、局所的な竜巻のごときデモーニッシュな、理不尽なピアニズムの旋回には、ただもうその場にひれ伏してしまうほかない。
(『意味がなければスイングはない』村上春樹)

ノーベル賞候補作家だからあたりまえなのかもしれませんが、比喩もすごいと思いますが、言葉のリズムが心地よくて、とにかく感心してしまいます。
ただ、個人的に音楽にもなじみがあり、読んでいて面白かったのは、「ウィントン・マルサリスの音楽はなぜ(どのように)退屈なのか?」「スタン・ゲッツの闇の時代 1953-54」「ブライアン・ウィルソン 南カリフォルニア神話の喪失と再生」あたりでしょうか。「ブルース・スプリングスティーンと彼のアメリカ」は、村上春樹とスプリングスティーンが同年代である、という意外な結びつきがわかって面白かったのですが、内容的になるほど、と思ったのは先の三編です。
私は音楽についてはまったくの門外漢だし、趣味も悪いし、音痴だし、ということでこれ以上は深入りしませんが、芸術批評という意味で、読者に読ませるパワーを感じた本だったので、ひとこと書いてしまった次第です。

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