佐藤匠(tek310)の贅沢音楽貧乏生活

新潟在住の合唱指揮者・佐藤匠のブログです。

鬼はどこに居るのか

2011年02月04日 00時12分28秒 | 日記・エッセイ・コラム
 
 自分の心に居るのだと、
やはり思います。
 
 
 皆が鬼と戦い、
それに勝とうとする人もいれば、
負けることを次第に是とする人もいる。
否、負けていると思わない人もいるわけで。
 
 
 筋肉増強剤を使って記録を作ったり、
メダルをとったり、
でもそれを是としないから、
例えばイチローは尊敬されるのだろうと。
 
 
 人間は、
「刹那」に負ける生き物なのだと思います。
「この錠剤を飲むだけで」
「メールでやりとりするだけで」
自分の力が増したりその座が安泰になったりする。
その場の快楽とか、その場の流れとか、
そうして自分自身をダメにしていく。
というのも、何かがあってその時に初めてダメだと思うわけで、
ダメにしているという意識も無かったりする。
アダムとイブの話じゃないですが。 
 
 
 努力したりすることは大変なことだし、
安易に流れる方が楽なのは皆知っているので、
小さいことで言えば皆日々勝ったり負けたりしている。
でも、「そこだけは」というところが多分あって、
そこを曲げないように踏み止まらないといけない場所が、
何にしても多分あるのだと思う。
 
 
 イチローは、
ヒットを打ち続けることの難しさを
誰よりも分かっていて、
それは打率とかホームランとかとはちょっと違い、
毎日の一打席一打席の積み重ねでしか生まれ得ないもので、
それを1年通じて、また10年続けてやるということが
どれだけ大変なことかということで、
そのために色々な準備をして、
色々なものと戦ってきたわけで。
 
 
 まあ、何でもそうなんですが、
人のことはともかく、
自分がどうあるべきか、という話であって、
僕自身がどうあるべきか、という話。
合唱も同じで、
人がどうこうでなく自分がどうあるべきか、ということ。
サッカー日本代表のアジアカップで、
控え選手が結果を出すということは、
多分そういうことなのだと思います。
自分と向き合い、自分がどうあるべきか、
何をするべきかを常に考えて行動(練習)している、
つまり「準備」しているからその時に出来るわけで。
 
 
 鬼は自分の中に。