旅のあいまに
朝6時半、ラジオ体操のあと近くをウォーキングしていると
こんなところに、あの懐かしい「二宮金次郎」の像を発見
なぜ、こんな地面に立っているのでしょうか
横の看板を読むと
児童遊園のこの場所には
大正時代、「関東大震災」で移転してきた人が集まり団地ができたそうな。
当時、この地には罹災者の拠り所として「二宮神社」があり
復興の記念に「二宮金次郎像」が建てられたそうです。
現在では二宮金次郎の像しか残っておりませんが
町の人々の尊敬の念を集めているこの像は
何度かの団地の建て替えの際にも移設され、児童遊園に設置されたそうです。
お顔を見ると、目つきが鋭い金次郎さん。立ちすくみます。
いまからも、これからも、ひっそりと佇むんですね。
小学生3年生くらいが横に立つと、同じ背になります。
【二宮金次郎像】軍事遺物
戦前の学校には、「奉安殿(ほうあんでん)」とともに
当たり前のようにあった二宮金次郎像。
金次郎は通称で、正しくは「二宮尊徳」といい
江戸時代後期に報徳思想を唱えた農政家である。
しかし、昭和の軍国主義のなかで「至誠報徳」の教えが
皇民化教育のために利用され、修身の教科書で取り上げられ
マキを背負って歩きながら勉強している有名なスタイルの像が
昭和に入って、特に昭和10年代に盛んに建立された。
しかし、大東亜戦争(第2次世界大戦)に入ってから「金属供出」により
ほとんど全ての金次郎像が出征していき
其の跡に御影石製の石像やコンクリート、人造石製や陶製(備前焼)の金次郎像が作られた。
従って現存する金属製の像はほとんど残っていない。(今のところ藤沢市六会小のみ)。
戦後、軍国主義の象徴と考えられて撤去されていったが、再建された像も多くあり
至誠報徳の教えが現在にも生きていることがわかります。
しかし、昨今現存する金次郎像を撤去する動きがあるようで
その理由が、「歩きながら本を読むことを助長するから危険」
「子供が働く姿は今にそぐわない」など、びっくりしてしまいます。
狭い了見で、物事の本質を捉えることが出来ず
更に、歴史を知らない大人が増えてきている今
まさに金次郎の精神を学んでいただきたいところです。
【奉安殿】
戦前の日本において、天皇と皇后の写真(御真影)と教育勅語を納めていた建物。
帰り道、近くの「豆腐屋さん」に寄って、出来立て買って朝食にいただきましょ‼
駅に行く裏道で見つけた、リアルな写実的な二宮尊徳。
こちらはマスクを着けています。
◯「初版 healing photo」 こちら ポチッとクリック❣️❣️
◯「初版 ひとり ときどき ふたり散歩」 こちら ポチッとクリック❣️❣️
下記リンクは、terra「ピクスタ」アカウントです。
販売中の写真を見ることが出来ます。