今年5月、青森県と宮城県で公表した「太平洋沖巨大地震(日本海溝・千島海溝巨大地震)」発生後の新たな津波被害想定が、なんと2014年に政府がまとめた前回の1・2~2倍を超えるほどの甚大な被害をもたらすという恐るべき内容だったのです。
つまり、これまでの防災体制が全く通用しなくなり、同体制の全面的な修正を余儀なくされるほどの「想定外な震災」が切迫しているというのです。
以下、今年5月21日付 河北新報社記事より一部引用。
私がグダグダ述べるよりも、先ずは次の画像を見てください。
一目瞭然ですから。
(© KAHOKU SHIMPO PUBLISHING CO.より引用)
青森県は今年5月20日、県太平洋沖(日本海溝・千島海溝沿い)でマグニチュード9クラスの地震が発生した場合、最大5万3000人が死亡するとの新たな被害想定を公表しました。
政府が2014年にまとめた前回の被害想定の2倍を超えているのです。
私がこのブログで記述してきた「政府の日本海溝・千島海溝巨大地震モデル」のほか、青森県が2021年に公表した津波高や浸水範囲予測を踏まえ、2014年公表の想定について、同県の検討委員会が見直しを進めていました。
このような見直しは日本全国の市町村でもやってほしいものですね。
国民の生命に直接かかわってきますから。
≪季節や時間帯などの3パターンで試算した被災死者数≫
【夏・正午】4万4000人が死亡。
【冬・深夜】4万7000人が死亡。
【冬・夕方】5万3000人が死亡(青森市や八戸市といった都市部では、積雪により避難が遅れるだけでなく、浸水市街地に人が多く滞在する冬・夕方に最悪の被害が発生)。
※死者や避難者、全壊建物などの被害を試算。
想定地震は青森県が従来採用する「太平洋側海溝型」に加え、「日本海溝」「千島海溝」の二つの国のモデルを使い、被害が最大となるモデルで市町村ごとに算出した。死者の大半は津波が原因。
以下、省略しますが、2021年12月に公表された国の予測を超える被災死者数となりました。
「太平洋沿岸だけでなく陸奥湾内にも津波が押し寄せるリスクを念頭に置いてほしい。青森市は平地が広がっているが、高層の建物が多いので垂直避難も有効だ」
青森県同検討委員長の片岡俊一弘前大理工学部教授(地震工学)はこのように述べていました。
しかし、この「垂直避難」というのが、実は大きな問題を抱えているのです。
詳細は後述します。
一方で、宮城県は今年5月10日、今後、東北地方太平洋沖、日本海溝、千島海溝などで大規模な地震が発生して最大クラスの津波が急襲した場合、東日本大震災の約1・3倍の浸水面積が想定されると、最悪な結果を公表しました。
今回公表されたその結果とは、以下に記した「3つの悪条件」が重なってしまった場合の津波の高さです。
①地震発生とともに地盤が沈下(地震モデルによる地盤沈下量を考慮)
②津波発生時の潮位が満潮(朔望平均満潮位)
③津波が越流すると防潮堤が破壊される(防潮堤を津波が越えた場合即時に破壊する)
※新たに想定される津波高
★気仙沼市の本吉町道外付近:22.2メートル
★女川町の海岸通り付近:20.7メートル
★石巻市の雄勝町雄勝上雄勝:19.6メートル
★山元町の坂元浜付近:14.9メートル
★仙台市の若林区井土須賀付近:10.3メートル
★南三陸町の戸倉長須賀付近;21.2メートル
★山元町の坂元浜付近:14.9メートル
★亘理町の吉田砂浜付近:11.5メートル
★岩沼市の早股前川付近:11.3メートル
★名取市の下増田屋敷付近:10.7メートル
★東松島市の宮戸観音山付近:10.6メートル
★七ヶ浜町の菖蒲田浜長砂付近:10メートル
★多賀城市の栄付近:8.6メートル
★利府町の赤沼櫃ケ沢付近:5メートル
★塩釜市の新浜町付近:4.8メートル
★松島町の松島大沢平付近:4.7メートル
※津波の到達時間
最も早い気仙沼市で地震発生から21分後に1メートル以上の第1波が到達。
41分後に20メートル以上の最大津波が到達。
