ふるさと!-秋田仙北平野を歩く-

ふるさと秋田の「仙北平野」をくまなく巡り歩き、その写真とエッセイを掲載します。

★旧仙南村飯詰・金沢西根を往く-2(④)

2023年02月20日 | 旧仙南村を往く

<「北中島」・「糠渕」の通りの風景>

●歩いた日:2022年11月29日(火)

●歩いた所

 ・飯詰(飯詰):南中島、北中島、糠渕、上鶴田、中鶴田

 ・金沢西根   :上百目木、下町田、中町田、上糠渕、下糠渕

●歩いたログ(足跡)(道のり6.3km)


 

(以上の地図:国土地理院)

 また少し東に進む。

📸007:「南中島」の一角3

 道と「出川」の堤防に囲まれた小さな一角に神社と集落会館のような建物が建つ。近づいてみると、神社とつながった右側の建物入口に「中島・藤原部落生活総合センター」とある。「藤原」はここから南に少し離れたところにある集落のようだ。

 神社脇の道を行くと「出川」にかかる橋がある。

(「中島2号橋」から上流を望む)

 橋の欄干には「中島2号橋」とある。

 「出川」もだいぶ川幅が狭くなり、小川という風情であるが、増水した時の流れはかなり激しくなるのだろう。「出川」はこの先で左手に大きくカーブして北上する。

 左奥に見えるこんもりとした山(丘?)はログ地図にある「飯詰山」だ。右奥にも三角山が見える。この辺りには古墳のようなこんな小さな山がいくつかあって、特徴ある風景を形成しているが、こんな山はどのようして造られたのだろうか。

 橋から引き返し、また大きな屋敷の脇を通って元の道に戻る。北に向かうとすぐまた「出川」にかかる橋である。

(「中島橋」から下流を望む)

 こちらの橋は「中島橋」である。前掲、「中島2号橋」とは少し(200m位)しか離れていないのに、ここの「出川」は幅が一気に広くなる。どうしてこんなに川幅が異なるのだろう。このすぐ先で「厨川」が合流するからだろうか。

 ところで、「厨川」は「出川」の支流である。「出川」にかかる橋が「中島橋」、支流の「厨川」にかかる橋が「中島大橋」。付ける名称が逆のような感じもするが・・・。

 などと思いながら橋の上でウロウロしていると、かなり年配の、散歩中のおば(あ?)さんと出会う。おばさんに、橋の上流の方に望まれる、先ほど眺めてきた家・屋敷を指して「あそこの家はすごい家だなぁ~~」と言うと、「んだ!、あそこはEさんの家だもの」と言う。

 確か「E家」という地主が居たように思ったので、「昔の地主のEさんだが?」と訊くと、「んだ、んだ。今は先代の夫婦が亡くなって空家になってる。んだども、東京に住んでた息子さんが秋田(市)に帰って来て会社をやっており、毎週のように秋田から来て広い家・屋敷を管理してるようだ」と、訊かないことまで話してくれた。

 帰ってから「仙北風土記(上)」(藤田秀司 編)という本を開くと、「仙北」の地主の中に確かに「E家」の名前が載っており、T13年に200町歩を超える、かなり大きい地主であったことがわかった。ちなみに、東北3大地主といわれた旧「仙北町高梨」の「池田家」は1000町歩を超えていた(2位の地主は約300町歩)こともわかった。

 橋を渡って少し北に行くと大きな十字路がある。

📸008:「北中島」の十字路

 広い道路が交差する十字路の向こうに大きな建物が建ち並ぶ。この辺は旧「仙南村」の中心地で多くの公共施設が集中している。

 十字路を突っ切って右側(東側)の歩道を北に進む。まず写真右端に写る除雪センター、そして「美郷町役場仙南出張所」、公民館などの前を通り過ぎる。さらに進むと「美郷町南駐在所」があり、その向かい(道左手)には「仙南郵便局」がある。そこで来た道を振り返る。

📸009:「北中島」・「糠渕」の通りの風景

 左側の歩道を手前に来たところ。この通りの左側(東側)は「北中島」、右側(西側)は「糠渕」である。

 郵便局の看板の奥の大きな建物は「美郷町総合体育館」である。この後、通り右側の施設などの敷地を南(奥)に向かったが、体育館の手前、オレンジの三角屋根があるところには屋外プール、体育館の奥には運動公園があって、通りの右側(西側)一帯はスポーツ施設が並んでいる。

(⑤に続く)


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