橘寺
彼岸花が咲き誇る田んぼの真中に突如現れるお寺があります。聖徳太子誕生の地に太子自身が創建とされる橘寺(たちばなてら)です。
この橘とは日本書紀によると田道間守(たじまもり)が垂仁天皇の勅命を受けて不老長寿の薬を求め、海を渡り十年後にある種を持ち帰りました。しかし、その時はすでに天皇は亡くなっていたそうです。しかたなく、その種をこの地にまくと芽が出たのが橘(みかんの原種)であったことから、以来この地を橘と呼ぶようになったそうです。そしてここに橘の宮という欽明天皇の別宮が建てられ、太子はここで生まれ子供頃を過ごしていました。
ほとんどの建物は火事で消失してしまい。現存するものは、江戸時代に徐々に再建されたようです。右の写真は太子堂と呼ばれいる本堂で、元々は講堂でした。中に安置されている本尊は聖徳太子35歳の像(重文)で太子の彫刻としては最も古いものです。収蔵庫には聖徳太子絵伝があり必見です。太子の生涯が屏風に描かれ8幅あるそうなのですが、その内の第3幅、第4幅が展示してあります。太子の11歳から20歳までの様子がよくわかります。残りの屏風は奈良国立博物館が所蔵し、特別展などで公開しているようです。
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