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Más vale prevenir que lamentar.

「なぜ貧しい国はなくならないのか」(3)

2015年05月17日 | なぜ貧しい国はなくならないのか

「なぜ貧しい国はなくならないのか」     第3回

 

2015年5月13日  園田 淳

 

なぜ貧困を撲滅できないのか(1)

 

なぜ私たちはいつまでも深刻な貧困問題を解決できないのか、そもそも何が難しいのか、先進国は途上国を援助しているが、援助で貧困問題は解決できないのか?あるいは開発政策でこれまで何か間違いをしてこなかったのか?

 

経済を発展させる原動力は、

(1)   人的資本 (2)物的資本 (3)インフラ (4)社会関係資本 (5)知的資本

いずれも増大させるには膨大な時間と資金が必要

 

(1)   人的資本

前回話をしましたように、それぞれの労働者の質といえるもので、読み書きや知識、健康状態によって決まるもので、教育や職業訓練、それに運動や栄養摂取によって大きく左右される。

(2)   物的資本   民間会社などが所有する、機械・設備・建物など

(3)   インフラ   公共的な資本。道路・鉄道・港湾・空港・通信網など

(4)   社会関係資本

 取引、契約、組合、公共財の供給などの「制度」と深く関係している。

 社会関係が良好であれば、契約の作成、合意、履行が容易でなので、契約制度が効率的に機能する。

 同様に人間関係が信頼で結ばれていれば、組合活動のような集団的活動は活発になり、公共財の供給や

 企業内の共同作業がスムーズになる。

(5)   知的資本   科学的、技術的、経営的知識など生産に役に立つ社会の知識の量

 

これらが増大し整ってこないことが、途上国が貧困問題を解決できない理由だといえる。

 

資本は補完的であることが重要で、企業が新しい設備を取り入れるときには。それを使いこなせる有能な(人的資本が高い)労働者を雇ったり、すでに雇用している労働者を再訓練することになる。投資と雇用の増加によって多くの企業の活動が活発になれば、物流のためにインフラの整備が必要になるし、企業は下請け企業や材料などを仕入れる小売店との取引をスムーズにするために、信頼関係(社会関係資本)を築かなければならない。しかしながらこれらの資本を全般的に高めていくことは一朝一夕にはできない。

 

(1)人的資本の問題  ~教育水準の長期的変化~

 

5つの資本の中でも最も重要なのが、人的資本だと言われている。いくら物的資本やインフラが整備されていても、人的資本が乏しい、つまり経営者や労働者の能力が低ければ、生産の効率は上がらない。

逆に人的資本があれば、技術の開発が可能な上に、GDPの一部を再投資しながら徐々に物的資本や

インフラを蓄積することもできる。事実、第2次世界大戦で物的資本やインフラの多くを失った敗戦国

ドイツや日本が急速に戦後復興を遂げたのは、すぐれた人的資本が残っていたからであると考えられている。

次の表には、明治学院大学の神門善久教授が推定した、日本、韓国、アメリカの平均就学年数の長期的変化が示されている。アメリカの平均就学年数は1890年に6.5年であったが、日本がその水準に到達したのは50年後の1940年であった。1940年のアメリカの平均就学年齢は9.8年であり、日本がその水準に達したのは30年後の1970年であった。他方、韓国の平均就学年数は日本に比べて20~30年遅れている。このように教育水準を向上させるためには長い時間がかかる。

 

アメリカ

日  本

韓  国

1890年

6.5

1.3

データなし

1900

7.2

2.0

データなし

1910

7.7

3.0

データなし

1920

8.3

4.3

0.6

1930

9.1

5.6

0.8

1940

9.8

6.5

1.1

1950

10.5

7.6

データなし

1960

11.3

8.7

3.3

1970

12.0

9.8

4.8

1980

12.8

10.7

6.9

1990

13.5

11.5

9.0

2000

14.0

12.3

10.5

 

主要国の平均就学年数(15歳以上)の比較

 

1950年

1980年

2010年

高所得国

イギリス

5.9

7.8

9.4

フランス

4.3

6.0

10.5

東アジア

インドネシア

1.1

3.6

6.0

中国

1.6

4.8

8.1

タイ

3.4

4.4

7.4

南アジア

バングラデッシュ

0.9

2.3

5.9

パキスタン

1.0

2.2

5.5

インド

1.0

2.3

5.2

ネパール

0.1

1.0

4.0

アフリカ(サブサハラ)

ガーナ

0.7

4.9

7.3

セネガル

1.6

2.8

5.2

ケニア

1.2

3.8

6.7

南アメリカ

ペルー

3.1

6.2

8.9

ブラジル

1.5

2.8

7.6

アルゼンチン

4.8

7.3

9.4

         

※「なぜ貧しい国はなくならないのか」大塚啓次郎著より

 