今回の想定では、浸水区域が東日本大震災後にかさ上げして整備された住宅地や、避難所に指定されている公共施設、沿岸の市と町の6割にあたる9つの市役所や町役場などが入るため、津波対策を大幅に見直す必要がある地域も出てきたとのこと。
さて、私がここで問題にしているのは「新たに想定された津波高」ばかりではありません。前述したとおり今回の想定は「3つの最悪な条件が重なったとき」としていますが、この前提が間違っているという事を強調したいのです。正確にはもう一つ最悪な条件があり、そちらを重要視しろ、でなければ再び3・11以上の未曾有の大災害に見舞われてしまうという話です。
もう一つの条件とは、ズバリ「地球温暖化による大幅な海面上昇」の事です。
この海面上昇については前回のブログ記事で記述したとおり、近い将来に平均して約5メートルもの海面上昇が危惧されている現状なのです。
したがって、津波被害想定については「海面上昇」も計算しておかなくては全てが無駄になってしまい、新たな防災体制を構築する意味がないのです。
そこで今宵、海面上昇が多大な影響を及ぼすことが想定される被災地石巻市と女川町ついて紹介します。
(1)復興の早かった女川町は、宮城県が公表した新たな津波想定では海岸通り付近で20・7メートルの津波被害が想定されることから次の画像のとおり、かさ上げ工事終了後に建設した女川町役場庁舎の玄関入口付近まで浸水してしまうそうです。
【画像:新たに建設された女川町役場庁舎】
(撮影 河村 龍一 2020年1月14日)
【想定される津波被害(紫色で表示)の想像図】
また、復興後の女川町の風物詩ともいうべき商業施設「シーパルピア女川」は、次の画像のように建物のほとんどが20・7メートルの津波の影響で浸水してしまうことになります。
【画像:女川町の商業施設「シーパルピア女川」のレンガ道】
(撮影:河村龍一 2017年5月5日)
【想定される浸水被害(紫色で表示)の想像図】
ただ、女川町の場合、さすが「先見の明」があると申しましょうか、町民の居住区域のほとんどが周辺の山間部などを宅地造成して高台に位置しているため、今回想定された津波被害区域に該当しないので問題ないです。
むしろ、今後大幅な海面上昇があったとしても、以前に私が考案してこのブログでも記述した次の画像と同様に、近未来都市としての機能を発揮し町民を津波被害等から守ることができるでしょう。
【画像:海面上昇に備えた石巻市牧山上近未来都市の想像図】
【画像:山間部を宅地造成した女川町の居住区域】
(撮影 河村龍一 2017年5月5日)
現在、地球温暖化は加速する一方であり、それに伴う大幅な海面上昇(約5メートル)が避けられません。
そうなれば、急激な海面上昇の悪影響は計り知れないものとなり、海沿いに位置する港町女川町の商業施設などは、巨大地震発生後の大津波の急襲を想定した場合、甚大な被害が発生することは間違いないでしょう。
急激な海面上昇は沿岸地方で暮らす人々の生命に直接関わってくる問題であり、これまでの生活基盤を根本的に変える必要があります。
さらに、防災体制も海面上昇を計算して新たに整備しなければならないのです。
この事は女川町に限らず、日本全国の海沿いに位置するすべての都市にも言える事ですね。
(2)ようやく復興工事が終了したばかりの石巻市では、国が2014年に公表した被害想定に基づき復興工事が行われた結果、海抜マイナス地帯の居住施設や商業施設が、海面からの高さが7メートルの護岸堤防・道路で守られているといった恐ろしい現状になってしまったのです。
余談ですが、土手の高さ7メートルの理由は「鉄橋と同じ高さに合わせるため」だから(国交省)。
石巻市内でも、最も深刻な居住地域が井内地区です。
同地区は次の画像のとおり、海面からの高さが7メートルの護岸堤防で守られていますが、原子力規制庁が令和2年5月13日に公表した「千島海溝・日本海溝巨大地震発生時に想定される石巻市の津波高」は13・3メートルであり、3・11の津波高の約2倍といった桁違いな高さの津波に直撃された場合、井内地区全てが水没してしまうでしょう。
