<「上斉内」から南東を望む>
●歩いた日:2024年2月6日(土)
●歩いた所
・斉 内:樋口、高野、越後屋敷、鴨首、川原、上斉内、段ノ腰、宝竜、諏訪田、壱本柳
・小神成:北野
●歩いたログ(足跡)(道のり5.6km)
(以上の地図:国土地理院地図に加筆)
また少し進んだところ(📸009の少し手前)で、北に目を向ける。
(「上斉内」から「鴨首」を望む)
北に目をやると、少し離れたところに茅葺の屋根が見える。今は茅葺をほとんど目にすることができないが、遠目でもここの茅葺はきれいに手入れされ、今も現役のようだ。
左手にも小さな茅葺の建物が見えるが、こちらは少し荒れているように見える。
ところで、茅葺の家が建つ、「斉内川」に近いこの一角は、調べると「鴨首(カモノクビ)」となっている。珍しい地名なので「地名へのいざない」を開いてみると、「鴨」は「上などの変化」、「首」は「括(クビ)れた場所など」の意で、「斉内川」の上流の浸食地形、とある。
さらに少し進んで振り返る。
📸009:「上斉内」から東を望む
左手に見える家の脇を左から右に進み、右に折れて手前に来たところ。
「真木渓谷」の奥に「大甲」、少し離れた左手に「薬師岳」がのぞく。
また西に進むと十字路がある。そこから南東方面を望む。
📸010:「上斉内」から南東を望む
南東方向には、斜め横から日射しを受け、濃い陰影の「真昼岳」の姿がある。
その下、木立の中に光る大きな屋根は「太田東小学校」の体育館だ。
体育館の方をよく見ると、段差があって体育館の辺りが少し高くなっている。「高野」の地名の由来にようにも見える。
十字路を右(北)に折れ、点在する「上斉内」の家の間を進む。少し行って左(西)に折れて、「上斉内」から「段ノ腰」に入ってさらに行くと「県道50号」に出る。県道を北に少し進んだところに共同墓地があり、そこから北東方向を望む。
📸011:「段ノ腰」の一角
立っているところは「段ノ腰」だが、写真に写る、県道東側に建ち並ぶ家々は「上斉内」である。
(⑥に続く)
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