さらに次の表には1950年から2010年にかけての主要な国々における15歳以上の人口の平均就学年数が示されている。幸いなことに、ほとんどすべての国々において、教育水準は急速に向上している。もちろん、教育の質の差があるから、直接的な比較には注意が必要であるが、平均就学年数がこれだけ増加している限り、実質的な意味でも教育水準が向上していることは疑いない。

また、2010年におけるアフリカの平均就学年数が予想外に高く、南アジアより上で、東アジア並みになっているが、アフリカでデータがとれたのが、比較的教育水準の高い3カ国のデータしかなかったので、一般的な値とはいえないが、教育水準の向上が今後、アフリカの経済成長を支えていくかもしれない。

 

(2)物的資本の蓄積

 

賃金の低い低所得国であれば、簡単な道具や機械を使い、人の力を活用した労働集約的な生産方法が合理的である。つまりそのほうがコストが安い。しかし経済が発展して徐々に賃金が上がってくると、労働を節約し、機械を多く使う資本集約的な生産方法が有利になる。

例えば、金属加工の工場の場合、アフリカでは人が操作する普通旋盤が用いられることが多いが、日本ではコンピューター制御のNC旋盤が使われている。ほとんど人影がなく、ロボットが生産に従事している工場などは資本集約的な生産方法の最たるものである。

 

物的資本の蓄積を見るには、労働生産性と資本・労働比率という指標がある。

 

労働生産性:

生産過程における労働の効率のこと。生み出された生産額を投下した労働の量で割った値、すなわち労

働者1人1時間あたりの生産額で示される。労働生産性の向上には、労働者側の事情、例えば労働者の

技能・熟練度のほか、さまざまな社会的・技術的要因、さらにはとくに農漁業などについては自然的条件も影響をあたえる。

 

1960-1970

1970-1980

1980-1990

1990-2000

1960-2000

先進国

5.2

3.3

2.9

2.5

3.5

東アジア

6.4

7.6

7.2

5.7

6.7

中国

2.8

             5.3

9.2

10.1

6.8

南アジア

4.2

             3.0

5.8

5.3

4.6

アフリカ

5.2

3.6

1.7

2.3

3.2

南アメリカ

5.5

6.0

1.1

3.3

4.0

労働生産性の年平均成長率(%)※「なぜ貧しい国はなくならないのか」大塚啓次郎著より

 

資本・労働比率:

資本の存在量を労働者数で割った比率。すなわち労働者1人がどれほどの資本と組み合わされて生産活動が行なわれているかが示される。

 

1960-1970

1970-1980

1980-1990

1990-2000

1960-2000

先進国

11.1

4.9

5.1

4.3

6.3

東アジア

10.6

12.3

12.6

9.7

11.1

中国

2.6

8.0

19.4

25.1

13.7

南アジア

              6.3

2.0

10.6

8.0

6.6

アフリカ

8.0

2.9

-3.1

-0.6

1.7

南アメリカ

8.0

7.7

-5.1

2.6

3.1

資本・労働比率の年平均成長率(%)※「なぜ貧しい国はなくならないのか」大塚啓次郎著より

資本・労働比率がの高くなれば、労働生産性も高くなる。特に中国や東アジアの労働生産性の伸びは急であり、資本・労働比率の伸びも急である。他方アフリカでは1960年代を除いて、どちらも伸びが緩慢である。そして成長している先進国・東アジア・中国・南アジアの数字をみると、労働生産性の成長率よりも資本・労働者比率の成長率が高いことが指摘できる。アフリカにおいては労働生産性の伸びのほうが、資本・労働比率の伸びよりも速くなっている。わずかな資本を用いて、努力をしながら労働生産性を高めてきたのだと思われるが、資本・労働者比率を増大させなければ、労働生産性が長期的に増大することは期待できない。

投資の収益率を上げ、そこに活発な投資が行なわれるような環境を整え、長期的に資本を蓄積することがアフリカに限らず、どの国にとってもきわめて重要な課題である。

 

(3)インフラの整備

 

 

1990年

2010年

高所得国

日本

1.4

2.1

アメリカ

25.0

21.2

イギリス

6.3

6.7

フランス

15.2

15.8

東アジア

インドネシア

0.7

1.1

中国

データなし

1.6

中国(2005年)

 

1.0

タイ

1.1

2.7

韓国

0.9

1.7

南アジア

バングラデッシュ

0.1

データなし

パキスタン

0.8

1.1

インド

1.1

1.7

ネパール

0.1

0.4

アフリカ(サブサハラ)

エチオピア

0.1

データなし

ナイジェリア

データなし

0.8

ケニア

0.3

0.2

南アメリカ

ペルー

0.3

0.6

ブラジル

1.1

1.1

アルゼンチン

データなし

1.8

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出所 世界銀行   国民1人当たり舗装道路の距離の国際比較(m)

 

