よろず戯言

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さようならシエンタ

2013-01-28 00:42:35 | 日記・エッセイ・コラム

昨夜、帰宅途中にガソリンスタンドに寄る。

いつもは、「カードで、レギュラー満タンお願いします。」と給油スタッフに言う。

だが昨夜は、「レギュラー、現金で1,000円分お願いします。」と告げた。

 

一夜明けて今日、待ちに待った新しい車の納車日。

昨夜給油した車は、今日で自分の手を離れ、マイカーとしての役目を終える。

それを見越して、少量の給油にした。

 

今朝は寒かった。

フロントガラスにびっしりと張り付いた霜。

キーを差し込みドアを開ける。

リモコンキーなのだが、電池が切れかけか信号受信基部がおかしくなっているのか、

最近は効きが悪くなってきて、朝はもうリモコンが効くことはなくなった。

エアコンの吹きだし位置をフロントガラスにして、エンジンをかける。

 

キュルルゥゥ・・・と、異音混じりの起動音。

細かくなにかが擦れきしむ音と共にエンジンが回転する。

この音を聞くだけで、もうエンジンも限界を超えているように感じる。

 

 

・・・・・。

9年前、広島に住んでいた。

妻と1歳ちょっとの娘と、幸せに暮らしているつもりだった。

3年近く続けていた仕事もようやっと軌道に乗ってきた。

勤務時間や休暇が不安定な仕事だが給与はいい。

苦労かけた妻に少しずつ楽させられると思っていた。

 

些細なことがきっかけだった。

妻はうつ病を患い、娘を連れてお腹に二人目を宿したまま、実家の福岡へ帰ってしまった。

あのとき、うつ病というものを理解することができなかった。

 

広島市内に住んではいたが、車がないと不便な場所だった。

あのときあったマイカーは妻の持ち物だったため、妻がそのまま乗って行った。

自分は原付を持っていたが、ちょうど限界を迎えていた。

車が必要だな・・・そうだ、車を買おう。

 

Photo

当時のカタログ。

 

ネットで調べてめぼしい車を探す。

いろんなメーカーの販売店を巡ったり、ネットでカタログを請求したりした。

そして、気に入ったのが、トヨタのシエンタだった。

7人乗りのミニバン。

丸っこいボディに丸目のライト。

大きなスライドドアに、多彩なシートアレンジ。

 

だが・・・税金など諸経費も含め約200万円。

やっぱり、マイカーなんぞ夢のまた夢・・・そう諦めていたのだが、

販売店のスタッフが、わざわざ自宅にまで試乗車を持ってきてくれた。

それをきっかけに、俄然購入意欲が湧いてしまった。

そして決断する。

安いマイカーローンを探して5年ローンで購入。

 

この家族向けのミニバンをきっかけに、またみんなで暮らせるようになれば・・・。

選んだボディカラーは黄色。

黄色といえば、映画“幸せの黄色いハンカチ”に代表されるように、

幸せのイメージ、他にも金運のイメージ、快気のイメージ。

風水とかそんなものは信じないタチだが、このときばかりは何かにすがる気持があった。

 

02

当初よりも色褪せたように思う。

 

だが、現実はそんなふうにいくわけもなく、

新車を契約して間もなく、原付で交通事故を起こす。

自分に非があり、相手の車の修理費30万円ちょっとを弁償することに・・・。

さらに納車された直後、会社トップの会長と衝突し即解雇される。

 

妻も娘も戻ってこない。

それどころか裁判所から離婚調停の書類が届く。

何もかも失い、残ったのは200万円超の借金と新車の黄色いシエンタだった。

失意のうちに福岡の実家へ戻った。

 

そして福岡へ戻ってさらに9年経った。

あれからいろんなことがあった。

 

妻との離婚調停・・・自分が折れて離婚に応じた。

再就職・・・そこで営業パートナーとなった女の子と仲良くなる。

その女の子と仕事帰りに食事とカラオケ通い。

あのころ助手席は彼女専用だった。

だが一年後、労働争議の中心人物としてまたも解雇される。

彼女との仲もついえてしまう。

 

