つぶつぶタンタンに愛猫太陽のことを綴るのを楽しみにしています。覚えていることを綴っておきたい。あたしの物語という言葉に甘え、勝手なことを書かせていただいています。
この場を使わせていただけること、感謝申し上げます。
太陽、今日ね、東京など7都府県を対象に緊急事態宣言が発令されたよ。埼玉県も含まれている。新型コロナウイルスの拡大を抑制するためなんだ。諸外国のように厳しい制限を伴うものではないけれど、それでも抑止力になるとおもうし、あたし自身は、非日常感を覚えている。
非日常といえば、太陽が死んでいなくなってしまったことが非日常で、それをいたみたいのに、それはどこかで日常になりつつある。太陽、淋しいよ。体があるって、そこに魂があるってやっぱりすごいことで、そのつきあいはできない。でもいつもそばにいてくれていると知っている。どうもありがとう。
と言いつつ、太陽との思い出をつづる。忘れたくないのだ。
今、ネットで知人の飼っていた犬が亡くなったと知った。太陽、あなたが死んだ悲しさがこみあげる。心臓に持病があったから寿命は長くないのかなとはおもっていたけれど早すぎる、早すぎるのだ。
血栓症になって外にひとりで行けなくなったストレスから、家のなかでおしっこかけをするようになった。最初はそんなことなかったのだけど、いつからだろう。
技を覚えて、やるようになった。原則、見ているときにやることが多い。アピールしたいからだろうね。わざわざ棚の上にのぼっておしっこをかけることもあった。原因不明の血尿があったから、あなたがおしっこをかけたところには薄っすらと色がついた。だから必ずわかった。
主なきっかけは、散歩に行かないこと。だから散歩を待たせすぎたり、散歩に行かないまま外出したりするとおしっこをかけた。
一見おとなしくしているようにみえても、心の中では散歩を待っていたのだろうね。おとなしかったはずなのに、帰ってきたら家のなかがおしっこだらけになっていたこともあったね。一番最初にそれをやられた記憶は、昨年の4月に藝大で開催された東京インディぺンデントへ搬入に行ったときだった気がする。あのとき、あたしは必死だったんだ。だから徹夜をして、朝に散歩に行かないまま搬入した、そのあと怒ったねー。
ホットカーペットの上に置いてあった猫段ボールハウスを覆う毛布におしっこかけをやたらしたね。あなたがあまりに頻繁におしっこをかけるから洗濯が追い付かないくらいだった。あたしのベッドの毛布にもやったねぇ。途中から、おねしょシーツでいろいろ覆うようにした。買っても買っても、またおねしょシーツ追加という感じで、ずいぶん買ったなあ。おねしょシーツは干すのがなかなか大変。柱にもかけたね。
おしっこかけをするたびに怒っていたから、やっちゃいけないと知っていたよね。怒られる前から耳を小さくして怒られること警戒していたし、怒ろうとすると逃げようとするし。だけど、やっちゃいけないとわかっていてやる。そりゃそうだよね、散歩に行かないことへの抗議行動だもん。
2度目の血栓症になった引き金は、おしっこかけをしたあなたを母が叱ったことだった。不本意だったのかもしれないね。散歩に行かないことのが落ち度なのに、なぜか自分が怒られる。そうだよね。ごめんなさい。
2階でだっこしても覇気がない。なんか痛がる。足が冷たい気がする。これは血栓症を再発したに違いないとすぐに病院に連れて行った。即入院で治療していただいた。何日か入院して無事に帰ってきた。あのときも奇跡を起こしてくれてありがとう。そしてあのときは対応が早かったなあ。今回、あなたの調子がおかしいと気づいたときも、あのときのように、すぐに行けばよかったよ。過信した。ごめんね、本当にごめんなさい。大きな意味では寿命だとわかっている、わかっているけどごめんなさい。苦しかったね。大好きだよ。
退院してからは当然、おしっこかけをする元気も散歩をする元気もなくになってしまった。そしてドライをほとんど食べない状態だけど、パウチなら食べてくれるようになり、肺水腫になり、退院する。少ししてから肺水腫を繰り返して、8月に奇跡が起きた。
そのあと徐々に元気になり、ドライも好きになり、散歩を以前同様に、せがむようになった。おしっこかけもするようになった。
そのときは以前よりも、信頼関係ができていて、甘えられるようになっていたあなただったから、おしっこかけへとつながるスピード感もなかなかだったね。愛されていることに自信を持つようになってくれていたんだとおもう。それはうれしいこと。
血が固まらない薬を飲むようになってから、獣医さんの予想に反してなぜか血尿が逆になくなったから、あなたがおしっこしても色がつかない。とはいえ、もうおしっこする元気があるのがうれしくて、怒るけれど以前ほどはおしっこすることに対して、あきらめていたというか、既成事実というか認めていた。だって、やっちゃいけないとわからないのではなくて、やっちゃいけないって知っていてやるから、怒ってもしょうがないよなーと。
母は、家中をファブリーズしかねない勢いでなかなかすごかったね。とはいえ、最後はあなたのおしっこが以前よりちょっと減っていたのに気づかなかった。散歩に行っていたし、散歩でおしっこもしていた(気がしていた)し、おしっこかけもする。母はトイレの尿量が減っていたのに、気づいていたようだけど、完全にあたしたちのコミュニケーションエラー。
病院に担ぎ込まれる明け方も一緒に散歩をしたね。本当は苦しかったのかもしれないのに、気づいてあげられなくてごめんね。あなたと最後まで散歩をできたのはあたしの喜びです。
太陽、あなたがあちらこちらにおしっこかけをするものだから、あなたがいたときはモノを一切下に置いていなかった。あんなに床に物を散らかしておくようなあたしが、下に物をおかなくなり、ある意味、なんだかきれいな部屋になっていた。
あなたがいなくなって、ものを下に置いてもおしっこかけをされる心配がなくなった。淋しいよ。またおしっこかけをされる心配がしたい。
今は気軽にものを下に置いている。冷蔵庫の横にも、コロナ対策グッズが段ボールに入ったまま置きっぱなしになっている。あなたがいるころだったら絶対やらなかった。
ねー、淋しい。でもちょっとだけ下に置かない習慣がついた気がしていて、以前よりは部屋が綺麗かもしれない。
太陽、ありがとうね、ごめんね。大好きだよ、赦してね。これからも一緒だったらうれしいな。
また書く。
◆臼村さおり twitter @saori_u
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