一口にインフラといっても国民1人当たり舗装道路の距離の国際比較(m)、道路、鉄道、電力、上下水道、港湾等々、様々なものがある。ここでは、国民1人当たりの舗装された道路の距離を、運輸インフラの発展度の指標として考えたい。

道路の距離は、その国の地形や人口密度にも依存するが、道路が代表的な運輸インフラであることは間違いない。特に途上国では、鉄道が未発達であるため、道路の役割は余計に大きい。

しかしながら、一般に途上国の道路の状態は悪い。バングラデッシュの首都ダッカのでこぼこ道と交通渋滞、時速20~30キロのスピードでしか進めない北ベトナムの未舗装の山道など、道路が悪いと輸送費が上がる。例えば、アフリカの内陸国の化学肥料の値段は、国際価格の2倍とも3倍ともいわれている。これでは多くのアフリカの農民が、化学肥料をほとんど使わないこともうなずける。また、燃料等の必需品の価格も高く、貧困削減を阻む一つの要因となってしまっている。

表の1人当たりの舗装道路の距離のデータを見ると、東アジアでの増加が著しいことがわかる。特にタイは、熱心に道路に投資してきたことが明らかである。

中国の2005年と2010年のデータを比べてみると、わずか5年間で、距離が60%も増えている。

一方、南アジアでは、多少の改善しか見られない。

さらにアフリカでは、1人当たりの舗装道路の距離が極端に短いばかりか、20年間で目立った増加がない。これでは物流に支障をきたすであろうし、経済発展も思うようにできないだろう。この状態から抜け出すためには、長い期間にわたる莫大なインフ投資が必要と考えられる。

 

(4)市場取引と社会関係資本

 

社会関係資本が整っていなければ、正常な市場取引が成り立たなくなり、経済の成長を阻害してしまう。

契約したのに、商品が届かない。売り手が買い手をだまして粗悪品を売りつける。美味しそうだと思って買った食べ物が、全然美味しくなかった。などなど、市場取引がスムーズに行なわれるために、社会関係資本が重要な役割を果たすのである。

興味深いケースは、1990年代に起こった社会主義経済の崩壊と、急激な市場経済の導入である。市場取引は自由化されたが、旧社会主義国には自由な市場取引に精通した人や組織が少なかったうえに、社会関係資本(流通業者への信用)がなかった。結果は、流通の機能不全と詐欺の横行であり、経済の大混乱にともなうGDPの減少であった。特に急激な市場化を実施したロシアでは、GDPは半減し、もとの水準に戻るのに15年余りの年月を費やすことになった。取引の経験を通じて商売人が必要な知識を獲得すると共に、社会関係資本が形成されていけば、長期的に経済の発展につながっていくものと思われる。

 

(5)知的資本の蓄積

 

1990年

2010年

 

申請件数

居住者に

よる申請

者の割合

申請件数

居住者に

よる申請

者の割合

高所得国

日本

360,704

92.3

344,598

84.2

アメリカ

171,163

53.0

490,226

49.4

イギリス

28,238

68.4

21,929

70.6

フランス

16,638

74.4

16,580

89.0

東アジア

インドネシア

0

n.a.

5,638

9.2

中国

10,137

57.5

391,177

74.9

タイ

1,940

3.8

1,937

62.7

韓国

25,820

35.2

170,101

77.5

南アジア

バングラ

108

29.6

342

19.3

パキスタン

547

4.2

1,094

10.4

インド

3,820

30.0

39,762

22.3

ネパール

0

n.a.

0

n.a.

アフリカ(サブサハラ)

エチオピア

0

n.a.

0

n.a.

ナイジェリア

258

4.7

0

n.a.

ケニア

0

n.a.

197

39.1

南アメリカ

ペルー

268

18.3

300

13.0

ブラジル

7,537

31.7

22,686

11.9

アルゼンチン

2,910

32.8

5,582

14.3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

n.a. データなし   出所 WIPO  

 

知的資本は経済発展にとって極めて重要である。しかしながらその蓄積量を客観的にどのように計測するかとなると、難しいのだが、ここでは特許の申請を見ていく。高所得国では、アメリカを除いて特許の申請件数は安定しており、自国の居住者よる申請の割合が高い。これは技術開発力が高いことを反映するものであ ろう。東アジアを見ると、特許の申請件数が一般に大幅に増え、なおかつ自国居住者の申請割合も急増しており、技術水準の向上がうかがわれる。

南アジアは、東アジアに比較して特許の申請件数の伸びが鈍く、かつ自国居住者の申請割合が低い。これは、南アジアの技術水準が停滞し、外国の技術に依存する傾向が強いことを示すものである。

また、アフリカは、自国の人々の特許申請はほとんどなく、技術の開発力が低いことを示している。

技術水準が低いときには、技術水準の高い先進国の技術を模倣して経済を急成長させることは可能であるが、その後は、経済の発展とともに、技術的水準を向上させ、やがて自前の技術の開発力を高め ることが重要になることを強く示唆するものである。


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