また再就職。

「はやく おとうさんに あいたいです。」

突然、届いた5歳になった娘からの手紙・・・。

たどたどしい鉛筆の文字に涙が止まらなかった。

4年ぶりに子ども達との再会。

子ども達の卒園式,小学校の入学式,夏休みには遊びに連れて行き、

土日祝日と自分の休みが重なるときは、最優先で子ども達と出かけた。

その都度こぼす お菓子にジュース、

子ども達と会えるようになってから、後部座席はすっかり汚れた。

 

03

こうやって見ると10年近く乗ったわりにはきれいかも。

 

勤務先が遠くて、往復90km。

走行距離がどんどん伸びていき、

数年前、オイル交換を怠っていたたのが原因でエンジンが悲鳴をあげた。

ちゃんとしたところへ修理を依頼すべきだった。

そのスジの人間が関わっているような修理工で、

かりそめの延命措置だけを受けたようなエンジンは長くは保たなかった。

オイル漏れ(食い)はどんどんひどくなり、ときにエンスト、ノッキング。

そしてとうとう、エンジン警告灯が点くようになった。

 

先月半ば、子ども達を連れて、長崎へ従弟の結婚式へ向かっていた。

80km/h以上の高速走行になると、エンジン警告灯が点くし、

登坂車線のあるような、長い登り坂だとノッキングしてスローダウンすることがある。

不安を抱えつつ、最寄りの高速インターへ向かっていた。

間もなくインターというところで、下の子が体調不良を訴える。

引き返して、結婚式は欠席した。

 

これは、何かの思し召しかもしれない。

あのまま高速に乗っていたら、トンでもないことになっていたやも。

子どもらを元妻の家に帰して、そのまま販売店に直行した。

その日のうちに、新車の購入契約した。

40日ほど経った今日、ようやっと納車日を迎えた。

 

 

いつもの通勤路をシエンタで走る。

烏尾峠,飯塚市内,八木山峠・・・。

この道を8年間通ってきた。

雨の日も風の日も雪の日も。 

「いままでありがとうな・・・。」

そうつぶやきながらハンドルを握る。

 

夕方、帰宅する。

いよいよ、このシエンタとの最後のドライブ。

帰宅途中に販売店に寄ってシエンタを置き、新しい車を受け取り、それに乗って帰る。

走行距離は229,600kmを超えている。

エンジンは限界を迎え、最近は1,000kmほどでオイルが枯渇していた。

そんな満身創痍なシエンタと最後のドライブ。

 

この車との思い出が蘇る。

広島の離島のせまい路地で最初にこすってしまったとき・・・。

弟とその友達6人を乗せ、はじめて乗員人数がフルになったとき、

姪っ子を乗せて、拾ったどんぐりを車内にぶちまけらけたとき、

ギャル友を乗せて、シートがラメだらけになったとき、

息子がジュースをこぼしてシート一面にシミができたとき、

パンクしてタイヤ交換しようとしてジャッキをあてる位置を誤って、

結局JAFを呼ぶハメになったとき・・・。

 

最後のドライブは雪の吹雪く寒い夜となった。

屋根にボンネットに積もった雪。

「おつかれさん、今までありがとうな・・・。」

そう声かけて、荷物をまとめて新しい車に移す。

 

たかが車、鉄の塊であって、感情ある生き物じゃない。

けど、10年近くも乗っていると愛着が湧く。

もうちょっと大事にしてあげればよかったと後悔する。

 

Photo_3

さようならシエンタ。

これからよろしくスペイド。

 

新しい車のエンジンをかける。

「じゃあ、シエンタをよろしくお願いします。」

運転席のウィンドウを開け、見送る販売店のスタッフにお願いして店を去る。

 

ゆっくり休んでおくれ、今まで本当にありがとう。

さようなら、シエンタ。

 

Photo_2

おつかれさん。

 

 

 

 



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