ただ、この原子力規制庁で想定した石巻市内の津波高は令和2年5月13日に公表された数字であり、今回の見直された津波高はさらにこれより高いものが想定されます。(ちなみに、新たに想定される津波高は、石巻市雄勝地区では19・6メートル)
【画像:高さ7mの護岸堤防で守られている海抜マイナス地帯の井内地区】
(2022年4月1日 撮影 河村龍一)
【画像:想定される津波高(紫色で表示)の想像図】
【画像:鉄橋と同じ高さ7mの土手】
(2022年4月1日 撮影:河村龍一)
それでは、石巻市内中心部はどうでしょうか。
中心部に位置する中央町、住吉町、不動町、湊町、水明町、大橋町、中里町などの駅中心部全てが海抜ゼロかマイナス地帯であり、やはり海面からの高さが7メートルの護岸道路・堤防で守られている現状です。
【画像:住吉町から中央町付近】
(2022年4月1日 撮影 河村龍一)
【5m海水面上昇時の想像図】
【画像:中央町】
(2022年4月1日 撮影 河村龍一)
【画像:5m海水面上昇時の想像図】
【画像:湊町付近】
(2022年4月1日 撮影 河村龍一)
【画像:海面5m上昇時の想像図】
(現在7mの高さの堤防は黄色で表示 5m上昇時の海水面は青色で表示)
このように海面が現在より5メートルも上昇してしまったら、巨大地震発生による大津波ばかりでなく、台風や記録的豪雨に見舞われたときには甚大な浸水被害が想定されますね。
なお、3・11では、津波が狭い湾内や河を遡上していくうちに「増幅」し、甚大な被害をもたらしたケースがありました。女川町や石巻市の大川小学校などがそれに該当しますが、その恐ろしい現象も知っておく必要があります。
【画像:狭くなった女川湾で津波が増幅し20m以上も高くなって急襲後、女川町が海底と化した光景】
【画像:狭くなった女川湾で津波が増幅して20m以上も高くなり、女川町の山間部まで急襲した光景】
(画像提供 女川温泉ホテル「華夕美」)
ところで、画像の護岸堤防・道路ですが、「土でつくった危うい堤防」だということを以前にこのブログで記述しました。
では、なぜ「土の堤防」が危ういのか?
それは一言でいえば「津波は海水だけが流れてくるのではない!」からです。
この最悪なる悲劇は次の画像のとおり、3・11では被災地の人々が嫌というほど目撃してきた事実です。
【画像:津波後の石巻市内の状況】
1 旧門脇小学校校庭
2 湊中学校周辺
3 石巻市雄勝町役場庁舎
4 自衛隊の活動記録画像
5 南浜町
以上、石巻市HPより引用。
自動車、損壊した建造物の一部、船舶、瓦礫や木材……ありとあらゆる物が大津波と一緒にもの凄い勢いで押し寄せてくるのです。
そんな危険な漂流物が”土でつくった堤防”にでもぶつかってしまった場合、簡単に決壊します。
そして護岸堤防・道路が決壊後、海抜マイナス・ゼロ地帯の居住区域は想定外の津波災害に見舞われます。
【画像:津波により水没した石巻市内中心部】
(画像提供 石巻復興まちづくり情報交流館)
【画像:想定外の津波に急襲された直後の女川町】
(画像提供 女川温泉ホテル「華夕美」)
【画像:想定外の津波に急襲された直後の石巻市南浜町と中央町河口周辺】
(画像引用 石巻市HP)
いかがでしょうか。
これらの画像を見て「河口周辺の海抜ゼロ・マイナス地帯」に居住していることがいかに危険であるか、何となく理解されたと思います。
大幅な海面上昇により想定される新たな危険性などを指摘しましたが、今後の防災計画立て直しの参考になれば、と思っています。いずれにしろ、今回の「三つの最悪な条件」が重なる新たな津波被害想定では、地球温暖化による大幅な海面上昇が想定されていない事が非常に懸念されるところです。
先述した「垂直避難」ですが、大幅な海面上昇も想定した場合、全く意味がなくなってしまいますね。防災体制が現状のままでは近い将来、海岸に近い都市が津波に急襲されると水没の危険にさらされるため、垂直避難など危険極まりない避難方法になってしまうからです。
これらの問題は東北地方ばかりでなく、南海トラフ巨大地震や首都直下型大地震などの発生が切迫している現状において、日本全国各地での防災体制を見直す上で最も重要な事柄ではないでしょうか。