今日はY談の笑いです。
俳句を芸術と宣う御先生には、単に季語が入った川柳でしょうが、其の大事らしい季語でY句を詠むのでなく、書きます。
(姫仕舞い 年を越したら 今年なし)(姫始め レスの夫婦に 毎年無)
(節分を 接吻と書く 文字音痴)(お雛様 股の節句スと 思いたる)
(湯婆(ユタンポ)は ダッチワイフと 成りにけり)
(お雛様 ハマグリ食べて 白酒か)(蛤を 男の心 開きたい)
(お雛様 娘が喜ぶ 貝合わせ)(土筆とて 翌檜目指し 天高く)
(春障子 二人恋路の 目隠しか)
(身に入む(みにしむ)と おんな喜び 嗚咽挙げ)
(春雨に 濡れて行こうと おんな在り)
(豆まきに 争う男の 群れ在りて)(夏の夜に 汗かく女の 妖艶さ)
(桜咲き 好色女の 腰揺れる)(除夜の鐘 煩悩打ちて 胸騒ぎ)
(栗咲いて 艶婦のこころ 奮い立つ)
(栗の花 おんな集まり 掴み合い)(栗咲きて 観音様の 御開帳)
(イソギンチャク ミミズ千匹 目の敵)
(犬殖栗(いぬふぐり)野良犬目掛け 奮い立つ)
(立春に 共に立とうよ 男達)(春一番 待ってましたと エロ女)
(尻軽が バレンタインと 浮気する)
(生け贄の 一夜官女が 季語に成る)
未だ未だ書けるが以上です。一応全駄句に歳時記に記載されてる季語は使用してます。単に俺の駄洒落、言葉遊びですが、何処の流派も戦争、天災、政治、猥褻、宗教、歴史類は禁句です。裏を返せば自然だけを詠んで真実を隠せです。
でも季語の中に解釈によるが、多くのY季語が在るのは面白いでしょう。
実際に有名俳人で俺の様に解釈してる人もいます。
今日の落は、真面目だが句会に逆らった句で締めます。
(ニュアンスで 詠む俳句に 季節在り)